アミス・フラメル。フラメル
「フラメル……ニコラス・フラメルと、関係が?」
「ええ。彼は、私の先祖です」
108. L'oiseau Bleu
やくそくの地
ニコラス・フラメル。賢者の石を創った人物。
まさか、ダンブルドアは彼を指して古い友人、と?そうだとしたら、当てはまる。彼とニコラス・フラメルは共同でいくつかの研究をしたし、友人であったという事実も聞いている。古い、というのも頷ける。ニコラス・フラメルは自身の創った石から『生命の水』を生成し、それを飲んで生き永らえていたのだから。
「彼は子孫より長生きをしていますから、先祖という実感はないんですけれどね」
アミスは苦笑する。いや、でも、ダンブルドアが賢者の石を壊してしまったから、彼は、……?
「あの……失礼ですが、……ニコラス・フラメルは、ご存命で?」
アミスはゆっくりと首を振った。
「いいえ。3年ほど前に、亡くなりました。妻のペレネレと共に」
「そうですか……すみません」
「いえ、とても穏やかな死でしたから。本人たちも望んでいたことですし」
アミスは悲しむ様子を見せなかった。本当に、穏やかな死であったのだろう。ニコラス・フラメルは600年以上生きたと聞いている。最期は、どんな思いだったのだろう。
いや、最期だけではなく
「ダンブルドアの言う古い友人というのは、ニコラスのことでしょう。彼の墓石が、ここにあるんです。生まれた地で眠りたい、と」
「それでは、ダンブルドアの会ってもらいたい人物というのは」
ニコラス・フラメルの墓参りの任務、ということなのだろうか。まさか、ね……。
アミスはしばらく間を置いてから、答えた。
「その話は、長くなるので明日にしましょう。今夜はお休み下さい。部屋を用意してありますから」
ダンブルドアから任務を言い渡され、飛行機と列車に乗って、辿り着いた先。そこに待っていたのは、ニコラス・フラメルと血の繋がりのある女性が住む家と、彼の墓。
一体、どういうことだろう。ダンブルドアの真意が、分からない。
困惑した頭でベッドに横になるが、すぐに眠気がやってきた。
「すみません、遅くなってしまって……おはようございます」
慌ててリビングに飛び込むと、アミスが一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに声を立てて笑った。
「おはよう。良いんですよ。ここにいる間は、ここが自分の家だと思って寛いで下さい」
ふとテーブルの上を見ると、バスケットに入ったフランスパンとジャム、そしてミルクが2人分置いてあった。アミスは手でに座るよう促す。彼女は、待っていてくれたのだろうか。
「食べましょうか」
「ありがとうございます。朝食の用意までしてもらって」
は昨晩と同じ椅子に腰掛ける。アミスも、同じように向かいに腰掛けた。
「いいえ。1人分作るのも、2人分作るのも、同じことですから」
アミスは、バスケットの中から小さく分断されたフランスパンを取る。そして、瓶に入っているジャムをつけ、食べた。瓶は3つ。赤、青、黄色。は彼女の真似をして、パンの欠片を取り、青いジャムを塗って食べた。案の定、ブルーベリーの味。
「美味しい」
そう呟くと、アミスはにこりと笑う。
「そう?嬉しいわ。そのジャム、この庭で育てたものなんです」
「ハーブに、ジャム。色々なものを育ててるんですね」
外にあった畑で栽培しているのだろう。ということは、このミルクも、ここの牛のものだろうか。
「ええ。他にも、野菜や果物なんかもあるんですよ。一人暮らしは暇で」
やはり、彼女一人でこの家に住んでいるのだ。この家には余計なものがない。家具も、装飾も、とてもシンプルで、でも安らぐことのできる雰囲気。
「フラメルさんの生前は……彼と?」
「ええ。私は、彼の研究を手伝っていたんです。ダンブルドアとも、その時に知り合いました」
ところで、とアミスは続ける。
「よそよそしい喋り方、やめにしません?、って呼んでもいいかしら」
「え、ええ、もちろん」
アミスは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。久しぶりの話し相手だから、嬉しいわ。それに、あなたには聞きたいことも、話したいことも、たくさんあるの」
