髪の長い女。その女が、漆黒の髪をなびかせ、にやりと口元を歪めながら呪文を唱えた。その杖先から放たれた光線は、真っ直ぐにシリウスの身体を目がけてやってくる。シリウスは抵抗する間もなく、その閃光に当たり、弾き飛ばされた。その身体はゆっくりゆっくり、しかし確実に、ある場所へ向かっていた。暗黒の闇。その中に、彼の身体が吸い込まれてゆく。
手を伸ばす。シリウス、と声にならない叫び声を出す。けれども、シリウスの目が再び開かれることはなかった。彼の身体はただ、手の届かない世界へ遠退いていってしまうだけだった。

 

104. Yet the earth does MOVE
それでも世界はまわる

 

目を覚ますと、背中や首筋に汗をかいていた。布団が濡れている。目も腫れぼったかった。頬に触れると、涙の痕があった。
シリウスの死の瞬間は知らない。けれど、何度も何度もそれが夢に現れた。自分はその場にいなかったにも関わらず、夢ではその現場に存在していて、けれども何もできない。助けたいのに、いつもそれができない。
結局、私は、何もできなかった。何もできない。

自分が自分でないような感覚。身体はここにあるのに、心だけが何処か違う場所にあるかのような。第三者として、また別の自分が存在していて、この自分を見下ろしているかのような。そんな、漠然とした生を送っていた。喜怒哀楽の感情が、うまく機能しない。
けれど、人生は続いてゆく。時は流れてゆく。そう。世界にしてみれば、何億とあるうちの命のひとつが費えただけ。世界は動いてゆく。たとえ、シリウスという存在がなくとも。
も、その流れに身を任せていた。ただ、ひとつのことを成しえようという思いを強く抱き続けるようにして。
闇の陣営を倒し、もう誰も死ぬことがないよう。そのことに、全力を尽くす。
今こそ、止まってはだめ。考えてはだめ。
そうすれば、悲しみに押し潰される。虚無感が身を焦がしてゆくだろうから。

 

アンブリッジがいなくなったため、は心置きなくホグワーツへ戻った。既に夏休みになっており、生徒の姿はなく、校内は閑散としている。
ダンブルドアには、まだ返事をもらっていなかった。騎士団の任務、外の任務も含めたそれに従事させて欲しいと言ったの願いに、ダンブルドアはまだ許可を与えてくれてはいない。けれど、それはまた後で交渉しよう。
もし、彼が許してくれたら、これからは全力でそれに励むつもりだった。そのための、準備に来た。図書館、禁書の棚。いくつかの呪文や魔法を、きちんと学び直そうと思った。ダンブルドアと同じくらい、強くなりたい    

 

ホグワーツの廊下を歩いていると、マクゴナガルに遭遇した。そこで、驚くべきことを聞いた。セブルスが防衛術の担当教師になるという。魔法薬学には別の教師が就くらしい。

「セブルスが、ですか?」
「ええ」
「それは、ダンブルドアが任命したんですか?それとも、セブルスが」
「双方納得の上、とのことです」

マクゴナガルの口振りから、彼女も詳細なことは知らされていないのだと悟った。ダンブルドアとセブルスの間には、見えない何かがあり、秘密がある。そのことは前々から感じていた。マクゴナガルもそれを感じており、歯痒く思っているのだろう。

「どうして……今年になって、急に」

はぽつりと呟く。セブルスは、教師になった時からずっと、防衛術の教師になることを希望していた。しかし、ダンブルドアは彼の願いを拒み続けてきた。10年以上も。それが、今年になって、何故。

「他に防衛術を教えられる者が見つからなかったからでしょう。セブルスには、確かにその才能は十二分にありますから。それに」

マクゴナガルは間を置き、続けた。

「防衛術は、今や呪いの科目と評判になってしまい    教えたがる者はいませんでした」

クィレル、ロックハート、リーマス、(偽の)ムーディ、アンブリッジ。毎年担当が替わるということで、生徒たちの間ではそれが呪いだと噂されていた。その考えは次第に大人たちにも浸透し始め、防衛術が呪われた教科であるということは、周知のことになってしまった。
その科目に、セブルスが就く。彼は一体、どういった気持ちでいるのだろう。そして、呪いが本当だとは思わないが、一年後の、セブルスの身が心配だった。

 

