「おや、。おかえり」
馬から降りると、実家の隣に住んでいるおばさんが迎えてくれた。実家と言ってももう無人になって久しいのだけど。
私は久しぶりに生まれ故郷のナハル村に帰って来ていた。
「どうしたんだい……って、どうせ今回も茶葉を取りに帰って来ただけなんだろう」
おばさんの言う通りだった。
私は、その目的がない限り村には帰っていない。
戻ってきたとしても、家族は誰もいないし、帰るだけの理由がないから。
それを以前おばさんに言ったところ、「べつに用がなくったって顔見せに帰ってくりゃいいんだよ」と言ってくれた。
村には、おばさんのような女性や子ども、お年寄りなど兵士にならなかった人が暮らしている。
ウォール・マリア陥落後は、狩猟する動物の数もますます減っていき、村は“実験”には使われなくなった。
だから、茶葉や野菜を育てて生計を立てている。
以前は狩りで活気づいていた村も、今ではひっそりと静かな佇まいだった。
私は、それを見るのが少し寂しかった。
だから村から足が遠のいてしまっていた、というのもある。
「ちょっとお待ち。あんたに渡す茶葉は別に取ってあるから」
「いつもごめんね……街では高級品なのに」
「いいさ、どうせあんたの土地を借りてるんだし、それに」
おばさんはにやりと笑う。
「誰にあげるんだか、茶葉を選んでいくあんたの顔が楽しそうだからね。それを見るのがあたしも嬉しいよ」
「え?」
「そろそろ本音を教えてくれてもいいんじゃないのかい?いつも「お世話になってる人に」だなんて建前使っちゃってさ。あたしとしては、エルヴィン団長かリヴァイ兵士長じゃないかと踏んでるんだけど」
「えっと……」
「いや、役職なんてない一端の兵士だっていいんだよ。あんただって女なんだ、落ち着いたっていい年だろうに」
おばさんは腕を組みながらうんうんと首を立てに振っている。
「いや、でもこの村の女なんだから、強い男に憧れるんだろうね、きっと。やっぱり、リヴァイ兵士長?エルヴィン団長?」
「おばさん、あの」
「いつも誰にあげてるんだか、教えないと今回は渡さないよ」
そうきたか。
私は唇を噛む。
「今回は……その……同期を励ましたくて。ちょっと、いやかなり落ち込んでてさ」
「なんだい、同期だって?」
「そう。ハンジっていう分隊長」
先日捕獲した巨人が、日光を遮断するという実験をしている最中に死んでしまった。自分の手違いで殺してしまったと、ハンジの落胆ぶりは深かった。
もう一体、被検体は残っているのが救いだろう。
ハンジが紅茶などで元気を出すとは思えなかったけれど、心を落ち着けるような作用のあるハーブをあげてみようと考えていた。
「ふうん」
おばさんはどこかつまらなそうな視線で私を眺めてくる。
納得しているようには見えなかった。
「……エルヴィン団長が疲れているときはたまに紅茶を淹れるときもあるかな……でも……その……リヴァイ兵長は、紅茶が好きだから……兵長にあげることが多いけど」
「ははーん。人類最強がナハルの茶を飲んでるって?そりゃあいい宣伝文句になるね」
「ちょっと、やめてよ。そんなふうに言いふらしたら兵長は飲んでくれなくなるって」
ただでさえ先日の名前の一件以来、気まずくて会話ができていないのだ。
「なんだい。リヴァイ兵士長に飲んでほしいわけかい」
おばさんは意味深な目線を私に向けている。
「え、いや、なんか誤解しないでほしいんだけど」
「ああ、そうか。前に来たとき、子どもたちに兵士長の話をやけに自分のことみたいに話してたねぇ。兵士長がどうやって巨人を倒すかとか。てっきりあんたはエルヴィン団長に惚れてるのかと思ってたよ、あたしは。あんた、いつもエルヴィン団長エルヴィン団長ってうるさいから」
「ああもう!いいから紅茶ちょうだい!」
「はいはい」
おばさんはにこにこ笑って、袋いっぱいの茶葉をくれた。
そのときはもう、人をからかうような笑みは浮かべていなかった。
「……あんた、お手当はちゃんと自分にも使ってるのかい?」
「え?」
「グレンの治療とか、村に回したりしているだろう」
「ううん。兄さんにはもう何も出していないよ。兄さんは必要ないって言っていたし……村に回してるのは、それくらいしか使い道がないからで」
「女なんだからさ、少しは身なりに気を遣いなよ。あんたがスカートなんて履いてるところをついぞ見てないよ。そんなようだとリヴァイ兵士長と良い仲になれないだろうに」
「だから違うって言ってるでしょうに!」
私が声を荒げると、おばさんはカラカラと笑った。
「ま、あたしたちはあんたやグレンが元気ならいいんだけどさ、たまには顔を見せにおいでよ。グレンは今、許嫁と住んでるんだっけ?どうなの?」
「ああ、そうなの。兄さん、恋人と水入らずだろうから……最近は会いに行ってなくて」
グレン
「何を妹が遠慮なんてしてるんだい。たったひとりの家族なんだ、会いに行っておやりよ」
「そう……だね」
以前
そのとき兄さんは、私を見て、眩しそうな顔をした。
嬉しいと感じてくれる反面、その瞳の中に羨望のような眼差しがあった気がして。
それ以来、私服で会いに行くようにしている。
調査兵団の話題も、兄さんから聞いてくれるまで出さなかったりと、少し距離感を測りかねていた。
兄さんに心から憧れていたからこそ、調査兵団に身を置けない兄さんの気持ちが痛いほど理解でき、どう接すればいいのかわからなくなってしまった。
だから、恋人と暮らしはじめたと便りが来て以来、あまり会っていない。
「それじゃあ、リヴァイ兵士長によろしくね。次はいい報告を待ってるよ」
「だから違うってば」
「はいはい、それじゃあね」
おばさんと話をするといつも、明るい気分になる。
ウォール・ローゼが突破されれば、私の村も危うい。
そうならないために、一日でも早くウォール・マリアの壁を修復し、壁内の巨人を一掃しなければ。
手綱を握りしめながら、私はあらためて気が引き締まった思いがした。