#16. REAL PAST
「贋作を見破る眼を身につけるために、一番有効な方法って何だと思いますか?」
が問うと、ルパンは腕を組んでううむと唸る。
「そうだな……とにかく多くの贋作を見ておくこと……か?」
「そうですね。そういうことです。一番は、腕の良い贋作者と接触することなんです。どうやって偽物を作っていくのか、それを直接知ることができるから」
「なるほど」
「でも、贋作作りは決して誉められるものではないから、彼らは隠れて作業をおこなっています。そう安々と見つけられるものではないし、ましてや作業の現場を見せてもらえることはほとんどありえない。腕の良い贋作者もごく僅かですし……。ですが、私の場合
が苦々しく言うと、ルパンは「へえ」と目を細めた。
「私は……小さい頃から、父の“仕事”を見ていました。どうやって贋作が作られるのか、間近で見てきたんです。だから私は、どの鑑定士よりも贋作について知っている自信がある……。母は美術館員だったので、美術の知識を学ぶ機会にも事欠きませんでした」
は険しくなっていきそうな眉根を緩めるよう意識しながら、正面で足を組むルパンを見つめた。
「
「まあ、なんとなくな。推論の範囲だ。確証があるわけじゃない」
それでも第三者が彼らの行為を多少なりとも掴んでいるのだから、ルパンはたいした洞察力の持ち主だとは改めて思った。
「私の父は
誰にも打ち明けられずに腹の奥底に溜め込んでいた重いものを、はゆっくりと吐き出した。
「まず……オークションで出品された真作を、ヴァージルが偽物だと鑑定して、伯爵が安く競り落とすんです。伯爵は贋作コレクターとして認知されているから、贋作を落札しても怪しまれません。そしてその絵をもとに、父が贋作を描く。その偽の絵は、コレクターや美術館、ときには闇ルートに流すんです。必要であれば、ヴァージルがこの絵は本物だと嘘の鑑定証を作って。伯爵の手元にある真作は真作で、そのまま複数の贋作を作り出すために使ったり、出品者を偽ってオークションに出し戻したり、同じくコレクターや美術館に流したりしていたそうです……。三人のもとには、安い支出で大金が入ると、そういうからくりです」
は急にどっと疲れが湧くのを感じた。思ったよりも身体は火災のダメージを受けているのかもしれない。喉がからからになったので、ルパンが淹れてくれた紅茶を飲み干す。
「なるほどな、そういうことか。ヴァージルが鑑定を偽って伯爵に絵を流してるのは検討がついていたが、そこにの親父さんも関わっていたか。で、親父さんは今も贋作を作ってるのか?」
は「いいえ」と力なく首を横に振る。
「父は、十年前に亡くなりました」
「まさか……やつらに殺されたのか?」
「いいえ。病気を患って……。でも、この件で心身ともに滅入っていたのは大きかったんだと思います。医師は心労も大きいと言っていました」
「そうか
「……違います」
ルパンにこれ以上のことを告げようか迷ったが、それは一瞬だった。気がついたら口を開いていた。
「私は……父のことが、嫌いでした。あの人、昔は画家を志していたらしいですが、うまくいかなくて……金儲けのために贋作作りをはじめたら、才能が花開いたみたいです。それで伯爵にスカウトされて。あの人が贋作を描くのは、全部お金のためなんです」
幼い頃は、父が描く絵を素晴らしいと思っていた。父は立派な絵描きなのだと信じていた。けれども、大きくなるにつれ、母から絵について教えてもらっていくにつれ、父の絵にはじつはオリジナルが存在していることを知った。父が描いているのは、あくまでコピー。
父はいったい、何をやっているんだろう。疑問が渦巻きはじめた頃、父と母の会話を聞いてしまった。父や伯爵たちがおこなっていることを知った母は、すぐに父に止めるよう説得した。しかし、父は聞く耳を持たなかった。
母は、父が裏で行っていることをが認知していたとは、知らない。が気づいているとわかったら母は悲しむだろうから、は黙っていた。
口調に次第に熱がこもっていくのを感じて、は一呼吸置いた。そうでないと止まらなくなってしまいそうだった。
「私は……母の影響で、絵が好きでした。だから、偽物ばかり描いて、絵を不正に利用しようとする父が許せなかった。鑑定士を志すきっかけは、父への反抗心が一番初めのきっかけです」
