「感慨深い様子ですな」

セブルスの声に、我に返る。

「そう見えるか?」
「ええ。この監獄に、何か特別な思い入れがあるように。親しい者でも囚われておりましたか?」

セブルスはそこで言葉を切る。目を細めた相手の反応を見、続けた。

「たとえば、そう    シリウス・ブラック」

 

114. heart of STEEL
失われたこころはどこへ?

 

「何が言いたい?私に娘の感情が残っている、とでも?」

セブルスは答えなかった。代わりに別のことを問いかける。

「何故    何故ルーピンを殺してまでこちら側についた」
「どうしても私を疑いたいようだな。だが、考えろ。帝王が認めて下さったのだ」
「そのことには私も驚いている。一体どんな手を使ったのか。だが、私の目は誤魔化せん。そうだろう、?馬鹿馬鹿しい演技は、やめろ」

セブルスは目の前の女性の姿を見つめた。相手は無表情。
しかし、やがて、くつくつと不敵な笑い始めた。

「おかしいなあ……他の人は欺けたのに」

やはりな。セブルスは小さく呟く。

「何故だ?スパイなのか?何故ルーピンを殺した?何故帝王の開心術をすり抜けられた?」
「質問が多い」

が肩を竦めてみせると、セブルスはぎろりと鋭い目を彼女に向けた。

「答えろ、
「それなら、私も聞きたいわね」

も、同じように冷淡な瞳を彼に向ける。

「どうしてダンブルドアを裏切ったの?」
「裏切ったわけではない。私は、もともとこちらの陣営に属していた」
「ふーん。それなら、私たちはずっとあなたに騙されていたわけだ」
「ああ」
「初めからずっと、ダンブルドアを憎んでいた?」
「ああ」

セブルスは半ば面倒臭そうに、投げ槍に答えた。

「……もう一つだけ。どうして『私』だと判った?」

フィンスターのものほどではないが、声を低くして、は尋ねた。

    幸か不幸か、お前との付き合いは長いからな」
「そう……まあ……それなら仕方ない、か」

悔しそうな声を出してみせるが、の表情には笑みが浮かべられていた。

「だが、開心術では見破れなかった。一体、どうやった?」
「運が良かっただけよ」

セブルスはふざけるなと抗議の声を上げたが、は構わず続けた。

「そう、あなたからの質問ね。私はスパイなんかじゃない。これは、私の独断」
「独断?何が目的だ?」
「そんなもの、ない。私は私の感情で考えて、動いているだけ」
「なにを    そうだと言うなら、ルーピンを殺したのもお前の独断か?」

その問いに、は僅かに目を伏せた。

「それは、そう………終わらせたかったから」
「終わらせる?」
「……ジェームズもリリーもシリウスも死んでしまって、残ったのは私とリーマスと……ピーター。2人が死んで、私も死ねば、全部終わる。天国で、仲良く6人再会できる。めでたしめでたし」
「馬鹿馬鹿しい。死が安息だというのか?」
「セブルスはそう思わない?苦しい人生を生きるより死んでしまった方が楽だ、って」
「お前」

セブルスは眉根を寄せ、を眺める。

「正気か?それで、ルーピンを殺した?それで、ワームテールを殺しに来たのか?」
「ああ、ピーターのことはしばらく殺すつもりはないから。もっと『帝王』に信用してもらってから、ね」
「本気で    こちら側につく、と?」

は、頷く。

「でも、このことは他には言わないで欲しいわね。『フィンスター』は信用してもらったようだけど、『私』はそういうわけにはいかないでしょうから」
「フィンスターを利用するわけか」
「というよりも、なんだか融合したような感じ。あいつの闇の部分が、私の意識と混ざっているような    だから、こんなに冷たい心地なのかもしれない。でも、楽ね」

セブルスは答えなかった。
確かに、彼女の振る舞いはフィンスターそのものだった。セブルス自身も、との付き合いが短ければ、見破ることはできなかったろう。ほんの少しだけ、おかしいとは思っていた。しかし、確証がなかった。半ば賭けでもあった。
本当に、彼女はフィンスターの意識と融合したとでもいうのか。

「……ポッターを殺すことになる。分かっているのか?」
「言わなかった?私、べつにハリーのことは何とも思ってないのよ。むしろ    ハリーがいなければ、ジェームズとリリーは死ぬことはなかった、って」
「その2人を殺した側につくのか」
「私は恨んでない。ヴォルデモートのことも、ベラトリックスのことも、あなたのことも。もう、そういうのって、疲れたのよ」

手を広げるを、セブルスは凝視した。
本気なのか。本当にフィンスターの闇の意識が彼女を侵しているというのか。何もかもがどうでも良くなって、死を望んでいるというのか。
彼女は薄く笑いを浮かべているが、それだけだった。それ以外に色はない。表情にも、瞳にも。
愛する者の死で、ここまで堕落するものなのか    解るようであり、解らないようでもあった。
セブルスはどっと疲れが出たように、何か重いものが胃の辺りに圧し掛かってくるのを感じた。
は、騎士団のスパイなのだと思っていた。だから、ルーピンの死も策略なのだと。それなら何か手を打たねばなるまいと考えていたが、……。考えてみると、ムーディやマクゴナガルが、こちら側のスパイなどをに依頼するはずがない。リーマスも反対しただろう。
だとしたら。彼女の言葉が本当なら、リーマスは死に、彼女は死を望んでいる    

