Ⅱ. はじまりの記憶は赤とネオン ... 3



 ルパンは車を港近くの倉庫街に停めた。一瞬、変なところに連れ込まれたかなと不安が頭を過ったけれど、ルパンは仲間を紹介しようと言っていたので、ひとまず胸をなでおろした。
 倉庫の合間を歩いて行く中、ルパンが博物館から“頂きたいもの”について話してくれた。それは、『太陽の聖杯』。館長がナイル川沿いに暮らす民族から“買った”と言っていたものだった。だけど、実際には人を雇って、力づくで奪ってきたものらしい。
 ルパンいわく、『太陽の聖杯』はその民族にとってはとても大切なもの。民族の起源から大切にされてきた聖杯で、決してナイルから離してはいけない、さすれば神の怒りが落ちる、と言い伝えられてきたのだとか。ルパンは、ナイル川に隠された遺跡の謎を解くために、その民族のもとを訪れた。そのときに、聖杯を取り戻せたら遺跡への道を開いてやってもいい、と言われたのだという。そして、ルパンは聖杯のゆくえを突き止めた。

「へえ……ナイルの遺跡   おもしろそうですね」
「きみの専門だっけ、考古学って」
「いえ、専門というわけじゃ……でも、とても興味があります。今度詳しく教えてくれませんか?」
「ああ、いいよ。あとでちゃーんとディナーをご馳走しよう」

 たとえ儀礼的な返答だとしても、ルパンと食事ができるのは楽しそうだな、と思ってしまった。
 ルパンの後について倉庫のひとつに入る。薄暗い中を進むと、ランタンを囲んでいるふたりの男性のもとに辿り着いた。ひとりは帽子を深くかぶり、ドラム缶に寄りかかって煙草を吸っている。もうひとりは着物を着ていた。胡坐をかいて、刀の手入れをしている。ふたりともどこかただならぬ雰囲気があり、私は後ずさりしそうになってしまった。本物の刀なんてはじめて見た……。
 ルパンが近づいていくと、ふたりは顔を上げる。そして、後ろの私に気がつくと、あからさまに不快そうな表情をした。

「ルパン、おまえ   現場調査とかぬかしつつ、また女を引っかけてきやがったのか」

 煙草を吸っていた男性はそれを足元に投げ捨て、喧嘩腰の口調で言った。“また”、という言い方が引っかかった。やっぱりルパンが女性に声をかけるのはしょっちゅうなのかな、と頭の片隅に浮かぶ。

「ちーがうって、次元よお。ちゃーんと現地調査して来ましたよ。こちらは例の博物館で働くちゃん。、こっちが次元でこっちが五エ門」

 ルパンは順に、帽子を深くかぶっている男性と着物を着ている男性を手のひらで示した。私は軽く頭を下げるけれど、次元の機嫌は収まらなかった。

「女が関わるなら俺は降りる。ったく、あれほど言ったろうに。このところおまえと不二子にさんざん振り回されてんだ」
「待った待った次元、話を聞け」
「拙者も降りる。次元に同意だ」
「五エ門まで! ちゃんと話を聞けって。彼女は情報提供者でもあり、依頼人でもあるんだ」

 立ち上がるふたりに慌てるルパン。次元と五エ門は遠慮なく邪険な空気を放つ。何か私が悪いことをしているような気がして、私までおろおろしてしまった。

「あのなあ、ルパンよ。前回も前々回も、不二子の依頼で散々な目に遭ったのをもう忘れたのか? その前にはロシアの女にも騙されてるよな? いい加減、女には関わるなっての」

 次元はそう言って、ルパンと私に背を向ける。

「だーっ! もー、ちがうって! 話くらい聞いてくれてもいいでしょうに!」
「時間の無駄だ」

 地団太を踏むルパンに、五エ門は冷ややかに言い放つ。

「待てって! いいか、今回のターゲットは余裕だ、つまらん、ってお前らも言ってただろ。それをおもしろくしようとしてんだよ、俺は!」

 ルパンの言葉で、歩み出そうとしていた次元と五エ門は足を止めた。ルパンはほっと息を吐く。

「まず話を聞け、話を」
   わかった。だが、くだらない内容だったら降りるからな」

 次元は怪訝そうに言いながらも、元の場所に腰を下ろした。五エ門も無言で胡坐をかく。

「よーし。ま、も座ってくれよ」

 ルパンは近くにあった折り畳みの椅子を差し出してくれた。スーツだしスカートだったので、助かった。「ありがとう」と言って私が椅子に座ると、ルパンは地面に胡坐をかいて話をはじめた。

