◆◆◆another side...2◆◆◆
“急患”が入った日から五日後。オスカーが早めに店を閉めようか思案しているところに、再びルパンがやって来た。今回は、次元と、そして着物姿の男も一緒だった。
いつもこのタイミングに、図ったようにやって来る。せっかく今夜も一杯やろうと思っていたところだったのにと、オスカーは胸のうちで毒づいた。
彼らが来なければいいのに。オスカーはそう願っていた。電話を置いておくべきだったと思った。店には電話がないので、オスカーや店に用事がある場合は、直接ここを訪れるしか方法がない。何度か同じような後悔をしているのに、まあいいかと先延ばしにしてしまっていた。電話があるとやっかいごとが多くなる。しかし、置いていないは置いていないで、こういう面倒もあるのだとオスカーは反省した。
「よお」
いつも通り、飄々とした調子のルパン。先日の緊迫したようすはどこにも存在しないかのようだった。
オスカーは店のカウンターに座り、手元の新聞に目を落とす。ルパンと視線を合わせたくなかったので、新聞を掲げていた。
「
オスカーは新聞の内容を読み上げる。ただ、日付は本日のものではなく、三日前のもの。
「警察はよく動いたな。ベルトリーニの犯罪が表に出なかったのは、今まで口封じのために裏金をつかまされていたんだろうに」
「勇猛果敢で出世には無欲の警官が、現場にいたんだよ。それにまぁ、あれだけ大ごとになったもんだから、警察もベルトリーニをかばいきれなかったんだろうな」
ルパンが答える。背後の次元は煙草に火をつけ、吸いはじめた。
「父親のベルトリーニは、息子の汚行に気づかなかったのか? 知っていて止めなかったのか。それとも加担していたのか」
「親父本人は、止められなかった、なんて証言してやがる。息子の非は大人しく認めてるが、自分の関与はあくまでも否定、だ」
「いずれにせよ、ベルナルド・ベルトリーニは終わったな。有名ブランドが消えるか」
さして興味がある話題ではなかったが、オスカーは口を止めなかった。
「盗んだもんはどうした? ベルトリーニの美術コレクション約二百五十点、だそうだな」
「ん? 隠したよ。ちゃーんと」
あのときルパンが急いでいたのは、警察に追われていたから、なのだろう。この数日は、盗んだ品を隠すために忙しかったということか。
「ベルトリーニのバックにいるマフィアが、黙ってないんじゃないのか?」
ルパンは眉をひそめる。何か感づきつつあるのかもしれない。けれども、ルパンはオスカーの問いに答えた。
「んなこたぁ知るか。でもな、マフィアのやつらが美術品なんぞに興味があるか? ん、いや、まあ中には興味のあるやつもいるかもしれないけどな
「しかし、ベルトリーニは、」
「オスカー」
ルパンが強く言って、オスカーを遮る。顔はもう笑みを浮かべてはいなかった。
オスカーは、観念したというように大きなため息を吐く。そして、新聞をカウンターの上に置いた。ルパンが真に話したい話題は、ベルトリーニや美術品についてででないことくらい、オスカーにはわかっていた。
ルパンたちのほうにゆっくりと視線を向ける。しかし、彼らを直視はできない。たっぷりと間を置いて、オスカーは口を開いた。
本当に嫌な役回りだ。
「
三人がはっと息を呑む気配がする。
「どういう……ことだよ?」
ルパンが低く訊ねる。
「一時は……意識を取り戻したんだが……一昨日、容体が急変してな……助からなかった」
「なんだって?」
ルパンはカウンター越しにオスカーの胸ぐらをつかむ。オスカーは殴られるかと思ったが、ルパンはオスカーを睨みつけるに留めた。
「オスカーおまえ、」
「言っておくが、俺はただの闇医者だ。神の手だとかそんな類のもんは持ってない。それに、こんな施設だ……限界もある」
「急所は外してて、弾は貫通してたんだろ?」
「あのな、おまえらのような超人とは違うんだ。ただの女だよ。ましてや、抱えてたのならわかってると思うが、華奢な女だ。撃たれたこと自体が、相当身体の負担になる」
「おいおい、……」
ルパンの勢いは急に萎れていき、オスカーは解放される。次元の表情は帽子のせいで見えないが、侍風の男は悲痛な面持ちで肩を落としていた。
