Ⅷ. 漆黒の闇に輝く青き光 ... 4



 私もふたりの後を追って扉の前に立つ。扉の横には、コンピュータのパネルが埋め込まれた台座があった。ちょうど私の胸くらいの高さ。
 ルパンは、胸ポケットから透明の手袋のようなものを取り出し、右手にはめる。そして、その手をパネルの上に載せた。

「指紋パターン、認証オーケーです。暗証番号を入力してください」

 機械的な女性の声に従って、ルパンは躊躇うことなく十桁の番号をコンピュータに打ち込む。
 「確認しました」、台座からはあっさりとそう聞こえて、ぎしぎしと鈍い音を立てながら、鉄の扉が開いた。

「楽勝だなぁ、おい。ミラノのほうに金掛け過ぎたんじゃないのー?」
「指紋なんて……いつの間に」

 呟くように言った私の言葉に、ルパンはにひひと笑う。

「仮面パーティーのときさ。ルカのシャンパングラスから頂いた」

 いつの間に、そんなことを。ルパンの抜け目のなさには、感心を通り越して呆れてしまう。
 ルパンは、五エ門と私を先に部屋の中に入れ、懐から拳銃を取り出す。何をするんだろうと考える暇もなく、ルパンを外に残したまま扉が閉まってゆく。あっ、と私が声を上げる前に、ルパンは扉が閉まりきる直前、こちらにするりと潜り込み、台座めがけて銃を撃った。耳が割れるような激しい銃声とともに、台座が壊れるのが見えた。扉は閉まったまま沈黙する。あたりは暗闇に包まれた。
 出入り口が、なくなってしまった。おそらく、追っ手を防ぐための時間稼ぎなのだろうけど、扉を壊してしまって大丈夫なのだろうか。
 その疑問を投げかけようとしたところで、ルパンがペンライトを点け、電灯のスイッチを入れた。部屋に明かりが灯る。ホールのように開けた、広々としている部屋だった。そして、たくさんの美術品が置かれていた。絵画、骨董品、彫刻、銅像。ざっと二百点、もしかすると、三百点はあるかもしれない。

「すごい……こんなに……」
「よーく集めたもんだな」

 私の歓声に、ルパンが答える。

「でも、これ……どうやって盗むの? それに、扉、壊しちゃって」

 周囲を見渡すと、出口らしき扉はない。私たちが入ってきたところが唯一、出入り口のようだった。でも、ルパンが台座を壊してしまった。中から開けられそうな装置は見当たらない。

「だーいじょうぶ。そのうち次元が来る」
「次元が?」

 部屋中どこを見渡しても、壁だった。窓もない。こんなところに、どうやって次元が来られるのだろう。
 戸惑う私の横を、五エ門が無言で通り過ぎていく。そして、壁と向き合った。刀に手をかけたかと思うと、ぱっと閃光が走って、五エ門は刃を鞘に収めていた。
 ニ、三秒後。驚いたことに、分厚い壁は大きな丸い形で切り取られていた。穴からは、外の森が見えた。風が入ってくる。
 なに、いまの。まさか、斬ったというの? 五エ門が、刀で?

「うそ……」

 五エ門は刀の達人と聞いていたけれど、こんなことができてしまうなんて、信じられなかった。それに、こんな芸当、刀自体もも相当に丈夫でないと、折れてしまっただろう。

「ごえもーん、もっと大きい穴頼むわー。トラックが入れるくらいの」
「……相わかった」

 五エ門は再び刀を抜き、今度は四方八方に斬りつけた。ずずず、という地響きとともに、壁が崩れる。そして、待っていましたとばかりのタイミングで、大型のトラックが侵入して来た。
 私は唖然としてしまった。スケールが非現実的すぎる。かつて東京の地下鉄と博物館を繋げるなんて言っていたことも、彼らだから実現できたのだと思った。
 トラックの運転席から次元が降りてきて、我に返る。次元はちらりと私に視線を投げかけるなり、ルパンのもとへ向かった。五エ門も合流する。私も彼らのもとに駆け寄った。「待ちくたびれたぞ」、と次元は言う。

「ま、そのぶん仕事は完璧にやりましたよ。一応、監視カメラは全部システムダウンさせて、警備の人間も眠らせてある。んでも、時間の問題だな。早くこいつらを積んじまおう」

