#22. REAL SITUATION

 

「ルパン!」

 銭形が叫ぶ。はじめは驚いていたその顔に、次第に笑みが広がっていった。

「今日こそ逮捕してやる!」
「待てよ。逮捕するのは俺じゃなく伯爵を、だろ?」
「なにぃ?」

 銭形は懐に手を入れ、その状態のままクロフォードにちらりと目を向けた。
 は目まぐるしく過ぎていく展開に頭がついていかなかった。
 死んだと思っていたヴァージルが現れた。
 けれども、それはルパンだった。
 ルパンがヴァージルに変装していた。
 一体、いつから?

「そちらの伯爵の犯行はさっきも言った通りだ。本物のヴァージルと贋作家のリプライという男と共謀して、絵を不正に手に入れ売りさばいていたわけさ。偽物と偽って安く競り落とし、本物と偽って売る」

 ルパンの言葉に、先ほどまで震え上がっていたクロフォードは覇気を取り戻して笑った。

「ミスター銭形、まさか泥棒なんぞの言うことを信じるわけではあるまいな?」

 投げかけられた銭形は、懐からゆっくりと銃を取り出し、ルパンに向けた。クロフォードはにやりと唇の端を上げる。ルパンは両手を挙げて肩を竦めた。
 どうしよう。このままではルパンが捕まってしまう。
 は背筋につうと冷や汗が流れるのを感じた。
 本来ならば泥棒なのだからルパンは捕まるべき。でも今は、ルパンとは協力関係にあるし   捕まってほしくない、と思った。

「待ってください」

 が口を開くと、銭形は銃口はそのままに、に視線を向けた。

「その人の言っていることは本当です。伯爵と……ヴァージル先生と、リプライとで不正を働いていたことは」
!何を言う!」

 クロフォードの表情が一変し、恐ろしい目つきでを睨みつける。は一瞬だけ怯んだが、銭形に「証拠は?」と問われて、答えた。

「私の父が   死んだ父が、伯爵とヴァージル先生に協力していたんです。私の父は……伯爵に言われて、贋作を描いていたんです」
、貴様   警部、その女は私に罪をなすりつけようとしているだけだ。私が取り立ててやらなかった腹いせに!」

 クロフォードは絶叫する。彼はまくし立てようと口を開きかけたが、静かに割って入った声に遮られた。

「見苦しいぞ、クロフォード」

 声と共に部屋に入ってきた人物に、その場にいた全員は振り向いた。
 とクロフォードは驚愕した。銭形は眉をひそめている。ルパンの表情は変わらない。銭形に銃を向けられながらも、余裕のある笑みを浮かべている   
 部屋の中に歩いてきた人物は、マルセス・ヴァージルだった。いつものスーツに血痕はついていない。

「ヴァージル……」

 クロフォードの声はかすれていた。
 どうしてヴァージルがここに。一体どうなっているの。
 の内心の疑問に答えるように、ヴァージル本人が口を開いた。

「すべて聞かせてもらった。いずれ私を引退させるつもりだったとか?」
「なんだと?」

 凍りつくクロフォード。ヴァージルはちらりとルパンに視線を向けた。
 ルパンは手を下ろし、ポケットから小型の無線機を取り出して見せた。銭形は銃を向けたままだったが、何も言わなかった。ルパンが説明する。

「こいつで聞かせていたんだよ。伯爵がヴァージルのことを本当はどう思っているか聞けるだろう、って提案して、な」

 ということは、つまり。
 は混乱する頭を必死で落ち着かせながら、考えた。
 ルパンはヴァージルに変装していた。
 それはいったい、いつから?
 もし、今日、ヴァージルがこの屋敷にやって来たときから、じつはそれがルパンだったのだとしたら。
 は、今日のヴァージルの様子を一つ一つ思い返した。

 とクロフォードの会話に割って入ってきて、必要以上にに喰いついてきたヴァージル。
 思えは、その様子は過剰だったようにも見えた。
 もしや、それはクロフォードが“ヴァージル”に抱く信用を下げ、代わりにを重用するように仕向けるため……?
 確かに、だけでは伯爵の信用は得られなかっただろう。あのときヴァージルがやって来て、醜態を晒して、「ヴァージルはもうだめだ」と思ったからこそ、クロフォードはを仲間に引き入れようと決めた。
 そうすればきっと、“お宝”のある部屋にを案内するはず。まさかルパンは、それを狙っていた   