「……所詮はお前もその程度の人間だったということか」

セブルスの呟きは波の音に紛れて消えたかと思われたが、の耳には届いていた。

 

セブルスは、ヴォルデモートにも死喰い人にも、何も言わないでいてくれたようだ。

ヴォルデモートは王座の間に篭っているのか、死喰い人に姿を見せることはあまりなかった。死喰い人も、常に屋敷に留まっているわけではなく、あちらこちらに赴いていた。ディメンターや亡者、人狼、脱獄犯などと共に、殺人を繰り返した。主に、魔法省の管轄内で。省を混乱させ、戦力を削ぎ、崩壊させるために。
ヴォルデモートは、それ以前にハリーを殺したがったが、彼の居場所が掴めず、それは敵わなかった。そのことでヴォルデモートは機嫌を損ねており、皆怯えていた。

 

「卿、お話があるのですが」
「フィンスターか……珍しいな。何だ?」

戸を開け部屋に入ると、ヴォルデモートはいつものように王座に腰掛け、隣に居座る巨大な蛇を撫でていた。彼の声音に苛立たしさは認められなかった。今日のところは機嫌は悪くないようだ。もっとも、彼はいつも冷たく、表情を表に出さないので、実際はどうなのか判らない。

「ワームテールのことで」
「ワームテール?」

フィンスター    否、は、片膝をつき、恭しく頭を下げた。

「はい。奴の功績は承知しておりますが、少々図に乗っているのではないか、と」
「……ほう」
「卿のご復活の際に何もできなかった私が差し出がましいのですが、奴の、横柄で且つ小心な態度を疎む者も多く御座います。奴をこのままにしておけば、統率が乱れることもあるかもしれません」
「そうか。お前たちの考えも分からなくはない。が、奴の力で私が肉体を取り戻すことができたのもまた事実。そこは心にかけてやれ」

ヴォルデモートは蛇を撫でる手を止め、腕を組む。

「だが、失態があった場合の奴の始末はお前に任せよう。久々のお前本来の仕事となろうな」
「はっ」

『処刑人』『同属殺し』。フィンスター・の本来の姿を、は知っていた。

「ところで    ハリー・ポッターの所在は分かったのか」
「はい。どうやら、奴はホグワーツを拠点として様々な場所に赴いているようです。目撃情報もいくつかあり、居所はまもなく判明するものと」

ヴォルデモートはふむと答える。
いやに静かな部屋だった。聞こえるのは、蛇が舌を出し入れする音だけ。
自分の心臓の音が、どくんどくんとやけに響いているような気がした。

    フィンスター。お前は、アイなどというものの力を、信じるか?」
「は、」

不意な問いかけに、顔を上げる。ヴォルデモートはまるで眠っているかのように、目を閉ざしていた。

「ダンブルドアが昔、言っていた。私には絶対に破れぬ力だ、と」
「アイ……ですか。曖昧なものですね」

ヴォルデモートはくつくつと笑い、目を開けた。炎のように紅い目。十数年前、彼の瞳を初めて見た時は、ぞっとするほど恐ろしかったのを憶えている。しかし、今、こうして間近で見ると    美しいなと思ってしまっていた。ダンブルドアの澄んだ青い瞳と、まるで対照的な、赤。

「私も同感だ。だが、その曖昧なもののせいで二度、ハリー・ポッターを殺し損ねた」

二度。一度目は、ゴドリックの谷で。犠牲の印に守られた、ハリー。
二度目は、肉体を取り戻した後。直前呪文。直接ハリーに杖を向けつつも、殺すことはできなかった。

「確かに……その事実も御座いましょう。ですが元来、人の思いはうつろいやすいものです。人間の、思いなどというものは。今では、ハリー・ポッターの周りに奴を愛し、護る者はおりません。今度こそ」
「そうだな」

ヴォルデモートは短く答えた。彼の瞳は何処を見つめているのか分からなかった。だが、この部屋を見ていないことは確かだった。彼は、何処か遠いところを見ている。もしかすると、時をも越えて。

『アイのちから』、か。彼は愛を知らないのか。その存在を信じていない。他人を愛したことがない。両親の愛がなかったのか、友人の愛がなかったのか、愛した者もいなかったのか。
彼はいつから歪んでしまったのだろう。彼はどうして、全てを憎悪するようになったのだろう。
ヴォルデモートの遠い目は、にそんなことを思わせた。
彼は、何を望んでいるのだろう。マグルの排除?この世界を闇に染めること?
その先に、一体何を願うというのだろう。

 

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08/1/20