 ルパンの言葉に、次元、五エ門、そして私も頷く。作業自体は地味で、台車を使って美術品をトラックに積み込むというものだった。

「これ全部、トラックに積めるかな」
「んー、絵が多いからな……まあ、大丈夫だろ」

 台車の絵をルパンに手渡しながら、私は訊いた。ルパンは絵を軽い動作でトラックに積んでいく。もっと丁重に扱ってほしいところだけど、時間がないのだから仕方ない。

「そういえば……ここってどこなの?」
「ニースだ」
「ニース!? フランスの?」
「そ。盲点だったよ、国外とはな。こっちもヘリを頂いて、ベルトリーニを追いかけるので手一杯。トラックも、ここいらのもんを拝借してきた」

 イタリアに近い土地とはいえ、まさかフランスにいるとは思わなかった。てっきり、イタリア国内なのかと思っていた。
 『ベルトリーニを追いかけるので手一杯』   ルパンたちは、多少は急いで駆けつけてくれようとしたのだろうか。そういえば私、まだ三人にお礼を言っていなかった。あとできちんと伝えないと。

 次元と五エ門、私の三人は、それぞれ台車を動かして、美術品をトラックのもとに運んだ。ルパンがそれをトラックに積み上げていく。
 ふと、私は手を止めた。作業のなかで、ひとつのカメオが目に入った。横顔の女性がメノウで掘られている。その女性は剣を持ち、その剣の柄にはルビーが埋め込まれていた。
 これ。もしかしてヴァルキリー、かな。日本語ではワルキューレとも言う、北欧神話の半神。神々の黄昏ラグナロク   終末に向けて戦死者を選定し、天上に遣わせていたという女性。『ブリージンガメン』といい、ベルトリーニは北欧神話に興味があったのだろうか。そういえばルカは、『オーディンの王冠』も欲しいと言っていた。
 金で覆われた縁を見ると、何か文字が彫ってあった。これは、   古代ルーン文字? 潰れかかっているけれど、かろうじて判別できる。なんて書いてあるんだろう。あとで、ルパンに借りてもいいか訊いてみよう。

「おい! ルパン!」

 私がカメオと向き合っていると、近くから次元の声が聞こえてはっとした。

「お前の探しもん、これじゃないのか?」

 ルパンが次元のもとへ駆ける。次元は私の近くにいたので、私も顔を覗かせた。ひとまず、カメオは上着のポケットに入れる。
 次元はシルバーのアタッシュケースを開けて、ルパンに見せた。中にはふかふかの赤いクッション。そして、その上には   

「『青の結晶』」

 ルパンが低く呟く。拳よりもひと回り大きいほどの、青く輝く石だった。私は   私だけでなく、ルパンも次元も、その石に目を奪われて動けなかった。これほど綺麗な宝石を、見たことがない。今までで見てきたなかで、一番美しい、青。
     ううん、ちがう。見たことがある。そう、“青の洞窟で”。息を呑むほど神秘的だったあの青と、同じ色。あの海をそっくりそのまま閉じ込めたように、きらきらと輝いている。電光を受けてこの輝きなのだから、太陽にかざしたらさぞ綺麗だろうな。
 しばらく見入った後、ルパンが『青の結晶』を取り上げ、「いただき」と笑った。そして、その宝石を大事そうに胸ポケットにしまう。

 そのとき、ばんという爆発音がして、私は身を竦ませた。音のしたほうを見ると、先ほど私たちが入ってきた場所にぽっかりと穴が開いていた。もくもくと煙が立ち込めるなか、スーツ姿の男たちがやって来る。
 場の空気が一瞬にして変わる。ルパンと次元は銃を、五エ門は刀を抜いていた。三人とも、私が見たことのない、険しい表情をしていた。
 黒いスーツの男たちは、十人ほど。皆銃を構えていた。そして    煙が収まってきたところで、私が一番顔を見たくない人物がやって来た。
 ルカ・ベルトリーニ。
 ルカも手に拳銃を持っている。ルカが最後かと思ったけれど、もうひとり、部屋に入ってくる影があった。ブラウンのロングコートを着て、同じ色のハットをかぶっている。このひとは、ひとりだけ雰囲気が違った。どこかで見たことがある、……。ルパンがその男性に向けて、明るい声をかけた。