ホグワーツから戻り、屋敷の自室でぼんやりしていると、ノックの音が聞こえはっと顔を上げた。

、いる?」

トンクスの声だった。どうぞと答えると、そっと戸が開けられ、トンクスが姿を現した。聖マンゴから退院後、すっかり傷は治ったようだったが、以前の快活な彼女には遠かった。シリウスの死を悲しんでいるのか、その責任を感じているのか。

「ダンブルドアからパトローナスが来てね」

トンクスは戸を閉め、言う。

「ダンブルドアは、今何処に?」

彼は、最近はホグワーツを空けることが多いようだった。かといって騎士団のメンバーと共に行動しているわけでもなく、彼一人で、何かをおこなっているようだった。しかし、トンクスも彼の所在は分からぬようで、肩を竦め、頭を振る。

「そう……それで、ダンブルドアは、何て?」
「ああ、うん、それがね」

言い難いことなのか、トンクスはから視線を逸らす。

「しばらくここを拠点にするのはやめる、退去するから荷物をまとめるように、って」
「ここを?どうして?」
「詳しいことはダンブルドアが来て説明するみたい。もうすぐ戻るって」

魔法省の大臣が代わり、ヴォルデモートの復活の事実は認知された。もうこそこそと騎士団の活動をせずに済む。だから、拠点は必要なくなったということだろうか。が考え込んでいると、トンクスがぼそりと言った。

「この屋敷は、ブラック家直系の男子に引き継がれることになってるらしいんだ。でも、ブラック家の呪いがかかっている場合……シリウスが……死んでしまったから、……それが作用するかもしれない、って」

『シリウス』。血の繋がりのあった者の名を、トンクスは振り絞るように呼んだ。
そうか、そうだった。シリウスは、ブラックの名を持つ最後の男子だったのか。
ブラック家は、ほろびてしまったんだ。

「そう、分かった。荷物をまとめておけば良いのね」
「うん」

トンクスは頷く。そして、もう一つ用件があるんだ、と切り出した。その視線は床を向いていた。

「リーマスがね……ダンブルドアから任務を受けたみたいで    今はその準備をしているらしいんだ」
「任務?どんな?」

トンクスの口調や声音から、それがあまり良いものではないことが想像できた。

「狼人間のスパイ」
「うそ」

は目を見開いた。狼人間?スパイ?そんな。

「狼人間はみんな闇の陣営でしょ?だから、リーマスがスパイというか、説得に行くらしい」
「そんな。そんなの、危険過ぎる」
「私もそう言った!」

トンクスは強く声を出し、顔を上げた。

「でも、リーマスは引き受けたの!自分にしかできないことだ、って」

リーマスの、狼人間に対する痛みと辛さは測り知れない。それを思うと、は堪らなかった。その彼自身が、狼人間の中へ。言い渡したダンブルドアも、それを承諾したリーマスも、一体どんな思いだったのか。けれども、2人とも、闇に立ち向かいたいと考えているのだろう。
私と同じ。

「私も、もう一度言ってみる。リーマスが、危険過ぎる。ねえ、も説得して」

トンクスの声に、我に返る。トンクスの声も表情も、この上なく沈んでいた。彼女はリーマスを想っている。リーマスのことが好きなんだ。    リーマスは気づいているのだろうか、……。

「そうね。言うだけなら、言ってみる。でもリーマスは、一度決めたらそれを曲げないと思うけど」
「分かってる……でも」

リーマスにもしものことがあったら。トンクスの気持ちは、にも痛いほどよく解った。
私も、彼を失いたくない。絶対に。もし、そうなってしまったら    

「トンクス。私も、リーマスが心配なのは同じよ。だから、頑張って引き止めてみる」
「うん、ありがと」

トンクスはそう言って、そろそろと部屋を出た。

私も、あなたと同じね、トンクス。
身近な人、大切な人を失った。そして、今またそういう人に危険が生じている。
これが    たたかい。いつ人が死んでも、不思議はない。
でも。もう絶対に、大切な人を失いたくはない。
ダンブルドアに交渉しよう。少しでも早く。もう、閉じこもっているのは嫌だ。何の役にも立てないなんて、嫌だ。リーマスだって戦うんだ、危険な役を引き受けたんだ。それなら、私だって。
じっとしてなんか、いられない。

 

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08/1/19