帰り道、が呟くと、僅かに前を歩いていたアミスが、「任務?」と振り返った。
「そう。私、騎士団の任務でここに来たと思っていたのに」
「任務って、私は何も聞いていないわ。ダンブルドアはただ、あなたをよろしく、としか」
「えっ」
「任務というのは建前だと思うわ。ダンブルドアは、私たちを会わせたかったのよ。それがお互いのために良いことになるだろうって、彼には分かっていたのかも」
そうかもしれない。ダンブルドアなら、きっと。
108. L'oiseau Bleu
しあわせを運ぶ鳥 けれど、それを受け取るのはじぶん
「ところで、騎士団って?」
「ああ。不死鳥の騎士団のこと。ダンブルドアが、ヴォルデモートに対抗するためにつくったの」
アミスはああ、と頷く。それなら聞いたことがあるわ、と。
ヴォルデモート。その名前を口にして、は思い出した。
「ねえ、アミス。嘘が吐ける薬ってない?」
アミスは立ち止まり、目を瞬かせる。彼女はフラメルの研究を手伝っていたというから、薬学に長けているのではないかと思ったのだ。
「絶対に見破られない、嘘。開心術を使われても」
「うーん、どうかしら。ベリタセラムの予防薬ならあったと思うけれど」
ベリタセラム。それでは意味がない。
「家に帰れば、ニコラスの残した書物があるから、調べてみましょう」
アミスは再び歩き出す。も後についた。
「ヴォルデモートの勢力は、さすがにここには伸びていないけれど、私も無関係を装いたくはないわ。力になれることがあったら何でも言って。その薬、ヴォルデモートに対抗するために使うつもりでしょう?」
どうして分かったのだろう。がうーんと言葉を濁していると、アミスは続けた。
「ヴォルデモート、って言って思いついたみたいだったから、もしかしたらと思ったの」
「……まあ、ね」
「まさか、あなたの独断ではないでしょうね」
「大丈夫。ダンブルドアにはちゃんと相談するつもりだから」
「無茶はしないでちょうだいよ」
母親のような口調のアミスに、はくすりと笑った。
食後の紅茶が2つ載った机に、アミスは本や羊皮紙を積み重ね、読みふけっていた。することがなかったので、もそれらを眺めていたが、内容はあまり理解できなかった。もともと薬草学や魔法薬学といった学問は、それほど得意ではなかった。
それにしても、アミスの集中力といったら凄まじかった。本を手に取り、ぱらぱらとページをめくり、本を置き、別のものを取る。一定のリズムでその動作を繰り返していく。
は本を読むことを諦めて、アミスのその行動を眺めていた。
うとうととまどろみかけた時、ふうとアミスのため息が聞こえ、は覚醒した。
「終わったの?」
「ええ。でも、残念ながら、嘘を吐けるとか、自分の心を偽ってみせるとか、そういう薬はないわね」
「そう」
やはり、そうか。そうではないだろうかと思っていたので、さほど気落ちはしなかった。
「でも、フェリックス・フェリシスはどうかしら」
フェリックス・フェリシス。も、口の中で繰り返してみる。飲んだ者に幸運をもたらすという薬。実物は見たことはない。
「運が良くなる薬よね。本当に効くの?そもそも、幸運になるっていうこと自体、曖昧だし」
「そうね。確かに、材料や調合方法が悪いと、半端なものになったり、効果を発揮しなかったりするわ。でも、完璧な材料をもって完璧な方法で調合すれば、その効果は抜群よ。私も一度だけ試したことがあるけれど、その効果といったら、凄まじかったわ」
「ふうん。何に試したの?」
「それは内緒。でも、どういった効果を発揮するかはその状況次第なの。その点では、確かに曖昧だわ。けれど、悪い状況にはならないはずよ」
幸運、か。信じ難いが、アミスが言うのなら間違いはないのだろう。
「すぐに作れる?」
「材料は、比較的すぐに揃うと思うけれど……調合が少し面倒でね。2週間くらいはかかるかしら」
2週間。ダンブルドアは期限については何も言わなかった。早く戻れ、とも。それなら、連絡をすれば大丈夫かもしれない。それに、アミスとももう少し話もしたかった。
「お願いできる?」
「ええ」
アミスはにこりと微笑む。
「その間、この家にいても平気かな」
「もちろんよ!言ったでしょう、自分の家だと思って寛いで。
アミスはそれから、材料を調達に出かけていったり、部屋にこもったり、忙しく過ごしていた。
は、普段彼女がおこなっていたことを代わりにした。家畜の世話をしたり(外の小屋には牛と羊がいた)、庭の手入れをしたり、食事を作ったり。
アミスは、食事の時はリビングにやって来て、と食卓を共にした。彼女とは、色々な話をした。
が少し前までホグワーツで事務をしていたことを話すと、「私も、ホグワーツに通っていたのよ」とアミスは言った。
「ここに住み始めたのは、2人がいなくなってからで、それまではイギリスにいたの。私が通っていた頃は、ダンブルドアは変身術を教えていたわ。でも、その時は教師と生徒というだけで、親しくはなかったの。ニコラスは、その頃からダンブルドアと友人だったけれど、そのことは私に教えてくれなかったし、変身術も得意じゃなかったし」