「よぉ、とっつぁん。よくここがわかったな」
「おまえらがヘリを盗んだのを知って、尾けて来たんだよ!」

 とっつぁん   そうか、銭形警部。緊迫した状況なのに、ルパンはむふふと笑った。

「相変わらず素早いこった」
「大人しくしろルパン! 今日こそ逮捕だ!」

 この場で唯一意気揚々とする銭形警部を尻目に、ルカは一歩、私たちに近寄る。冷たい笑みを湛えていた。私は反射的に、後退してしまった。

「武器を下ろしてもらおうか」

 ルカは静かに言う。ルパンも次元も五エ門も、しばらく相手に武器を向けたままだった。けれども、やがて、渋々といったようすで銃と刀を足元に落とし、両手を上げた。男たちはまっすぐに銃を私たちのほうに向けている。その数は、十人以上。対して私たちは、三人と足手まといの私。
    そうか、きっと、私がいるからだ。本当は、三人の腕ならば、この状況を切り抜けられるのではないだろうか。以前不二子さんが、「次元ほどの早撃ちができるガンマンはいないし、五エ門ほど腕の立つ剣客もいない。頼りになるわ」というようなことを言っていた。
 もしこの場で銃撃戦になったら、私に流れ弾が当たる可能性が高い。だから、三人は大人しく武器を捨てたのかもしれない、……。
 私は唇を噛んだ。銃を向けられている恐怖もあるけれど、なぜかそれほど怖さを感じなかった。たぶん、もっと恐ろしい状況に陥っていたからだと思う。ルカの闇に落とされると思ったあのときよりは、状況が明るい気がした。それに、ルパンたちがそばにいるから。
 でも、そのルパンたちは、私のせいで何もできないんじゃないか。それが、不安だった。

「ひとつ、訊きたいのだが」

 ぴりぴりとした緊張感のあるこの部屋で、ひとりだけ落ち着いているようすのルカが、ルパンに向かって訊ねた。

「なぜ、ここがわかった?」

 ルパンはにやりと笑う。

「言っただろ? 俺は、自分のものを奪われるのが大嫌いなんだよ」

 ルカは目を細める。そして何か言おうと口を開くけれど、銭形警部に遮られた。

「ルパン、おかしな真似はするなよ。外には警官もいるんだからな」
「とっつぁんよ、おかしな真似してんのは、そこにいるベルトリーニだって。ここにある美術品、どうやって手に入れたんだと思う? 調べてみろよ。悪事のあれやこれやがわんさか出てくるはずだ」
「なに?」

 ルパンの言葉に、銭形警部は眉をひそめ、ルカに視線を移す。

「警部殿。まさか、盗人ごときの言葉を信じはしないでしょう?」
「あ、ああ……」

 そうは言いながらも、銭形警部は疑念の眼差しでルカを見つめていた。ルカはもう、かつての爽やかな仮面を脱ぎ捨てて、暗い瞳を隠さなかった。



 突然ルカに低く呼ばれ、私はびくりと身体を震わせてしまう。

「かわいそうに。人質に取られてしまったんだな。こっちにおいで」

 ルカの口元は笑んでいるのに、その目はぞっとするほど冷酷な色を浮かべていた。

「彼女は?」
「私の恋人です。あいつらに人質に取られているんです」

 銭形警部の問いに、ルカはすらすらと答える。

「人質ぃ? ルパンが?」
「卑劣なやつです」

 私は胸が悪くなったけれど、何も言わなかった。ルパンも、無言でふたりのやり取りを見ている。
 どうしよう。このままルカの恋人のふりをして彼のもとに戻れば、私の命は助かるかもしれない。でも、どんな目に遭うかを想像すると、絶対にルカの手は取れなかった。それに、私が助かっても、ルパンたちが捕まってしまうのでは意味がない。
 ううん。いったん私がルカのもとに戻れば、ルパンたちは動けるようになるかもしれない。私が銃撃戦に巻き込まれる危険がなくなれば、……。
 いや、でもそれはだめだ。私がルカのもとに行ったら、ルカはきっと、私を盾にする。ルカ自身も言っていた。私を人質にする、と。結局私は、足を引っ張ることしかできないの   

