13

 長い一日が終わった。何度か浅い夢を繰り返し、朝起きると奇妙な疲労感が身体全体を包んでいた。
 それでもいつもの通りメイクを整えてリビングへ行くと、そこにはルパンの姿があった。もちろんロブさんと次元もいる。
 
「やあ、おはよう」

 ルパンは朗らかな笑顔を浮かべて片手を挙げる。私が「朝早くどうしたの」と訊ねると、

「いやあ、作戦会議しなくっちゃと思って」

 ルパンはそう言って、私に座るよう促した。私は、向かいにルパン、隣にロブさんがいる位置に腰掛ける。次元はルパンのソファの近くで、立ったまま煙草を吸っていた。

「あんたたちの希望は二週間だけどな、敵さんの要望は五日、だろ?そこをどう誤魔化すか、だ」

 ルパンはロブさんと私の顔を交互に見た。
 ロブさんいわく、あと二週間でアインシュタインの理論が完成するとのこと。でも、私が襲われたとき提示されたのは、五日だ。その間にアインシュタインの書を渡さなければ、私の命はない、……。

「そもそも敵さんからはどうやって脅迫されたんだ?」

 ルパンがロブさんに訊ねると、ロブさんは「電話だ」と答えた。
 ひと月半ほど前に、アインシュタインの書を渡せという非通知の電話が突然きたのだという。
 そのときも、さらにそれ以降も何度か同じような要求がきたというが、「知らない」の一点張りで通したそうだ。
 悪戯にしては『アインシュタインの書』という他言してはいない情報だったため、嫌な予感はしたという。
 万が一にも本当に命を狙われては危険だと判断したロブさんは、レベッカの代役を立てることを提案した。レベッカがどこかに雲隠れしてしまえば、アインシュタインの書を所持していると言っているようなものだ。代役を立てられれば、レベッカはアインシュタインの理論を完成させることに時間を費やすことができる。
 そんなとき、レベッカに酷似しているという私を見つけ、契約を持ちかけたのだという。

「うーん……いくつか気になるところがあるんだが……まず、敵さんは今になって直接手を下しにきたってのか?さんざん時間はあったのに?」

 ルパンが腕を組みながらロブさんに問いかける。ロブさんは肩をすくめた。

「私に訊かれても、連中のことなどわからない」
「そうかもしれねぇけどなあ……あと、アインシュタインの書はどうやって手に入れたわけ、あんたたちは」
   情報屋を手当たり次第に当たった」
「つまりはカネで物を言わせた、ってわけか」
「否定はしない」

 情報屋。探偵みたいなものだろうか。

「ま、いっか。連中の連絡先は訊いてるんだろ?」

 ああ、と頷いて、ロブさんは携帯電話の番号が書かれたメモをルパンに渡した。

「当然この番号については調べ済み、なんだよな?」
「そうだ。だが複数の中継局を経由しているせいか、所持者が割り出せなかった」
「ふうん。ま、とりあえず俺のほうでも調べてみっか」
「何をするつもりだ?」
「悪いようにはしねぇよ。先に連中のことを叩ければそれに越したことはないだろ?」

 ロブさんは何かを言いたげにルパンを見たが、ルパンは立ち上がって「それじゃ、また来っから」と言って、すたすたと去ってしまった。
 残されたのは、ロブさんと私、そして次元。

   信用できるのか、ルパン三世」

 ロブさんがぽつりと呟くと、次元がふうと煙草の煙を吐きながら答えた。

「お互い様だろ。騙してたのはあんたらも同じだ。こっちも信用ならねぇ部分があるしな」
「まあ……そうだな」

 ロブさんは目を閉じ、こめかみを指で押さえる。
 明らかに疲れているようだった。
 けれども、すぐに頭を切り替えたようで、私に向き直る。

「社長。私はお嬢さまの手伝いを少しでもしたいと思います。繁忙期は落ち着いて参りましたので、しばらくは打ち合わせの時間を減らします。私の指示なしでも進められるものは進めていただいてけっこうです」
「え……!?」
「ただ、基本は部下に任せる、という形をとってください。あなたが決定するよりは、うちの管理職に判断を委ねたほうがましでしょうから」
「……そうね」

 私は当然のことながらまだまだ頼られるような存在ではないのだろう。
 でも。

「細かいことは、あなたに任せます。多くを言わずとも理解してくださるでしょう。このひと月で、それはわかりました」
「え、……」
「百万ドルの報酬に見合うように働いてください」

