#09. SEARH FOR THE REAL TREASURE

 

 部屋の裏口は巨大な倉庫に繋がっていた。一台の大型トラックが入ってもなお、悠々としたスペースが広がっている。
 トラックの横には人の高さほどある大きな木箱。この中に絵を入れてヘリコプターで吊り、クロフォード邸の金庫から盗み出したらしい。追手を巻くためにトラックに乗り換え、ここまで運んできたということだった。
 こんな派手な逃走で警察が捕まえられなかったなんて、と は驚いた。クロフォード伯爵邸にも護衛や警備システムがあっただろうに。ルパン一味は本当に一流の泥棒らしい。
 ルパンが侍風の男   石川五エ門と名乗った   に声をかけると、五エ門は刀で木箱を斬りつけた。殺陣に詳しくないから見ても、はっとするほど鮮やかな動きだった。
 解体された箱の中からは、積み上げられた絵が姿を現す。五エ門の腕前に驚きつつも、絵が傷ついたらどうするつもりだったんだろうと非難がましくも思った。

、何か必要なもんはあるか?」

 ルパンが訊ねてくる。

「そうですね   暖房があるとありがたいです」

 広大な空間ではさすがに冷えた。手がかじかんでしまうと、うまく鑑定ができない。

「あとで持ってきてやるよ。どのくらいかかりそうだ?」
「見たところ、二、三十点のようですから……まあ、一日あれば」
「随分かかるな」

 ぽつりと言ったのは次元だった。は彼に顔を向ける。

「休みなして鑑定すれば半日で終わるかもしれませんが、判断が鈍るんです。一日でも急ぐほうですよ」

 次元は肩をすくめて帽子を押さえる。ルパンが言った。

「まあ俺たちは急がないさ。一日だろうが二日だろうが、ごゆっくり」
「じゃあそれまでは自由行動っていうことね」

 不二子はそう言うなり、部屋を出て行く。五エ門も無言でこの場を去った。
 残ったルパンと次元とともに、は伯爵の贋作コレクションをブルーシートを敷いた地面の上に並べた。その間にルパンは隣のリビングの石油ストーブを持ってくる。広い空間には心もとないが、多少は暖が取れた。
 伯爵のコレクションは二十六点。ずらりと並べると壮観だが、一枚一枚をざっと見ていくと、奇妙な違和感があった。

「これ   この中に真作がある……んですよね?」

 呟くように訊ねるに、ルパンは煙草に火をつけながら答える。

「ああ。とんでもなく価値のある絵、なんだろ?」

 は腕を組んだまま動かなかった。じっと絵を見つめる。
 クロフォード伯爵の集める贋作の中には、かなり価値の高い真作がある。かつて、その噂は美術界でも広まった。
 しかし、その話はしだいに風化していった。伯爵は貴族として数枚の真作を持っていたが、それは通常のオリジナルの絵としての価値。“とんでもない”ほどの価値のある絵ではなかった。それに、伯爵は真作よりも贋作を好んだ。“贋作の中には真作よりも魂が込められているものがある”として。
 いずれにしても、過去に流れた『伯爵が価値のある真作を隠している』という噂は、ヴァージルによってはっきりと否定された。『伯爵のコレクションはすべて鑑定したが、これといって大きな価値のある絵はない。だが伯爵にとっては価値あるものなのだろう』、と。
 ただ、ルパン三世が狙いをつけたのだから、それ相応の価値ある絵が実は隠されているのかとも考えるようになっていた。
 でも、これは、……。

「とにかく……観てみます」

 は鞄の中に持ち歩いていた手袋とルーペを身につけて、作業に取り掛かった。

 



 呼びかけられて顔を上げる。急に現実世界に引き戻されたような心地で、少しぼうっとしてしまった。
 振り向くと、マグカップを手に持ったルパンが立っていた。青いジャケットは着ておらず、黒いシャツに赤いネクタイが映えていた。

「コーヒーでもどうだ?」

 コーヒー。の頭の中はまだ絵が生まれた過去の世界を彷徨っており、うまく返答できなかった。その沈黙を誤解したルパンが苦笑する。

「紅茶のがいいんだったな。でもあいにく切らしてるんだよ」

 はようやく状況を呑み込んで、「頂きます」と頷いた。
 食べることも飲むことも忘れて絵に向き合っていたので、熱いコーヒーが冷えた身体やお腹に染み渡っていった。胃が刺激されて、はじめて空腹だったことに気がつく。ルパンは気を利かせてか、サンドウィッチを持って来てくれた。

「どれくらい終わった?」

 食事を終えたに、ルパンは訊ねる。は並べられた絵を数えた。

「半分くらい、でしょうか」
「予定より早いな。まだ六時間だぜ」
「六時間……」

 もうそれだけの時間が経っていたのか。

「随分と没頭してたな。俺が話しても上の空だったよ」
「ああ……すみません。絵に集中してしまうと、周りが見えなくなってしまうことがあって」

 は苦笑する。

「疲れたらあっちで休んでもいいんだぜ」

 ルパンは親指でリビングへと続く扉を指す。そう言われると身体がずっしりと重くなる気がした。

「そうするかも……他の方は?」
「不二子と五エ門はどっかに行っちまった。次元も今は出てるが、じきに戻ると思う」

 つまり、今はルパンとふたりきりということ。
 は不意に息が詰まるのを感じた。

   やっぱり休むのはやめます」
「なんで?」
「あなたとふたりきりだから」

 ルパンは思い切り顔をしかめる。

「あのなあ、寝てる女に手ぇ出すわけないだろ」
「強引に眠らせておいて?」
「あれはおまえがどうしても頷かなかったからだろ。優しいもんだぜ」
「どこがですか!睡眠薬なんて飲まされたのはじめてですよ!」
「なんならもっかい飲ませてやろうか?」

 ルパンが不敵ににやりと笑う。唐突にそのときのシーンが蘇ってきて、は顔が火照るのを感じた。
 「まったく」、と吐き捨てるように言って、目を伏せてコーヒーに口をつける。ルパンは面白そうにの様子を眺めていたが、やがて真顔に戻って訊ねた。

「なあ。どうだ?今まで鑑定した中にお宝はあったか?」

 お宝。は両手で持ったマグカップをじっと見つめた。天井の薄明るい伝統に照らされて、自分の顔が映し出されている。
 そうか。ルパンたちは“お宝”   つまり、“値のつく絵”を望んでいるのか。芸術品としての価値ではなく。泥棒なのだから当然だろうが、絵を“お宝”呼ばわりされるのは奇妙な心地だった。

「いいえ   ありません。今のところ全部、贋作です」
「そうか」

 ルパンは少しだけ残念そうな声音で言って、煙草に火をつけた。

「でも、これ……贋作としてはとてもよく出来ていますよ」
「へえ」

 恐らく私じゃないと見破れなかった。はその言葉を呑み込む。
 そんなことをルパンに話しても仕方がない。彼らには関係のないこと。
 でも、果たしてこの中にルパンの望む“お宝”があるだろうか。
 もしもなかったら。ないと知ったら、ルパンはどうするだろう。
 はコーヒーを飲み干した。それでも中身のなくなったカップの底をしばらく見つめていた。