「とにかく、ルパンどもを逮捕して事情を聞かねば」

 拳銃を胸ポケットにしまい、代わりに手錠を取り出した銭形警部を、ルカが制する。

「いや。警部、彼らの処分、私に任せてくれませんか」
「は?」

 銭形警部はもちろん、ルパンも次元も五エ門も、そして私も眉をひそめた。

「いや、……処分、とは?」
「そのままの意味ですよ。彼らの“処分”です」
「馬鹿な! 民間人が勝手に犯罪者を裁くなんざ、違法に決まっているだろう!」
「いえ。彼らは激しい銃撃戦の末、ここで死ぬんです」
「あんた   自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 銭形警部の声は、憤りで震えていた。一方のルカは涼しい顔をしている。

「ええ。今回のことはどうか内密にして頂けませんか。のちほどきちんとお礼は致します」
「そんなものはいらん。ルパンは逮捕だ! 勝手なことをすれば、あんたの首が飛ぶぞ」
「私は警察にも法曹界にも友人が多いので、心配は無用です」
「なんだって……? そんなことがまかり通るものか」
「いいえ、警部。あなたもご存知のはずだ。警察の裏も法律の裏も。ただ正義を振りかざすのは、無力だし、無意味ですよ」

 銭形警部は口を閉ざし、怒りのこもった目つきでルカを睨みつけた。

「だが、俺は許さん」
「やめておいたほうが賢明ですよ。あなたも“事故”に巻き込みたくない」

 警部は「馬鹿な」と肩を落として、ルカに訊いた。

「なぜ……ルパンを殺したいんだ……? 逮捕で充分だろう」
「充分? 本当に、そう思いますか? 今まで警察が何度捕えても、ルパン一味は逃げ延びてきた。ひとえにそれは、すぐに殺さなかったからだ。逮捕などとぬかしていては、やつらの悪事は終わりません。ここで、私が、終わらせる」
「けっ。英雄気取りかよ」

 次元が吐き捨てる。ルパンも口を開いた。

「俺たちをあんたの手で殺せば、あんたの評判が上がる   だろ?」
「まさか。そんな個人的なことではないさ   が、貴様をはじめて見たときから気に入らなかったのは事実だ、ルーピン」
「それはそれは」

 ルカの挑発には乗らず、ルパンはおどけてみせる。けれども、その目は真剣そのものだった。
 私は、次元と五エ門を横目で見た。ふたりとも両手を上げながら無表情でいるけれど、こめかみには汗が滲んでいた。
 どうしよう。背中に冷たい汗が流れる。何か私にできることはないか。四人のなかで一番自由に動けるのは、たぶん、私。銭形警部も、ルカも、男たちも、私が少しくらい何かをしても、すぐに銃を放つなんていうことはしないはず。
 色々な方法が頭に浮かんでは、打ち消されてゆく。銭形警部に必死で事情を話せば、わかってくれそうな気がする。でも、警部がこちらについてくれたとしても、ルカは躊躇いなく警部を殺すのだろう。
 鍵を握るのは、ルカ。ルカをなんとか言いくるめられれば   。何か、何か方法は、……。
 少しの間でいい。やつらに隙ができれば。そうすれば、ルパンと次元と五エ門なら、やってくれる。
 ひとつだけ、頼りになりそうな“武器”があった。でも、ルカ相手にうまくいくかどうか。



 再び名を呼ばれ、我に返る。ルカがまっすぐに私を見ていた。

「さあ。こちらに。あなたを死なせたくはない」

 うそだ。べつに、私が死のうが生きようが関係ないくせに。私は拳を握りしめる。
 どうする、どうする、どうする。

「そうだ。ルパン、貴様、『青の結晶』を懐に入れていたな? あれが撃たれるのは惜しい。、ルパンから取り返してきてくれ」

 私は目を閉ざした。
 ここに私がいたら、ルパンたちは戦えない。でも、ルカのもとに行っても、人質になってしまうだけ。
 隙を作る。それさえできればいい。
 私はもう、助けられるだけなのは、いや。
 私は観念したというように軽く息を吐き、ルパンに歩み寄る。両腕を広げるルパンと向き合った。

 

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(15.9.16)