 そして、ルパンはヴァージルに扮したままこの金庫に入り   恐らく暗証番号はヴァージル本人から手に入れたのだろう、指紋はどうやったのだろうか   わざとクロフォードと揉み合いになり、死んだふりをした。クロフォードが去り、一人取り残された死体を装ったルパンは、ダヴィンチを盗む。リプライはどこかへ追いやったのだろう。
 予告状は、前もってに警察に出していたのだろう。クロフォードに対して出したタイミングよりも早くに。クロフォードの不正をばらすために、警察をここに呼び寄せた。
 さらに、ルパンはヴァージル本人をも呼んでいた。警察に証言させるために、だろうか。ルパンは、いつの間にヴァージルに取り入るっていたのだろう。

 すべては、この場所を探り当て、クロフォードの持つ“お宝”、ダヴィンチを手に入れるため。
 そう考えると合点がいく。おそらくルパンはもうダヴィンチを手に入れているのだろう。

 はルパンの策略を想像して、鳥肌が立った。
 なんて狡猾で大胆なのだろう。
 けれども、この計画を、ルパンはどうして話してくれなかったのだろう。は歯がゆかった。
 とは言え、の単独行動だけではクロフォードの信用は得られなかっただろう。ヴァージルがじつはルパンなのだと知っていたら、クロフォードを騙せるほどの演技はできなかったかもしれない。

「もう諦めろ……クロフォード。私も、そろそろ潮時だと思っていた……偽りの鑑定は重かった」

 ヴァージル本人は力なく言う。

「これだけ証言が集まったのなら反論の余地はありませんね。クロフォード伯爵、署まで来て頂きましょうか。ヴァージル氏、あなたも」
   ああ」

 銭形の問いかけに、ヴァージルは素直に頷いた。そして、銭形はに顔を向ける。

「それから、といいましたか。あなたにも一緒に来て頂きます」
「……わかりました」

 証言をさせられるのか、それとも彼らの不正を知って止めなかったことを咎められるのか。
 いずれにしてもこれで良かった、とは思った。
 銭形はルパンに視線を戻し、怒鳴る。

「ルパン、貴様は即刻逮捕だ!」
「待て!」

 銭形の語尾をクロフォードが遮る。
 いつの間にか、クロフォードは部屋の壁際に移動していた。彼は壁に右手をつけ、その先にはパネルのようなものがあった。

「いかん!」

 ヴァージルが叫ぶが、間に合わなかった。クロフォードはにやりと笑い、パネルのボタンを押した。
 あっという間の出来事だった。
 部屋の天井の四隅にあった監視カメラから、勢いよく白いガスが噴き出す。部屋中が白い煙と混乱に包まれた。
 は呆然として動けなかった。逃げたほうがいいと頭の中に警報が鳴っているのに、突然の出来事に身体が固まってしまっていた。
 しかし、煙が蔓延してしまう前に、ルパンが目の前に現れる。はっとしたのも束の間、ルパンはの顔にマスクを押しつけてきた。目も鼻も覆うことができるマスクだった。

「ガスが消えるまで放すなよ」

 ルパンはそう言い残して、白い煙の中に消えて行った。ルパンは大丈夫なのと訊く暇はなかった。
 視界が真っ白に覆われていく。
    こわい。
 先日の火事を思い出して身がすくんだ。
 毒ガスなのだろうか。
 ルパンは、銭形たちは、ヴァージルは無事なのだろうか。
 少しばかりガスを吸ってしまったせいか、恐怖のせいか、は立っていられずにその場にへたり込んだ。震える手で必死にマスクを顔にあてがう。
 視界が煙に染まる閉塞感。これから何が起こるのか分からない不安。以外の人たちの安否。
 すべてが恐ろしく、はがたがたと震えながら煙が引いていくのを待った。

 にとって長い長い時間が過ぎたあと、ようやく煙が薄くなっていき、視界が晴れていった。
 離れたところに銭形とヴァージルが倒れているのが見え、は血の気が引いていくのを感じた。
 まさか   死んでしまった……?
 立ち上がって駆け寄りたいが、できない。怖くて足に力が入らない。
 けれども。本当の恐怖はその後にやって来た。
 煙が薄れ、部屋全体が見渡せるほどになったとき、前方に人影を見つけた。
 ルパン。
 の胸のうちに明るさが広がっていく。はマスクを外し、目を凝らした。その影もマスクのようなものを外し、床に投げ捨てる。
 違う、ルパンじゃない。ルパンのシルエットはもっと背が高く細い   
 その人物は、に気がつき声を上げた。

!?馬鹿な、何故だ!?」

 現れたのは、クロフォードだった。
 彼はとっさに、銭形が落としたであろう拳銃を拾い上げ、に向ける。

「くっ   眠らせておいて始末してやろうと思ったのに」

 クロフォードはに銃口を向け、引き金を引いた。