「俺の思った通り、『太陽の聖杯』は上野の博物館にあった。そこの館長がナイルの民族から奪ってやがった」

 ルパンは煙草に火をつける。次元も懐から煙草を取り出し、吸いはじめた。

「で、そこの館長のやつは、他にも“よろしくない方法”で美術品を手に入れてるそうな。の親父さんが集めてた絵も持っているらしい。あ、そういえば。 ちゃん、館長は親父さんの絵をどうやって手に入れたんだ?」
「オークションで買ったらしいです。ただ、競売人と結託して安く手に入れたとか」

 ルパンが私の顔を見て訊ねたので、答える。声が震えないか心配だったけれど、大丈夫だった。とにかくはじめのうちは居心地が悪くて、背筋が強張っていた。いきなり次元と五エ門に険悪な態度を取られたんだもの。あとから考えると、ルパンの女癖の悪さが招いたこととは言え、このときは私が嫌われているような心地がしてしまっていた。

「で、聖杯を盗むついでにその絵も盗んでやろうって、そういうことか?」

 次元は鼻ではねつける。

「ああ。ただし、気が変わった。あそこのもんは“全部”いただく」
「なんだって?」
「ええっ?」

 次元と私の声が重なる。五エ門は片眉を上げた。

「お宝をいただくついでに、館長にもお灸を据えてやるのさ。『太陽の聖杯』を奪った天罰を下してやるんだよ」

 にひひ、と笑うルパン。

「おい、待てよ。全部って言ったって、いったいいくつあるんだ?」
「まあざっと五百弱、か? 所詮は個人でやってる博物館、だろ」

 ルパンが再び私の顔を見たので、私は頷く。

「そうですね……今回のイベントの展示物が約二百点、常設展のものが約三百点、です」
「だろ。見たところ、それほど大きいもんはなかった。持ち出しに困るようなもんはな」

 たしかにルパンの言う通り、博物館に展示してあるものは、骨董品、絵画、彫刻が中心で、大きなものはない。でも。

「でもな、どうやって持ち出すんだよ。トラックにゃ入らんだろ?」
「ふっふーん、次元ちゃん。どうすると思う?」
   もったいぶってないで、教えろ」
「俺が考えたのはな、地下鉄を使うわけよ」
「「地下鉄??」」

 また次元と私の声が重なる。

「ちょうどあの博物館の真下を地下鉄が走ってるんだよ。それも浅いところをな。列車をひとついただく。列車の天井と博物館に穴を開けて、繋げる。そこに展示品を突っ込む。決行は終電後の深夜だ。名づけて『A列車で行こう』作戦」

 なんだか話が大きくなりすぎて、私は軽く目まいを覚えた。博物館のものをすべて盗んでしまう?しかも、地下鉄で?博物館に穴を開けて?列車をひとつ奪って?
 次元も疑わしそうにルパンに問いかける。

「そんなにうまい具合にいくもんか?」
「大丈夫。あの建物はシンプルな作りで、一階とニ階に大きな穴を開けてやりゃ、それでいい」
「俺たち三人で、電車を奪って、穴を開けてブツをいただくってのか?」
「ああ。今回は不二子は乗らないだろうな。あいつの好きそうな光もんはないから。だから俺たち三人、だ。穴を開ける役目はもちろん五エ門。車両を奪うのは俺がやる。次元は博物館を頼む」

 次元の問いに、すらすらと答えるルパン。このときはあまりに破天荒な計画に驚いて頭が回らなかったけれど、のちのちよく考えてみると、ルパンの情報収集力と洞察力、頭の回転の速さ   というよりも悪知恵の働かせ方?   は突出したものがある、と思う。

