#01. FAKE QUESTION
美術競売会社クリスティアーズ。
その本年度最大規模のオークションを前にして、カタログ作成のための鑑定会がおこなわれていた。
カタログには競りに出されるすべての品物が掲載されている。作品の作家や作成年月日などの詳細が記載されることはもちろん、本物か偽物かを鑑定士たちが判別し、真偽も記していた。
たとえ贋作であっても、買い手はつく。特に欧州では、“美術品を所有している”ということ自体が社会的ステータスの向上に繋がる。贋作であっても、素人目には偽物と判別がつかないほど出来の良いものもあり、本物だろうが偽物だろうが、要するに観た人間を騙せれば良いのだと考える者もいる。そうした見栄は張りたいが費用のない買い手は、贋作に手を出した。
とはいえ、実際には、贋作であっても真作として出回る美術品も数多く存在していた。
鑑定士は完璧ではない。
美術界で、それが通説だった。
その常識を覆したのが、マルセス・ヴァージル。
主に絵画の鑑定士で、奇跡の鑑定眼を持つと言われる男だった。
クリスティアーズで競りに出される絵はすべて、ヴァージルが鑑定したもの。よって、カタログに“真作”と掲載されている絵画は、ほぼ間違いなく本物だ、と言われていた。
ヴァージルの年齢は六十を超えているが、今現在も絵画鑑定界のトップに君臨し、権威を持っていた。若い鑑定家の羨望の対象であり、古参の鑑定家が頭を上げることができない人物。
オークション前におこなわれるヴァージルの鑑定会には、毎回多数の美術関係者たちが集った。彼の“手並み”を拝見するために。
ヴァージルが淡々と、テンポ良く絵画を鑑定していくさまは、鑑定家たちだけでなく、美術館や競売会社、美術関連のマスコミの人間にも感銘を与えていた。
この日も次々と絵の真偽を言い渡し、聴衆の心を掴んでいたヴァージルだったが、一枚の絵を前に動きが止まった。
「ファン・レイクの『アルマルフィ夫人の肖像』です」
クリスティアーズの責任者がヴァージルの顔色を伺うように言う。
ヴァージルはしばらく腕を組み、目を凝らして絵を見つめていたが、やがて聴衆に向かって問いかけた。
「この絵は真作だと思うか、贋作だと思うか」
聴衆にざわり、と波紋が広がる。
近頃ヴァージルがおこなうようになった“問い”だった。彼の後継者を育てるために、ヴァージルが鑑定結果をあえて言い渡さず、他の鑑定士に意見を訊ねる。
周囲のざわめきは広がり、「偽物だろう」「いや本物だ」、という声が飛び交った。しかし、誰も正確な根拠や答えを言い当てる者はいない。本物ではないか、本物だろうという声が大きくなっていったとき、ヴァージルの側で絵を見ていた女が口を開いた。
「これは贋作です」
きっぱりとした口調に、人々の声がぴたりと止む。
若くしてヴァージルの助手を務める、・だった。
「なぜそう思う、?」
ヴァージルが訊ねる。群衆の視線がに集まった。
人々の注目を一点に集めても、は動じることなく答える。
「この絵は、夫人の服のひだや蝋燭の炎をはじめ、物の質感が緻密に描かれています。が、時間をかけて丁寧に描かれた印象を受けます。ファン・レイクは緻密な表現を得意としていますが、タッチは素早く、もっと自然です」
淀みなく言うを、ヴァージルは無言で見つめる。もその瞳から目をそらさず、続けた。
「もうひとつ。ファン・レイクは重ね塗りをして絵に立体感を出します。薄く何度も油絵具を重ねることで、透明感や写実感を出す絵が特徴です。でもこの絵が重ね塗りされたのは、せいぜい二度。重ね塗りされていない箇所も多くあります。角度を変えてよく見てみれば、先に塗った色が透けて見えますが、この絵はそうしたところがありません。よって、この絵はファン・レイクによって描かれたものではありません」
の陳述に、周囲が再びざわめく。
ヴァージルは少しの間沈黙した後、うむと頷いた。
「私もそう思う。これは贋作だろう」
群衆からは歓声や拍手が起こるが、は無表情だった。
ヴァージルはクリスティアーズの男に次の絵を見せるよう促し、鑑定会は続いた。
この日が真偽を言い当てた絵は、他にもいくつかあった。
鑑定会がお開きになると、男は身近にいた若い美術関係者を捕まえて訊ねた。
「なあ、さっき颯爽と絵を鑑定した女
訊ねられた若者は怪訝そうな表情を見せる。
「あんた、そんなことも知らずによく美術関係の仕事をしているな」
男は頭を掻く。
「なにぶん日が浅いもんで」
「ふうん。それでヴァージル先生の鑑定会に入れたのは幸運だな?」
「はあ、コネでなんとか入れてもらいました」
「ふうん。それで、彼女
若者はヴァージルに心酔しているような表情だったが、男はヴァージルについては関心を示さなかった。
「へえ。彼女、まだ若そうなのに、あのヴァージル氏の後継者?」
「ああ、それが彼女のすごいところだ。あれほどの鑑定をするには、作画技術、作者、時代背景なんかに関する知識の豊富さはもちろん、経験、そして第六感のような感覚も必要だ。どれもあの若さで簡単に手に入るようなもんじゃない。僕も鑑定士を志しているからよくわかる」
どこか得意げに答える若者に、男は「ほお」と目を細めた。
「ヴァージル先生が目をかけて育てていたんじゃないかとか、先生の隠し子なんじゃないかとか、そんな噂さえ挙がっているほどだよ」
「彼女がヴァージル氏の助手になったのはいつなんだ?」
「四、五年前……いや六年だったか……いずれにせよ数年前だったはずだ。はじめはまったく目立たない存在だったが、ここ最近鑑定界で知られるようになったね」
「ここ最近?」
「ああ。ヴァージル先生が後継者を育てるために、ああして絵の真偽を周りに訊ねるようになった頃からさ。誰もはっきりと鑑定できないような絵を、ミス・が今日みたいにさらっと言い当てる。そんなことが続いてね」
「後継者を育てるために、ね」
男は眉根を寄せる。そしてブツブツとうんちくを傾ける若者を尻目に、早足で会場を去った。
「・