 ロブさんはそう言って、部屋を出て行った。

 それから数日経ったころだった。
 敵が提示した五日という期限が迫ったのにもかかわらず、ルパンから連絡がなく不安が強くなってきたころ。

「レベッカ!会いたかったよっ!」

 社長室のドアを盛大に開けて、ひとりの男性が駆け寄ってきた。
 そして、私に抱きつき、頬にキスをされる。

「え!?ちょっ!」

 私が戸惑ったのもつかの間、男性は「いててて」とうめき声を上げながら後ずさっていった。
 次元が男性の腕を捻り上げていた。

「あんた、何者だ?」

 次元の問いかけに、男性は乱れた金色の髪を整えながら答える。

「失敬な。きみこそ誰だ?」

 不穏な空気が漂いかけたとき、ロブが間に入るように言った。

「ジャックさま、お久しゅうございます」
「ああ、ロブ。誰だい、こいつは」

 ジャックと言われた彼は、親指で次元のことを指差す。

「お嬢さまのボディガードでございます」
「ああ、リンツに襲われたんだってな。大丈夫かい?怖かったろう、レベッカ」

 彼はまた私に抱きついて来ようとしたので、ロブが身体を割り込むように間に入れて、私の前に立ってくれた。

「オトローラ社のご子息であられるあなたが、なぜこのようなところにいらっしゃるのですか?ジャックさまは、レベッカお嬢さまとお別れになったと伺いましたが」

 若干違和感のあるその言葉は、私に説明するためだとわかった。
 ジャックという人は、オトローラ社   最近、アメリカで一番売れている携帯電話のメーカーだ   その会社の、社長の息子が彼ということなのか。
 それで、レベッカと付き合っていて別れた、と……?

「一方的にレベッカに“もう会えない”だなんて言われただけだよ。僕はひと言も同意してない」
「ですが、」
「僕が日本支社に行っているこの短い間、レベッカに会えなくてやはり思い知った。僕にはきみが必要だと。きみが襲われたとニュースで知ったときは、心配で心配で食事も喉を通らなかった」

 ジャックはロブを振り払って、私の両手をがしりと掴んでくる。

「レベッカ、やり直そう。僕はいままで以上にきみを愛すると誓うよ」

 私がすっかり固まっていると、ジャックの肩越しにロブが首を横に振るのが見えた。断れ、ということだろう。

   残念だけどジャック、私はもうあなたとは付き合えない」
「え、どうして!?」

 彼とどんなふうに会話していいのか測りながら言葉を紡ぐと、ジャックはいまにも泣き出しそうな表情をする。
 どうして。どうしてレベッカは、ジャックを振ったのだろうか。何もわからないうちは、たいしたことを口にすることはできない。
 困っていると、ロブが助け舟を出してくれた。

「お嬢さまは、いまは仕事に生きたいと仰っていましたよね。ですので、ジャックさまと交流を持たれているお時間はないと」
「うるさいな、ロブ!おまえには聞いてないだろ!」
「でも、そういうことよ。いまは仕事が楽しくて仕方がないの」

 私はなんとかレベッカを演じるのに必死だった。
 レベッカと付き合っていたという彼を、騙せるだろうか。

「ああ、悲しいかな……仕事に生きるきみもこれ以上ないくらい魅力的なんだよ……」

 ジャックは私の手を離すと、私に背を向けた。

「でも僕は、きみを諦めないからな」





 ジャックが部屋のドアを閉めたとたん、嵐が去ったように室内がしんと静まり返る。
 急にどっと疲れが肩にのしかかってきた。

   あのひと、なんなの」

 呟くように言うと、ロブが答えてくれた。

「お嬢さまの大学からの友人です。同じ物理学を専攻していて、意気投合され、一時はお付き合いをされていました。お互い会社を背負う身で交流の時間を持てず、お嬢さまの心は離れていったようですが」
「でもあのひとは、まだレベッカのことを好きだと言ってたけれど」
「そうですね……おふたりが別れたのは   ジャックさまの言葉を借りるなら、お嬢さまが一方的に別れを告げたようなのですが   もう一年以上も前のことです。ですが、ここ数ヶ月で、何度かお嬢さまとお会いになられようとしていました」
「未練……なのかな」
「どうでしょう。ビジネス上の付き合い   我が社とオトローラが手を組みたい、という節が見受けられなくもないのですが。ああ見えてなかなか抜け目のない方ですから」

 本名を、ジャック・ローズというらしい。
 オトローラ社の副社長を任され、将来は社長の父親に継ぐ存在なのだとか。

「またあのひとが来たら、誤魔化せる気があまりしないんだけど」
「そうですね……社員を騙すのとはわけが違うかもしれません。本社内への立ち入りはご遠慮いただくようにいたします。次元も、ジャックさまが来たらお嬢さまから引き離してほしい」
   気は進まねえが、わかった」

 次元は肩をすくめながら答えた。

 

2018.11.22

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