は黙って彼女の話を聞いていたが、その中に潜む重大なものを感じ取って、えっ、と漏らした。
まさか、……。
アミスはにこりと笑って、日なたの方を指す。
「長い話になりそうね。日陰を出ましょう」
108. L'oiseau Bleu
なんだ、あれが僕たちの探している青い鳥なんだ。
「気がついたわよね。そう、私も、命の水を飲んでいるの。ニコラスが私のために残しておいてくれてね。実際は70年くらい生きたかしら。命の水を飲み始めたのは……確か、20代半ばを過ぎたころ」
命の木を背にして草の上に座ったは、隣のアミスを目を丸くして見やった。
70年を生きた彼女。彼女も不老の身。そして、不死。
「でも、70年生きても、まだ解らないの
も同じだった。老いない身体のせいで、いつか自分はこの世を去るという事実が、遠退いている。
「実はね、賢者の石を作ることは、できるの」
「えっ!」
「ニコラスからその方法は学んだし、材料もなんとか揃えられる。恐らく、作れるわ」
「でも、そのせいでヴォルデモートに狙われることは、なかったの?」
「大丈夫。そのことを知っているのはダンブルドアだけだし、そもそも私の存在も知られていないし、ね」
アミスはそう答え、立てていた膝を伸ばす。
「だからね、たとえ今ある命の水がなくなっても、また賢者の石を作って水を生成すれば良いの。だから、不老不死のままでいられる。
アミスは絡めた指を自分の脚の上に置き、見つめた。
「私は、ニコラスとペレネレが大好きだった。私の両親は幼い頃に死んでしまって、2人が親代わりだったの。私は大人になって、彼の研究の手伝いをしたわ。それで、命の水を飲んで。飲む前に、ニコラスに言われたわ。不老不死というのは良いことばかりではないよ、って。でも、ニコラスもペレネレも不死なんだから、私独りだけそうではないのは嫌だった。もっとずっと、2人と一緒にいたい。そう、思った」
ちちちち、と鳥の鳴き声が聞こえた。恐らく、命の木の巣に戻っていくのだろう。
「でも、2人が命の水を飲むことをやめると言った時、反対はしたけれど、私も一緒に、とは思わなかった。思えなかったの。生きていくのが当たり前だと思っていたから。死が怖かった。それに……老いる自分を、見たくなかった」
はどきりとした。アミスもそれに気づいたのか、の方を向き、微かな笑みを浮かべる。
「あなたのこと、ダンブルドアから聞いたわ。どう?死は、怖い?」
は沈黙し、先ほどのアミスと同じように、顔を前へ向かせた。横から、アミスの視線を感じる。
死。無の世界。何もなくなってしまう。それは、怖い。でも、今の私は。今の、生は。
「虚ろな生を生きるよりも、死んでしまった方が楽かもしれない」
アミスは何も言わなかった。は、続ける。
「アミスが知っているのは、私が不老ということだけ?」
「
「そう。マグルとして暮らしていた私のところに、奴がやって来て、父と母が死んでしまった。でも、ダンブルドアが来て、ホグワーツに入れた。地獄から、天国だった。とても、すごく大切で、大好きな友人たちができたの。彼らは、私が不老と知っても、受け止めてくれた」
はそこで言葉を区切り、呼吸を整えた。そして、でも、と続ける。
「5人、いたの。でも、……5人のうち、2人が死んでしまって
は言おうか言うまいか迷ったが、言うことに決めた。アミスも彼女の思いの全てを話してくれているのだろうし、も彼女に対してそうしたいと思った。
「投獄されていた彼とは再会することができた。残った1人とも一緒に働けたりしてね。幸せだった。
アミスは何も言わなかった。そのことがありがたかった。今はただ、しゃべり続けたかった。
「心の中のある部分が、そっくり消えてしまったような、そんな感じ。どうしようもない、……虚無感。ただ、でも、今も死のうとは思わない。私が死んでも誰も喜ばない。それに、死を怖いと、私も思う。アミスが言ったように、自分が老いた姿は見たくない、とも。この姿に慣れ過ぎたのね。不老だって知った時は、あんなに嘆いたのに」