アミスはそれまで一人部屋にこもっていた分を埋め合わすかのように、一気にしゃべった。
「でも、やっぱりこう、オーラが他の人とは違うなとは思った。雰囲気も。私、しゃべり過ぎかしら」
「いいんじゃない。でも、フォークが止まってるけど?」
が苦笑して答えると、アミスは少しも減っていない自分の料理を見て、あら嫌だとはにかんだ。
「うーん。話好きというわけでもなかったはずなのに。ずっと話し相手がいなかったからかしらねえ」
「近所の人とは?交流はあるんでしょう?」
「ええ。良くしてもらっているけど、こうしてずっと話すわけでもないし」
「オウムでも飼ったら?」
「それ、いいわね」
が冗談めかして言うと、アミスも同じように悪戯っぽく笑った。そして、スプーンに持ち替え、スープを飲む。
「あ、これ、美味しいわ」
「本当に?良かった。この庭に生えていたバジルを入れてみたんだけど」
「うん、よく合ってるわよ。ああ、そう、庭って言ったらね
アミスはそれから、1時間話し続けた。彼女が一方的にという時もあったが、彼女はきちんとの意見は聞いてくれた。が話をする時は、口を挿むことなく耳を傾けてくれた。も久しぶりに、沢山しゃべった。
それから2週間、同じような日々が続いた。
ダンブルドアにはパトローナスで連絡を取り、ここにもう少し滞在する旨を伝えた。すぐに『分かった』と返事は返ってきた。ダンブルドアにしては珍しく、短文というより言葉だけであることが気になったが、彼が腹を立てるとは想像できなかったから、気に留めなかった。彼も忙しいのだろう。
そして、その朝。
「できたわ」
アミスは疲労困憊した様子で、部屋から這い出して来た。そして、リビングの机の上に小瓶を置き、どさりと椅子に腰掛ける。
「お疲れさま。ありがとう」
は、用意しておいたポットでカップに紅茶を注ぎ、アミスに差し出した。
「どういたしまして。こちらこそ、良い仕事させてもらったわ。どうぞ持っていって」
「ええ、ありがたく」
は小瓶を手に取って眺める。これが、フェリックス・フェリシス。
「
アミスは、紅茶の入ったカップに両手を当てながら、そっと尋ねた。
「そうね。長居するわけにもいかないし」
「私としてはいつまでいてもらっても構わないけれど、他にやることがあるんだから、仕方ないわよね」
アミスが寂しがってくれていることが分かり、嬉しかった。けれど、彼女と別れなければならないことは、も残念だった。もっとここにいたい。彼女と一緒にいたい。そうすれば、色々な苦しみを忘れられるから。
でも。でも、そう、私にはやることがある。騎士団の仕事に戻らなければ。
「……また来ても良い?」
そっと問いかけると、アミスは大きく頷いた。
「もちろん。いつでも歓迎するわ。ヴォルデモートを倒したら、また来て。そうなる前でもいいけれどね」
ヴォルデモートを倒したら。そう。全てが終わったら、またここに来よう。
も頷く。そして、少しだけ間を空けてから、言った。
「アミス
アミスは、駅まで送ってくれた。ハーブに、ジャムに、彼女は沢山のお土産をくれて、来る時よりもバッグが重く感じられた。今度来る時には、私も何か持って来よう。
「じゃあね」
窓から手を出し、列車の外のアミスの手を握る。
「また、来て。
はええ、と答える。そして、どちらからともなく、手を離した。
列車のベルが鳴り響く。アミスは一歩後ろに下がり、ベルが止むと、言った。
「ありがとう、。私は、幸せだわ。あなたに、逢えて」
アミス。
本当は伝えたいことが沢山あるはずなのに、何一つ言葉が出てこなかった。何か言わなきゃ。
列車がゆっくりと動き出す。がたんという揺れには覚醒して、窓から身を乗り出した。
「アミス!私の方こそありがとう!本当にありがとう!」
アミスはにこりと笑い、手を振った。も、大きく振り返す。彼女の姿が小さくなって、見えなくなるまで、ずっと。
窓から身体を引っ込め、すとんと席につくと、彼女との別れが身に沁みてきて、切なさが押し寄せてくる。出会いがあれば、別れもある。それは人生の摂理だけれども、きっと彼女とは、また会える。
この任務で、否、旅で、大切なものを得られた。ダンブルドアはそれを図っていたのかもしれない。帰ったら、彼に感謝せねば。
生と死。そして、幸と不幸。それらはどちらともなくてはならないもの。とても大切なもの。
私のしあわせ。
好きな人がいて、幸福でいてくれること。
アミスは、幸せと言ってくれた。
ねえ、シリウス。あなたはどうだった?幸せだった?
あなたは、いなくなってしまった。でも、最期は、名付け子を護ることができた。外に出られた。
私も
そう思っても良いでしょう?
は目を閉じた。一筋だけ流れた涙は、拭わなかった。
悲しみの涙ではないことは、分かっていたから。
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なんだ、あれが僕たちの探している青い鳥なんだ。僕達はずいぶん遠くまで探しに行ったけど、本当はいつもここにいたんだ。 (『L'oiseau Bleu』 Maurice MaeterLinck) 08/1/19