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 レベッカが発熱したというのは嘘で、隠れた場所でアインシュタインの研究をしているのだという。
 私には詳しく理解できなかったが、『アインシュタインの書』には、とにかく過去に戻るための方法が書かれているらしい。
 晩年、アインシュタインは時間を移動するための理論を発見したが、それを証明することなく亡くなった。時間移動の理論は世界を揺るがすほどの発見であるため、アインシュタインは信頼できる人物に書物を託した。レベッカはそれを探し出し、自身の願望を叶えるために理論を形にするために研究をしているという。レベッカは物理学にも精通しているらしかった。
 レベッカは過去に戻って、どうするのだろう。
 母親を事故から救うのだろうか。
 それとも、謝罪したいのだろうか。

 いずれにしても、過去に戻るだなんて、時間を越えられるだなんて、できるとは到底思えなかった。

「いきなりタイムマシンなどといった類のものを完成させられるとは思っていません」

 私が問うと、ロブさんは言った。

「ただお嬢さまは、何らかのかたちで過去に干渉できれば良いのです。奥さまにひと言、伝えたいだけなのです。奥さまの娘で良かった、と」

 わがままで奔放でやり手の女社長からはかけ離れた、意外な一面を見た気がした。


 私はアインシュタインの理論が形になるまでの二週間、レベッカの代役を継続することに同意した。
 契約を結んでしまった以上、そうせざるをえなかった。
 トイレでの一件やリンツ氏のことを思い出すと、身がすくむ。もう二度とあんな目に遭うのはいやだ。
 けれども、私には断るという選択肢がないように思えた。ロブさんの表情を見ていると、レベッカのためには何でもやる、という覚悟がしっかりとあった。私が断わらないよう、あらゆる手段を用いただろう。
 それに、『アインシュタインの書』が手に入るのであれば、ルパンたちは引き続き私を護ってくれるということだし、莫大な額のお金が入る、ということもあった。
 レベッカの代役を、やりきるしかない。その道を辿るしか私にはなすすべがない。

 身も心もすり減っていた私は、ベッドに横になるとすぐに眠りに陥ることができた。
 でも繰り返しはっきりとしない夢を見て、浅い睡眠だったのだろう、夜中に目を覚ましてしまった。

 水を飲むためにリビングに行くと、ソファで次元が煙草を吸っていた。
 これまで通り次元は私の護衛に着くことになったが、ルーピン   ルパンは別行動をするということだった。アインシュタインの書物を狙うやつらのことを調べるつもりらしい。

 次元はまさか、夜通し起きているつもりだろうか。

「寝ないの?」

 一晩中、起きて警護してくれるのだろうか。
 そんな私の想像は、あっさりと否定された。

「いや。さっきまでルパンがいて、話していただけだ」
「あ、そう……」
「まさかあんたが偽物だとは思わなかった」

 次元は鼻で苦笑する。

「あれこれと全部演技だった、ってわけだ」

 どんな表情をしているのだろう、帽子の陰になってしまって見えないけれど、声のトーンからは呆れているような、私を責めているような調子が感じられた。

「……そうです」

 レベッカになりきって強気で返すことなどできず   私の正体を知ってしまった次元にそれは無意味だし   私は小さく返した。

「よくもまあこんな仕事を引き受けたもんだな。騙される俺たちを見て楽しかったか?」

 次元にしてみれば不愉快だろう。
 護っていた人が大企業の社長などではなく、単なる一般人だったのだから。そんな私に顎で使われ、おもしろくないだろうな、と思った。

「カネももらえて、いろんなもんを好きに使えて、さぞいい仕事だろうな」

    この人は。
 ルパンいわく“女性が苦手”なのが真実だったとして、いくらなんでもこの物言いはない。
 私の事情を何も知らないで。
 困っている人に向かって、そういう言い方は、ない。

   楽しいわけが、ないじゃない」

 立ったまま次元を見下ろしていた私は、癪なので彼と同じ目線を保つために、次元の隣に腰掛けた。

「この仕事を引き受けたのは、お金が必要だったから!貧乏で、失業して、お金がほしかったからです!私のことを何も知らないのに、決めつけないで!昔からろくなもの買ってもらえなくて、我慢ばかりして、……お金がないことで辛い思いしかしてこなかったから、ほしかったんです!」

 これまで溜まっていたものが、パンと音を立てて弾けた気がした。
 次元は煙草を持ったままぽかんと目を見開いているが、構わずに続けた。

「だから、大企業の社長の代役なんてとんでもない仕事を引き受けて、知らないことをたくさん覚えて、人を扱うなんて慣れないことをして、わがままに振る舞って、……お金がほしかったから、なんとか……やってきたんです……こんな仕事でも勉強することがあって、ちょっと楽しいって思えたりもしてたのに……こんなことになって……」

 泣きたかった。いまは心ゆくまで悲劇のヒロインになりたかった。
 どうして私がこんな目に遭わなければいけないの。
 普通の生活がしたかっただけなのに。
 それだけのお金がほしかっただけなのに。
 いじめられて、我慢して、失業して、命を狙われて、……。
 どうして、私が。

 涙は出なかった。
 悔しくて情けなくて腹立たしくて、頭がぐちゃぐちゃだ。
 次元にこんなことを言っても仕方がないのに。

「あー……その……なんだ、」

 次元は帽子の上から頭をかく。

「わがままな女も嫌いだが、女の嘘ってのも嫌いでな……つい言い過ぎた」

    このひとは、口は悪いけれど意外と素直だ。
 この前も“レベッカ”である私に謝罪をしてくれたし、悪いひとではないのだとは、思う。

「……ごめんなさい。取り乱しました。いろんなことがあって……次元さんに当たってしまいました」
「その顔で殊勝になられると調子が狂うな」
「メイクですよ、顔なんて。化粧で似せてるだけで」
「……これだから女ってのは恐ろしい」

 次元はため息を吐いて、続けた。

「あんたも難儀だろうけどな、とりあえずあと二週間だ。その間は護ってやるから、安心していい」

 不思議と。
 このひとにそう言われると、大丈夫だという気になってしまう。
 次元の強さは一度目にしているから。

「はい……よろしくおねがいします」
   そのしゃべり方はやめてくれ」

 

2018.10.26

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