「しかし、そんなに要らんもんを盗んでどうする?持ち主に返してやるってか?」

 次元が訊ねる。ルパンは首を横に振った。

「まーさか。俺たちは正義の味方じゃねえ、んな面倒な真似はしないさ。ま、いただいたもんは“善良な”美術商にでも売るかな。たいそうな金になるだろ?」
   わかった。いいぜ、俺は乗ってやる。おまえが言う通り、聖杯を盗むだけじゃつまらんと思ってたしな」

 次元の言葉に、ルパンは笑った。

「だろー? 平和ボケした日本の博物館から聖杯ひとつ盗むなんざ、目をつむっててもできるもんな。五エ門はどうする?」
「いいだろう……拙者も協力する」

五エ門は静かに答えた。
 私は唖然として、口を挟む余裕がなかった。途方もない計画を持ちかけるルパンもルパンだけれど、それに“おもしろ白そう”と乗ってしまうふたりもふたりだ。

   まあ、全部盗んでやれば、この娘に捜査の目がいくことはなくなるからな」

 五エ門が私を見て言った。私ははっとした。『太陽の聖杯』と『フォロ・ロマーノ』だけを盗んだのでは、なぜルパンはそれだけを盗んだのかと疑うかもしれない。『フォロ・ロマーノ』の持ち主の遍歴を調べれば、私の父に辿り着く。そうなると、私との関連性に気づく可能性も、ゼロではない。けれども、博物館のものをすべて盗んでしまえば、私に行きつく可能性はぐっと低くなる。

「んん? なるほどねー。俺たちはおもしろくなる。ちゃんへの目はかく乱できる。館長には天罰がくだる。一石三鳥だな」

 ルパンはにひひ、と笑う。五エ門の言う通り、私のことを考慮してくれていたのか、そうではないのかは判らなかった。けれども、今回のことは引き受けてくれる。それは間違いがないようだった。
 それからルパンに訊ねられて、私は手持ちのガイドブックで博物館の間取りや警備システムを説明した。「やっぱりたいしたことねぇな」とルパンは呟く。

「予告状はマストだな。とっつぁんは今どこだ?」

 ルパンの問いに、次元が「まだトルコだとよ」と答える。

「なーんだ、とっつぁんの勘も最近鈍ったんじゃないの?」

 とっつぁん。このときは誰のことかと思ったけれど、あとで銭形警部という人のことだとわかった。ルパンをずっと追いかけているICPOの警官。先月、ルパンたちはトルコで盗みを働いていたようで、銭形警部はまだトルコにいる、ということだった。

「いや、だが明日には日本に向けて来る、って話だ」
「あーらそう。んでも、予告状は早くても明後日以降だな。ま、準備もあるし、いいか」

 いつだったか、なぜ事前に予告状を出すのかとルパンに訊いたことがあった。答えはすぐに返ってきた。そのほうがおもしろくなるから、と。ルパンは、盗みにスリルや楽しみを求めている。もしかしたら盗むものそのものの価値よりも。そう、感じた。

「じゃ、作戦会議は以上。質問意見あるやつは?」

 ルパンの言葉に、誰も何も言わなかった。
     本当に、『フォロ・ロマーノ』を取り戻せるんだ。父さんの愛した絵画。古代ローマ遺跡を描いた絵。本当にこの人たちが盗んでくれるんだ。何年かかっても取り戻したいと強く願っていた絵が、こんなに早く。

「どした? 何かあるか?」

 ぼんやり考え込んでいると、ルパンが顔を覗き込んできた。

「あ……いえ……本当に、盗んでくれるんだなぁと思って……話を聞いてもらえるとは思わなくて。新聞で目にしていた、あの“ルパン三世”が」
「言っとくが、俺たちは慈善団体じゃない。今回は事のついでだし、何より仕事がおもしろくなりそうなんで受けただけさ」
「よく言うぜ。女の頼みは軽々しく受けてくるくせに」

