「みな、伝言は聞いておると思うが」

数日後、ダンブルドアがグリモールド・プレイスへやって来た。広間に、屋敷にいたメンバーが呼び集められる。ダンブルドアは少し疲れているように見えた。声に、いつものような張りがない。

「我々はここから退去することにした。もう隠れて活動する必要はないからのう。ただ、死喰い人に見つかっては不味い。そのために屋敷にかけた呪文じゃが    正当な屋敷の所有者がいない今、持続するかは分からん」

室内が、一瞬暗い空気に包まれる。シリウスの死は、皆の心に重く圧しかかっていた。誰もが他人に気を遣って、わざと平気なように振舞ってはいるけれども。

 

104. Yet the earth does MOVE
まわれまわれ わたしの世界よ

 

「つい先日、シリウスの遺言が見つかった。シリウスは、所有物の全てをハリー・ポッターに遺した」

ダンブルドアは、はっきりと彼の名を口にした。トンクスも、リーマスでさえも、彼の名を述べることにまだ抵抗を感じ、声を潜ませるけれど、ダンブルドアは違った。彼は    シリウスの死を、受け止めている。そして、シリウスの名に力を込めることで、彼への敬意や弔いの意を表しているような気がした。
それにしても、遺言。シリウスはそんなものをいつの間に考えていたのだろう。もっとも、こういう大きな遺産を持つ家系の人間なら、早い時期にそういうものは考えておくのかもしれない。

「近々、ハリーのもとへそれを確認しに行こうと思う。その後は、モリー、ハリーを頼む」
「ええ、もちろんですよ」

その場の重い雰囲気を振り払うように、モリーは声高々に答えた。

 

「先生、お話があるんです」

皆が部屋を去る中、はダンブルドアのもとへ歩み寄った。

「おお、奇遇じゃのう。わしもじゃ」

ダンブルドアはを隣の部屋へと促す。狭い場所だが、テーブルとソファはあり、話をするには充分な場だった。掛けておくれ、と言われ、はソファに座る。ダンブルドアも長テーブルを挟んだ向かいに腰掛けた。

「君から話すかの?それとも、わしからで良いかの」
「先生から、どうぞ」
「そうか。では、わしから話すとしよう。    先ほどの話の続きじゃ。シリウスの遺言のことじゃよ」

はい、とは頷く。その時、ダンブルドアの手に傷があることに気がつき、はっとした。だが、ダンブルドア首を振る。聞かないでおくれ、とでもいうように。

「大事はない。それよりも、今は話をさせておくれ」

ローブに隠れてよく見えないが、浅い傷ではなさそうだった。一体、どうしたのだろう。心配だったが、ダンブルドアはそのことで口を挟んで欲しくなさそうだったので、その場は頷くことにした。

「シリウスは……屋敷も、中の家具も、金貨も、全てをハリーに遺したが、一つだけ、君に遺したものがあるんじゃ」
「私に、ですか?」

は驚いて声を上げる。一体、何だろう。シリウスにとって、ハリーは名付け子。だから、遺産を遺すのは分かるが    私に?
ダンブルドアは深く頷き、杖を出し、振る。すると、現れたのはチェスボードと駒だった。彼やリーマスとチェスをする時にいつも使っていたもの。ジェームズの所有物だったチェス盤と駒。彼の拘りで、マグルのものを使っていた。『あの、手で駒を置くときの音と感触が、堪らないんだ』……。

「これを、私に?」
「そうじゃ」
「でも、なぜですか?これはもともとジェームズのものだったんです。ハリーに持ってもらった方が」
「このチェス盤に詰まっている思い出は、君やシリウスのものじゃ。君に持っていて欲しいのじゃろう」

どうして。そう言おうとしたが、熱いものが込み上げて来て、詰まった。

「大切にして欲しい、と遺しておったよ」

馬鹿。シリウスの馬鹿。思い出なんかよりも、あなたに傍にいて欲しかったのに。
彼の遺したもの。思い出の込められたチェスボード。
残酷だな、シリウス。これを見るたびにあなたを思い出してしまうじゃない。

    シリウスは……どうして遺言なんて遺しておいたんでしょうか」
「シリウスがこの家の最後の人間だったからじゃろう。他の者にこの屋敷が渡っては、面倒なことになる」
「シリウスは、自分が死ぬかもしれないと考えていたんですか?」
「そうかもしれん。こういう時勢じゃ……万に一つでもその可能性があれば、そうしておくのは賢明じゃ。こういう大きな家系の跡取りじゃからの。いくら忌み嫌う家とはいえ、シリウスもそれは承知しておったようじゃ。お陰で、我々はこの家がベラトリックスに受け継がれずに済んだ」

ダンブルドアは生徒を褒めるような口調だった。
ベラトリックス。胸を焦がした悲しみは、次第に怒りに変わる。彼女さえいなければ。

「先生。この前お話したことです。私も、騎士団の任務をさせて下さい。外に行かせて下さい」
、それは」
「ハグリッドも、巨人族の説得の任務をおこないましたよね。リーマスも狼人間の中へ行くと聞きました。他のメンバーだって、危険な任務をおこなっているでしょう?私だけじっとしていたくはありません」

は一気に自分の思いを吐き出した。ダンブルドアはじっとを見つめる。

「フィンスターに意識を奪われた君と戦うのは、どんなに辛かったか    もう経験したくはないんじゃ、あんな思いは。リーマスも痛切に感じておろう」
「あいつの影響はもうないんです。それに、私だって辛いんです、先生。何もできないのは。もう、何もしないまま、……誰かが死んでしまうのは……耐えられません」

ダンブルドアは僅かに頭を下げ、目を閉じた。じっと何かを考え込んでいた。彼はかなり長い間そうしていたが、やがてゆっくりと目を開け、顔を上げる。

    分かった、良いじゃろう。君の気持ちも解る。ひとまず、他のメンバーと共にハリーの身辺の警護に当たっておくれ」
「ありがとうございます」

は胸を撫で下ろした。

「そうじゃ    年が明けたら、君に遠方へ行ってもらうことになるかもしれん。春になったら」
「ええ、何処へでも行きます」

今まで何もできなかった分、何でもできそうな気がした。ダンブルドアはテーブルの上のチェス盤をじっと見つめながら、口を開く。

「ただし、一つ、約束をして欲しい」
「はい」
「死んではならん。必ずじゃ。必ず、守って欲しい」

ダンブルドアのブルーの瞳は、青い炎のように見えた。優しい瞳も、こういう強い瞳も、両方を彼は持っている。

「はい」
「リーマスにも、くれぐれも無理はせぬよう伝えておくれ」

もうだれもうしなせたくはない。
ダンブルドアの思いも、同じ。彼だって、辛いこと、苦しいことを乗り越えて、光の世界をつくろうとしている。全身全霊をかけて。

「先生も、無理はなさらないで下さいね」

ダンブルドアの傷。尋ねても、詳しくは教えてもらえないだろう。彼だって、相当な無茶をしたのだろう。けれど、彼を失いたくはなかった。彼が、光なのだから。

「私も    私たちも、先生を失いたくはないんです」

ダンブルドアは驚いたように目を丸くした。

「お願いです。先生も約束をして下さい。先生も、死なない、と」

ダンブルドアはしばらくじっとの瞳を見つめていた。淡いブルーの瞳。ああ、アクアマリンのようだ。宝石のようなきらきらとした輝き。見る角度によって、光の具合が違う。

「ああ、ありがとう」

ダンブルドアはにこりと笑った。も笑みを零す。
しばらくぶりに笑えた    ような気がした。

 

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08/1/19