あまりに激しく泣いたせいで、胸の奥がすかすかになった。けれど、苦しい。目が熱い。頭がぼうっとする。身体の震えは止まっていたが、涙と一緒に感情をすべて押し流してしまったかのように、何もかもがどうでも良くなってきた。その中で、は尋ねる。

「シリウスは    ベラトリックスに?」

ベラトリックス・レストレンジ。フランクとアリスを拷問し、聖マンゴへやったのも、奴だ。感情が蘇ってくる。彼女への憎しみがふつふつと込み上げてくる。

「ああ……呪文を受けて……死の間の……ベールの向こうへ」
「死の間?」

は顔を上げた。きっと酷い顔をしているのだろうと思ったが、この際気にならなかった。

 

103. All things are only transitory
すべてのものは泡沫にすぎない

 

「ああ。神秘部の中に、そういう部屋があるんだ」

初耳だった。魔法省、とりわけ神秘部には謎に包まれた部分が多いと聞く。魔法省の内部、他の部でさえあまり知らないのに。

「ベールの向こうへ……ということは……シリウスの    遺体は?」
「……ない」
「それなら!シリウスは、まだ生きてるかもしれない!」

の心の中にぽっと光が点ったが、リーマスは暗い表情で頭を振った。

「ベールの向こうは……死の世界と繋がっているそうだ……だから……」
「そんな、そんなの    行ってみないと分からない」

が低く言うと、リーマスははっとし、蒼白な表情でを見た。

「やめてくれ!私は、……君まで失いたくはない」

リーマスは頭を垂れる。

「頼む」

哀願するリーマスに、は何も言えなかった。

 

リーマスから、ハリーたちの無事や、トンクスが聖マンゴへ運ばれたが、彼女も他のメンバーも無事であることを聞いた。そして、ハリーたちが神秘部へ向かったのは、ムーディの言った通り、ヴォルデモートの罠であったことも知った。みんな、無事。
でも。シリウスだけ。シリウスだけが、いない。

どれくらい時間が経っただろうか。呆然と、何も考えられない時間が続いたが、扉の叩かれる音に我に返る。

    。わしじゃ」

 

ダンブルドアは、いつもそうしているように、笑みを浮かべていた。しかし、いつもよりも刻まれた皺が深いように感じられる。疲れているのだろう。彼も神秘部へ赴き、ヴォルデモートと対峙したと聞いた。ダンブルドアがいたのに、どうしてシリウスが……。そう投げかけたかったが、やめた。そんなことをしても虚しいだけだし、そうして彼を傷つけても、その傷は自分の胸にも刻まれる。この老人を傷つけたくはなかった。
ダンブルドアは、騎士団のメンバーに、魔法省であったことや現在の状況を伝えに来たようだった。

「セブルスの連絡を受けてここへ来てみると、、君が倒れておった」

ダンブルドアはゆっくりと語り始める。ベッドに腰掛けているは目を上げ、立っている彼を見やった。

「クリーチャーに話を聞き、納得した。君をこのベッドに運んだのは、わしじゃ」
「そうだったんですか」

は口先だけで言った。

。大丈夫かい?」

大丈夫のはずがない。心が痛い。もう、それをどこかへ追いやってしまいたいくらいに。もう何も考えたくない。何もしたくない。
でも、その絶望から救ってくれたのは、リーマスの存在だった。『君まで失いたくない』と言ってくれたリーマス。最後に残った親友。今は、彼の存在だけが支えになっていた。

    先生、許可して下さいませんか。私が、外の任務をおこなうことを」

この闇の時代を終わらせること。リーマスを守ること。今は、それらに専念したい。何か目的を作らなければ、心が折れてしまいそうだった。しかし、ダンブルドアは首を横に振る。

「それはできん」
「どうしてですか?フィンスターのことですか?奴の影響はもうないんです」
「そうだと言える確証はない。現に、ヴォルデモートが復活した際に、意識を失ったのじゃろう?」

ああ、この人は。シリウスと同じことを言う。

「私の身体なんです。私が一番よく分かってる」

絞り出すように、は言った。ダンブルドアの表情は穏やかだったが、笑みを浮かべてはいなかった。

「シリウスが何のために、君に杖を向けてまで君をここに留まらせたか、解っておるのじゃろう」
「分かっています!でも、納得はしていません    私が行けば……シリウスは」

死ぬことはなかった。そう言おうとして、詰まる。目頭が熱くなってきて、言葉を止めた。

「…………すまない……シリウスのことは、わしに責任がある」

ダンブルドアは声を震わせた。は首を振った。
ちがう。謝らないで。あなたに謝られると、よけいに辛くなる。

「わしがあの場にいながら……わしが、ハリーに閉心術を教えていれば……」
「違います……いいんです」

は、拳を握り締める。ダンブルドアの瞳には、涙が溜め込まれていた。
きっとダンブルドアは、私を心配してここに来てくれたんだ。本当は、ハリーのことやホグワーツのこと、騎士団のこと、魔法省のこと、やることは沢山あるはずなのに。
は目を閉じた。行き場のなかった自分に、それを与えてくれたダンブルドア。時には自分の背中を押し、励ましてくれた彼。共に戦ってきた、仲間。共に過ごしてきた、先生たち。この世に残った、たった一人の親友、リーマス。そしてその親友と、シリウスが大切に思った、ハリー。彼の友達。
そうだ。まだ、私にできることはある。すべきことは、ある。
    はそう決心をした。それに、何かをしていないと、動いていないと、シリウスを想ってしまう。誰かのために何かをしないと、自分の無力さを痛感して、辛い。

「……先生。お願いします。騎士団の仕事に従事させて下さい」

は頭を下げた。ダンブルドアは、今度はすぐには否定しなかった。

「考えておこう……今は、休みなさい」
「……はい」

本当は、休みたくない。止まりたくない。この悲しみが、身を焦がしてしまいそうになる。
でも、大丈夫、大丈夫、大丈夫。私は、生きてゆける。
今は、呪文のように、そう言い聞かせて、歩いて行くしかなかった。
それでもいい。歩いてゆけるのだから。その支えが、残っているのだから。

 

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これからは6巻の内容を踏まえつつ、私が考えた展開で話を進めます。原作は深い話なので、それを盛り込むことはしていませんし、そうするには力が足らないためです。ですが、6巻で判明した事実がいくつか含まれています。ご注意下さい。 08/1/18