もし、今、老いる身体に戻れるのだとしても、迷うだろう。慣れてしまった。老いないということに。余程のことがないかぎり、死ぬ心配はないということに。
友人と異なり、止まった時間を歩むことに不安を覚えた。けれど、死への恐怖は免れることができる。
は口を閉ざし、アミスも沈黙していた。風が草の間を通り抜け、さああという音が聞こえる。背後の木の、葉が擦れる音がする。
やがて、アミスが口を開く。
「あなたは、とても辛い思いをしているのね。それでも、死にたいと思わなかった?自分の生を呪わなかった?さっき、言ったわね。虚ろな生を生きるよりも、死んでしまった方が楽かもしれない、って」
「辛いと思ったことは、何度もある。でも、そういう思いをしている人はたくさんいるもの。世の中にもそうだし、私の周りにも。自分が狼人間で苦しんでいる人も、12年も無実の罪で独房に入れられていた人も、……きっと、裏切った友人も、辛い思いをしている」
は苦笑して、アミスに視線を戻した。
「でも、本当、不思議よね。死にたくはないの。一番大切な人が死んでしまったのに。私も死んでしまえば楽になれるかもしれない。
今、解った気がする。ニコラス・フラメルの言葉と、アミスに会ったことで。
「やっと解った。辛くて悲しい時があったからこそ、幸せだった日を幸せだったと感じられる。今は悲しい時もある。でも、私は至福と言える日々があった。だから、私の人生は幸せだったと言える。でも、今、本当はまだ生は続くのに、それを断ってしまったら、その幸せだった人生は消えてしまうような気がする」
ジェームズ、リリー、リーマス、ピーター、シリウスと過ごした学生時代。
2人は死んでしまって、ピーターの裏切りは辛かったけれども、リーマスがいて、シリウスと再会でき、彼と過ごした日々。
そう。そうだ、私は、幸せなんだ。『自分の幸せは、自分で掴むものじゃないかな』。そう言ったリーマスの通りだ。
「幸と不幸。生と死。相反するようで、実は一つなのかもしれない。だから、どちらかを蔑ろにしては、もう一方をそうすることと同じ。どちらのことも大切にしなければならないのかもしれない」
「だから……ニコラスは、死を受け入れたのね。だから、冒険と言ったのね。彼は、幸せだったんだわ。確かに、長過ぎた生だったかもしれない。でも、彼は、幸せそうだった。ペレネレがいて、ダンブルドアがいて、人に慕われて。だから死に際が、あんなに穏やかだったのね」
アミスは独り言のように漏らした。
「アミス。フラメルさんは、あなたのことを愛していたと思う。あなたがいてこその、彼らの幸せだったんじゃないかな」
「そう……そうね」
アミスは呟いて、最後に一つだけ質問をしていい?と尋ねた。
は頷く。アミスはそっと口を開いた。
「愛することは、辛くはなかった?」
「そう思ったことは、何度もあった。人を愛することはやめよう、って。親友から離れたこともあった。傷ついて、傷つけたことも。そのことを悔いてはいるけど
アミスは黙っていたが、やがて、そう、と答えた。
「あなたは幸せだわ、。そういう人に、出逢えたこと」
「あなたもそうでしょう、アミス。私の友人の受け売りだけど、『ひとの幸せは、愛するひとがいることだ』、って」
「うん、そう。そうね!」
アミスは勢いよく立ち上がる。
「決めたわ。私、ニコラスを超えるくらいすごいことをする。人の役に立てるような。私も、胸を張って幸せだったって言えるような人生にする」
アミスはに手を差し出す。も彼女の手を握ると。ぐいと引っ張られ、立たされた。
「ありがとう、。あなたに逢えて、本当に良かった」
アミスの言葉が、胸に染み入る。ありがとうと言われる、喜び。
「ううん。私も、アミスに逢えて良かった。話ができて、良かった。自分の気持ちを整理できたし、いろいろなことに気がついた」
アミスは嬉しそうに微笑んだ。
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08/1/19