 肩をすくめる次元を、ルパンは「うっせーな」と小突く。
 この日、次元がルパンの“女好き”を何度も責めていて、本当にルパンはそうなのだろうな、ということを胸に刻みはじめていた。博物館の美人スタッフに声をかけていたあたり、面食いなんだろうなあ、とも。私は彼のタイプの女性ではないはず。それならば、今回の依頼を受けてくれたのは、本当に“おもしろくなるから”なんだろうな……。私はそう分析をして、ルパンへ抱きつつあった好意のようなものを、押し込めようとした。
 ぼうっとルパンと次元の言い合いを眺めていると、隣に気配を感じる。振り向くと、五エ門が立っていた。

殿、といったか。父上は……亡くなったのか?」

 ルパンと次元は手を止め、五エ門と私を見る。

   そうです」
「その目……殺されたのか?」

 私ははっとする。まさか、初対面の人に見破られるとは、思わなかった。私はどんな目をしているんだろう。私は目を伏せて、「はい」と頷いた。

「そうとなると、その館長とやらが敵なのか?」
「いえ……犯人は別にいるんだと、思います。でも、誰なのかはわからなくて。たぶん、美術品絡みで……殺されたのかと……」
「そうか   先ほどは邪険な態度を取ってすまなかったな」

 五エ門はほんのわずかに口元を緩めて、言った。この人は寡黙な人だけど、いい人なのかもしれない、と思った。この三人の中で、一番誠実そうに見えた。

「いえ、そんな」
「そうだぜ、五エ門。お前が謝ることじゃねぇ。そもそもルパンが悪いんだ。普段から変な女を引っかけてくるからな」
「どういうこったよ。次元、お前もちゃんに謝んなさい。冷たーい態度だったろ?」

 ルパンに反撃されてひるむ次元。なんだか謝ってもらうのは悪い気がして、私が先に口を開いた。

「いいんです。それよりも、ついででも何でも、話を受けてくださって本当にありがとうございます。次元さん、五エ門さん、ルパン」

 私は頭を下げる。そのとき、とん、と肩を叩かれるのを感じて、顔を上げた。ルパンだった。

「ま、おかげで楽しくなりそうだ。親父さんの絵は盗んでやるから、大船に乗ったつもりでいな」

 

 私がいつルパンを好きになってしまったのだろう、と考えると、はじめに思い浮かぶのがこの日の出来事だった。ルパンとの出逢いと再会。夜のドライブ。左手には東京と横浜の夜景。右手には道路の照明灯やヘッドライトに照らされたルパンの横顔。左手でハンドルを握って、右手は窓枠に載せて。ルパンの仕草ひとつひとつ、記憶に残っている。
 そして、ルパンが私の肩を叩いたときの感触と、得意気な笑顔。今でも手に取るように思い出すことができる。
 ルパンの女好きははっきり認識しつつあって、こんな人のことは好きにならないだろうと思いながらも、どこか惹かれるものもあったと思う。
 もっとルパンのことが知りたい。ルパンと話したい。

 それから、次元と五エ門にはじめて会ったのもこの日だった。
 私の中で、確実に何かが動きはじめた一日だった。

 

 それからルパンは私を家の近くまで送ってくれた。去り際に、明後日のディナーの約束をして。
 彼が乗る車が去って行くのをしばらく眺めていた。ブウウンというエンジン音が遠ざかってしまうと、一気に周りに静けさが舞い落ちる。夢から醒めてしまったかのように、周囲が違った色や光や音を放っているような気がした。
 いつもの日常。今までのことがすべて白日夢だったかのよう。
 でも、私の肩には確かにルパンの触れた感覚が残っていたし、耳の奥にも彼の声が残っていた。鼻の奥にはルパンの吸っていた煙草のにおい。頬には、ルパンの車の中に吹き込んでくる風の心地。
 そして、明後日の約束。
 ルパンにまた会えるという事実を、うれしく思ってしまっていた。
 ルパン三世。彼は、泥棒だし、女好きだし、惹かれるのはいけないと胸の中で警鐘が鳴っていた。
 それでも、私の心の中には、ルパン色の風が吹きはじめていた。

 

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