父は贋作家としては優れた力量を持っていた。でも、人としてはどんどん落ちていった。ヴァージルやクロフォードと組んで不正をおこない、大金が手元に入ってくるにつれ、性格も荒れていってしまった。
不正をしていることへの後ろめたさはあったのだと思う。しかし、自分の才能を認められ、目を見張るほどの金額が手に入る喜び。その葛藤のストレスからか、父は酒やギャンブルをはじめていった。
母はかつての父に戻ることを信じていたようだが、一向に改心する様子を見せない父に、離婚を決意した。父の分まで稼いで、を大学へ入れようと働き詰めになった母は、過労で倒れた。が鑑定士になるのを見届けて、亡くなった。
「父のことで、ヴァージルや伯爵のことは恨んでいません。父が死んだのは父に非があるからですし……。むしろ、かつてのヴァージルの眼は尊敬していました。でも、鑑定士になって、鑑定界の裏を知って
ルパンが黙っていてくれるのをいいことに、多くを語ってしまった。
こんなつもりではなかった。でも、ルパンに語ることは心地が良かった。誰かに聞いてもらえる清々しさを感じた。
は再び呼吸を落ち着けて、沈黙を守るルパンに続けた。
「
「なぜあのとき俺にそう話さなかった?」
ようやく口を開いたルパンの声は低かったが、を責める様子は感じられなかった。
「だって……あなたたちが求めているのは“お宝”なんでしょう?贋作作りのことなんて興味がないと思ったんです」
それにあのときは、の事情をあまり話したくはなかった。あの場では次元や不二子に鑑定結果を疑われていたから、何を話しても無駄だとも思った。
「だが、この件は繋がってる。俺の探す伯爵のお宝
ルパンは宙を睨みつける。
「そうですね。彼らが贋作を作らせている場所が、どこかにあるはず。おそらく伯爵が今まで作らせていた贋作も、ルパンが探す真作も、そこにある可能性は高いですね」
「ああ。屋敷は調べたんだがな、それらしい場所はなかった。俺たちが前回盗みに入った金庫はカモフラージュだったわけだ。伯爵の秘書に化けた不二子にも側近にも隠す徹底ぶり
ルパンは腕を組み、黙り込んでしまった。もしばらくじっと思案していたが、やがて思いついたことを告げた。
「私が、伯爵を探ります」
ルパンはを見る。も見つめ返し、先日伯爵から打診された提案について話した。
「でもな、今の段階じゃ、伯爵がヴァージルからに乗り換えるには弱い。伯爵はいずれヴァージルを見限るつもりなんだろうが、もっとが知名度を上げてからなんじゃないか。信用を得ようと伯爵に近づいたところで、返り討ちにあう可能性のほうが高い」
「ええ。それに、私がオクザキの
「そうか……そうだな……それを利用するか……そうなると……」
ルパンはぶつぶつと一人で呟いていたが、腕を解いてをじっと見つめた。
「本当にいいのか?危ない橋だぜ?」
「ええ……でも、もし私の命が危なくなったら、私が死んだら伯爵たちの悪事をばらすように仕組んである、とでも言います」
「ずいぶんな度胸じゃねえか」
ルパンが口元を緩める。
「一度死んだようなものですから……それに……」
も苦々しく笑うが、すぐに真顔に戻って続けた。
「
「ん?」
あらたまった様子のに、ルパンは小首を傾げる。
「伯爵を探ることと、贋作の鑑定、私ができることは協力します。その代わりと言ってはなんですが
ルパンはまばたきもせずにを見つめてくる。は続けた。
「この前、協力する代わりにひとつ私の頼みを聞いてくれると言っていましたよね……?」
それともそれは、を頷かせるための口約束だったのだろうか。
ルパンが黙っているので、断られると思った。そんな暇はないだとか、そんな義理はないだとか。
口を開いたルパンの声のトーンは低かった。
「俺は正義の味方じゃあない」
ああ、そうか。そうだろうと思いながらも、は落ち込んでいく心を止められなかった。
けれども、ルパンはふっと笑った。
「でもな、この件は面白くなりそうだ。いいぜ、協力する。交渉成立だ」
ルパンは立ち上がってのほうに歩み寄り手を差し出した。も驚きながらも立ち上がり、その手を取る。
ルパンが力を貸してくれる、……。
「気をつけろよ。俺の助けはもうあてにするな。今回はたまたまの近くにいただけなんだから」
わかっていますと頷いて、は気がついた。
そうだ、助けてもらったのにまだお礼を言っていない。
ルパンから手を離し、は照れくさい気持ちを精いっぱい押し込めて、言った。
「ありがとう
一瞬ルパンは面食らったような顔をしていたが、すぐに得意気に笑った。