◆◆◆another side...1◆◆◆



 雨、か。
 さあさあと降りしきる音に、オスカーは内心でため息を吐いた。夜の雨は、止みそうにない。今晩はもう店を閉めよう。今日はいいコニャックが手に入ったし、晩酌の時間を楽しもう。
 オスカーはそう結論を出し、取り組んでいた作業を中止した。机の上を手早く片付ける。道具はしまい、作業を終えた銃はカウンターの下に置いた。
 『修理屋』、オスカー。主に銃の修理をおこなっていたが、頼まれればテレビやラジオなども直した。細かい作業に没頭することが性に合っていた。
 立ち上がって、店のドアを施錠しようと歩みを進める。そのとき、勢いよく扉が開いて吃驚する。入ってきたのは、見慣れた顔。客のひとりの男だったが、驚いたのは    

「オスカー! こいつを頼む!」
「ル、ルパン……!? どうしたんだ、その女は」

 雨に濡れたルパンは切迫したようすで、ひとりの女を抱えていた。女の顔は蒼白で、腕がだらりと垂れ下がっている。胸元には赤く染まった布。

「説明はあとだ! 早くなんとかしろ!」

 ルパンの勢いに圧され、オスカーは「ああ」と答えていた。聞きたいことも文句を言いたいことも山ほどあったが、今はそれに応えそうなルパンではなかった。いつも余裕をまとわせているルパンの、深刻なようす。たしかに、ルパンの抱く女の生命は危いようだった。
 オスカーが早足で地下へと進むと、ルパンも後を追って来る。地下室の扉を開け、部屋のライトを点ける。煌々とした明かりが部屋を照らした。ずらりと壁を囲んだ棚、中央にベッド。といっても寝台ではなく、“診察用”のもの。
 オスカーは、かつて医者をしていた。医師界のどろどろとした人間関係や利益主義に嫌気が指し、とうの昔に医師免許は返上していたが、ときどきこうして“訳あり”の患者を診ることがあった。
 ルパンは女を診察台の上に載せる。オスカーは注意深く女の身体を調べた。呼吸は微かにしているようだった。心臓も動いている。脈もあるが、細い。

「胸を撃たれたのか?」
「ああ」

 ルパンは短く答える。

「弾は貫通しているな……見たところ普通の女のようだが、いったいなんだってこんな、」
「助かるか?」
「わからん。出血が多いな。脈も浅い。マルコを呼んで来てくれ。二階にいるはずだ」
「ああ。だが、俺はゆっくりしてる時間がねぇんだ。悪いがのことは頼む。あとでまた来るから」
「なんだって?」

 オスカーが声を上げるのも聞かず、ルパンは背を見せて駆ける。

「待て、ルパン!」

 オスカーが呼び止めると、ルパンは扉の前で立ち止まり、振り返った。

「この女、いったいなんなんだ。やばい女か?」
「んなこたねーって。ふつうの娘だよ」
「おまえの女か?」
「違う」

 ルパンはオスカーの言葉を待たず、階段を走り上がって行ってしまった。オスカーはため息を吐きながらも、手足を動かして準備をする。
 まったく。いつも騒々しいやつだ。
 ルパン三世。普段は店にあるガラクタを持って行ったり、ワルサーの   相棒の次元のマグナムも   修理を依頼してきたり、その程度の客だったのに。
 内心で毒づきながらも、数ある棚の中から、薬品や道具を取り出していく。隣の部屋で手を洗っていると、バタバタと音を立てながらマルコが降りてきた。癖のある赤毛は方々に伸びていて、縁が厚い眼鏡が似合っていない青年。

「オスカー、何事です? 今、ルパンに慌てて叩き起こされて」
「患者だ。胸を撃たれている。弾は抜けているが出血が多い」
「うわ、若い女性だなんて。僕、はじめてです」
「何を呑気なことを言ってる。早く準備をしろ」
「はい」

 ゆっくりとした口調に似合わず、マルコはてきぱきとした動作で動いた。彼も医者だった。研修医時代にオスカーと同じ理由で病院を辞めている。たまたまオスカーに出逢い、彼の『修理屋』の手伝いをしていた。
 オスカーはベッドに横たわる女を見下ろした。この女は何者か。何があったのか。ルパンはなぜ急いで行ってしまったのか。疑問は多々あったが、まずは彼女の命を確保しなければ。消えかかっている命のともしびを、消してはいけない。

(ったく、ルパンめ。今晩のコニャックの埋め合わせはあとでたっぷりしてもらうからな)

 オスカーは内心で吐き捨てて、マルコに指示を出した。

 

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(15.9.18)
オスカーとマルコの名前はともに峰不二子シリーズから拝借。