「冗談、だろ」
ルパンは吐き捨てる。重苦しい雰囲気。誰も何も言わない
「あいつの遺体はどうした?」
いくぶん無神経な次元の言葉に、侍風の男が顔をしかめ、「おい次元」とたしなめる。
オスカーは次元から視線を外して、答えた。
「燃やした」
「燃やした? いくらなんでも早すぎやしないか?」
ルパンが声を上げる。オスカーは首を横に振った。
「おまえら、あの女の遺体を見たかったのか? そうすれば納得がいったか?」
オスカーが問いかけるも、返事はなかった。オスカーは続ける。
「ここは単なる“修理屋”だ。遺体を腐敗させずに置いておく処置なんてできん。それに、今の時期だ
「だからといって、早急過ぎやしないか?」
次元が訊ねる。
「おまえら、いつ戻ってくるなんて言わなかったろうが」
オスカーが言うと、次元は「そりゃあそうだが」と口ごもる。オスカーは息をひとつ吐いて、続けた。
「それにな、……あの女が一度目を覚ましたときに、聞いたんだよ。これはもうやばいと思ったからな……。連絡すべき家族はいるか、死んだらどうしてほしいか。女は、自分には家族も親戚もいないと言った。最期は火葬してほしいと。それで、……灰を海に撒いてほしいと言った。可能であれば、カプリ島に」
ルパンははっとした表情を浮かべたあと、押し黙る。次元も詰問をやめた。
重苦しい沈黙が下りかけたところに、扉が開く。奥からマルコが入って来た。マルコは場の雰囲気を察して、「みなさんいらしてたんですか」と静かに言った。
「おいマルコ。が死んだっていうのは本当か?」
マルコなら何かぼろを出すとでも考えたのか、次元はマルコへと標的を移した。マルコは目を伏せ、答える。
「ああ、あの女性、ですね……すみませんでした……助けられず」
泣き出しそうな声のマルコに、次元は諦めたようだった。
沈黙が流れる。やがて、オスカーが口を開いた。
「灰の半分は、墓を作ってやってそこに埋めたんだ。行くか?」
マルコは店に残ることになり、オスカーはルパンの車で彼らを墓地へと案内した。十分ほど走ると、森のなかにある小さな教会と簡素な墓地に辿り着く。この教会の牧師がオスカーの知り合いで、“訳ありの死者”であっても弔ってくれるのだという。
「なんで墓まで作ってやったんだ?」
ここでも次元の質疑がはじまり、オスカーは胸中で舌打ちする。
「
オスカーが粛々と語ると、次元は黙った。オスカーが低く加える。
「墓なんぞ、死んだ者のためにあるんじゃない。生きて残された者のためにあるんだ」
四人は無言で歩いた。春も終わり、夏に近づきつつあるこの季節は、日の入りが遅かった。冬であればとうに夜が深まってくるほどの時間帯の今、夕暮れを迎える。点々と並ぶ灰色の墓石を、夕日がオレンジ色に染め上げていた。
「ここだ」
オスカーはひとつの小さな墓石の前で立ち止まった。
・。そう刻まれている。
四人は誰も口を開けなかった。侍
彼女の死が三人に刻まれていく。オスカーは感じていた。
そう。墓は死んだ人間のためにあるのではない。遺されたものが、気持ちに踏ん切りをつけるためにある。
「遺灰はどうする? お前たちが撒いてやるか?」
そう言った助手席のオスカーを振り向かず、ルパンが「いや」と答える。ハンドルを握り、前を向いたままで。
「と言ったら、あんたが撒いてやるのか?」
「まあ、いずれ……な。カプリ島へは行けんだろうが」
ルパンは少しの間考えてから、答えた。
「俺たちも
「わかった」
オスカーはちらりとルパンの横顔を盗み見る。悲しんでいるのか落ち込んでいるのか、はっきりわからなかった。口数が少ないところを見ると、気落ちはしているのだろう。次元はさきほどからずっと無表情でいるのでわからないが、五エ門は明らかに沈んだようすだった。
彼らにとって
だが、今の彼の表情を見ると、そうでもないらしい。ルパンたちほど修羅場を潜り抜けてきている人間なら、ひとりの女の死を嘆いてなどいられないのだろう。
しかし
『』はもう、死んでしまったのだから。
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(15.9.18)