#0. REAL EYE

 

 イギリス、ロンドン郊外。
 次元大介が部屋の扉を開けると、視界の正面に男の姿が入ってきた。ソファに悠々と脚を組んで座っている。男は次元の顔を見るなり、不機嫌そうに眉を寄せた。

「次元、遅ぇぞ。どこに行ってた?」
「いちいち行き先を告げなきゃならないほどの仲じゃないだろうが」

 はねつけられた相手はチッと舌打ちしながらも、「ま、いいけどよ」とすぐに気楽な調子に変わった。
 次元は扉を閉め、男の向かいのソファに腰かける。古びたソファはぎしりと大きな音を立てた。そうして、買ってきたバーボンと氷を、ロックグラスに注ぐ。テーブルの上には、既に空になったグラスと、半分溶けた氷だけがあった。
 向かいの男は黒いシャツの袖をまくって、呑気そうに煙草を吹かしている。

「おまえといると退屈しないと思ったんだがな。ルパン三世よ」

 次元はグラスをひと口飲んでから、ぼそりと呟く。ルパン三世と呼ばれた男は、心外そうに片方の眉を上げた。

「あぁん?」
退屈これが続くようなら俺は別行動を取らせてもらう」

 次元が言うと、ルパンはふっと不敵に笑った。

「そう結論づけられるほどおまえと組んで仕事をしてないだろうに。ま、おまえの気持ちは俺も嫌ってほどわかってるさ。しばらく小物続きだったからなぁ。でもな、今度は退屈させないヤマを掴んできた」

 ルパンは懐から一枚の写真を取り出し、テーブルの上に投げる。次元はグラスを持っていないほうの手で写真を拾い上げた。
 彫りの深い目元。青い目。豊かな白髪の男が写っている。五十代から六十代といったところだろう。
 “Carlos Crawford”とルパンの字で書かれていた。

「知ってるか?カルロス・クロフォード伯爵」

 「知らねぇな」と答えて、次元は写真をテーブルに戻す。

「イギリスの貴族で、芸術界に顔が広い。特に絵画コレクターとして知られていながら、画商でもある」
「伯爵様自らが絵を売り買いしてコレクションしてる、と。珍しい話でもないだろう?」
「ああ。だがこいつが他と違うのは、本物はもちろん偽物の絵も集めてる、って点だ」
「偽物も?なんでまた?」
「“優れた贋作は時として出来の悪い真作に優る”んだとよ」
「ほお。偽物でもいいなんざ、俺にはわからねえな。金になるのか?」
「そこにからくりがあるんだよ」

 ルパンは煙草を灰皿に押しつける。

「どうやら伯爵のコレクションの中にある本物が、とんでもない値打ちのもんらしい。その本物をカモフラージュするために偽物を集めてる、って話だ」
「そいつを盗むわけか」

 次元はバーボンを飲み干し、訊く。氷がカランと音を立てる。

「そうだ」
「だが   どうやって本物と偽物を見分けるつもりだ?いくらルパン三世だろうが、絵に関しちゃ素人だろう?」
「まあな。だから今回の仕事には“眼”が必要だ」

 ルパンはにやりと笑い、再びシャツのポケットから写真を一枚取り出す。
 “Marcess Virgil”と書かれていた。ブラウンの髪。不機嫌そうな表情。口元には深い皺が刻まれている男。先ほどの伯爵と同じくらいの年だろうか。

「マルセス   ヴァージル?」
「ああ。絵画を鑑定させたら右に出る者はいない、って男だ」
「こいつをどうするんだ?拉致でもするのか?」

 次元の問いに、ルパンはいや、と首を横に振る。

「そういうのは俺のポリシーじゃあないんでね」
「ハッ、どうだか」
「ま、おもしろくなりそうってこたぁ確かだ。想像以上に根が深そうだぜ、こいつら」
「ほお」
「言ったろ?退屈はさせねえって」

 ルパンは得意気に笑った。