食事を終えると、アミスがフラメル夫妻の墓に案内してくれることになった。
彼女が所有しているという広い広い牧草地を通っていく。小高い丘になっている部分もあり、上がり下がりしながら歩いて行った。辺りには建物はなく、草原が広がっているだけ。しかし、馬や牛、羊などの家畜が放し飼いになっており、アミスのものなのかと尋ねると、彼女は首を振った。ここは彼女の私有地(かつてはニコラスのものだったが、彼女が引き継いだ)ではあるが、彼女一人で占拠せず、周囲の人にも、無償で自由に使ってもらっているのだという。
「私一人にこんなに広い土地、必要ないしね。その方が有益でしょう?」
その礼に、土地を借りている人は自分の所で取れた野菜や牛乳、それらを加工したものをくれるのだという。アミスも、庭で余分に取れたものは、近所に配っているらしい。
「いいですね、そういうのって」
が言うと、アミスは微笑んだ。
「そうでしょう?持ちつ、持たれつ。こういう田舎だと、それが当たり前なの」
そういえば、昔、母が家の庭でイチゴを作り、ジャムにして近所に持っていっていたっけ。パンの時もチーズの時もあった。「これ、お隣から貰ったの」、母がそう言って食卓に出してくれたものもあった。
思えば、マグルとして暮らしていたあの頃も、悪いことだけではなかった。
両親のことは、……大好きだった。
嫌だったのは、私の周り。
アミスとは道中、話をしながら歩いた。がここまでどうやって来たかとか、紅茶の美味しい淹れ方について。アミスの作るハーブの話にもなり、彼女はそのハーブを持ち帰ることを、快く許可してくれた。
アミスは良い話し手でもあり、良い聞き手でもあった。彼女の話はとても面白く、彼女の相槌や質問に対しては、話しやすかった。
誰かに、似ている。
もしリリーが生きていたら、アミスのような女性になっていたのではないだろうか。
落ち着いていて、知的な雰囲気かと思いきや、少女のような無邪気さもある、……。
気がつくと、前方に巨大な気がそびえ立っていた。暴れ柳よりも少し大きく、葉がこんもりと茂っている。それは、大きな影を作っていた。その木の根元には墓石が2つ、並んであった。
ニコラス・フラメル。ペレネレ、フラメル。それぞれに、そう刻まれている。
アミスは抱えていたバスケットからチューリップの花束を取り出し、墓石の前にそっと置いた。赤と白の2色の、チューリップの束。
「好きだったの。2人とも、この花が」
アミスは膝をつき、手を合わせ、目を閉じた。も彼女の隣に並び、同じようにして祈る。
目を開けると、アミスは立ち上がり、木を仰いでいた。も、腰を上げる。枝葉の間から陽の光が零れていて、きらきら輝いている。
は、ふと突然、ジェームズの瞳を思い出した。嬉しい時、楽しいことを考えている時に煌めく、彼の目。ダンブルドアの瞳も同様にきらきらと輝いているが、彼の目は海が煌めく光で、ジェームズの目は木漏れ陽のようだと思った。
「この木は、ニコラスが『命の木』と呼び、愛した木なの。枝葉が賢者の石の材料になるのだけど」
アミスは木の上方を指す。枝には、黒い塊がいくつもついていた。
「鳥の巣?」
「ええ、そう。それに、この木の葉は秋になるとほとんど落ちるんだけど、良い肥料になるの。庭に持っていって撒くと、良い野菜やハーブが育つわ」
成程、そういった理由からも『命の木』なのか。
「あなたも知っていると思うけれど、ニコラスとペレネレは、命の水を飲むことをやめて死んでいったの」
アミスは手を下ろし、語り始める。
「ニコラスとダンブルドアは話し合って、ヴォルデモートの手に渡らないよう、賢者の石を壊した。けれど、ニコラスは、少しだけ命の水を残しておいて、やるべきことを成し遂げてからこの世を去ったの」
アミスは、じっと2つの墓を見つめていた。しかし、彼女は墓石ではなく、そこに眠る2人の姿を見ているような気がした。
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08/1/19