◆◆◆another side...1◆◆◆
「ルッパーン、お願いがあるのぉ」
甘い声を出し、ルパンに寄り添う不二子に、次元は内心で「またか」と毒づいた。まったく、同じ光景を先月も目にした。不二子の所望で、ワシントンの博物館から世界最大のアレキサンドライトを盗んだとき。不二子がずっと狙っていた獲物だった。
「はいはい、なんでしょ?」
ルパンも間延びした明るい調子で答える。次元は舌打ちした。俺は今回は降りるぞと言うつもりだった。
先月は、特にターゲットが定まっていなかったので不二子の提案に乗ってやったが、結局のところ宝石だけ不二子に奪われて、自分たちはICPO
けれども、今回はどこか憂さ晴らしを探していたので、不二子の運んできた、ろくでもない結果がさほど気にはならなかった。ワシントンに行く以前
もっとも、ルパンが気落ちしたようすを見せたのはその事件の後の、一瞬だけだった。ルパンは切り替えが早い。とはいえ、多少なりとも親しくしていた女が死んだのだから、もっと悲しんだとしても、次元は仕方ないと思っていた。
まあ、そんなものか。ルパンは女には困らない、か。次元はそう結論づけ、この件を深く考えることを止めた。
ただ、五エ門は気落ちしているようだった。拙者が止血をもっとしっかりしていれば、と“彼女”の墓の前で呟いていたのを、次元は聞いた。しかしその五エ門も、今では普段通り。不二子に一瞥をくれるなり、無言で刀の手入れをしている。
この世界では、見知った顔の死をいちいち嘆き悲しんでいたのでは、やっていけない。
次元は煙草に火をつけ、ゆっくりと味わう。
やはりルパンには不二子が一番なのだろう。次元にとっては釈然としないことだったけれども。
不二子はルパンの座るソファに歩み寄り、隣に腰掛けた。
「私ね、『聖母の輝き』が欲しいのよぉ」
「んー、『聖母の輝き』?」
「そう」
不二子はルパンの足に自らの脚を絡みつかせる。
「ラファエロが描いた聖母をイメージして作られた、金や宝石の装飾が施された聖杯なの。メディチ家が所有していたものが一般公開されるんですって」
「ほー。で、どこにあるんだ、そいつぁ」
「フィレンツェよ」
フィレンツェ。不二子の言葉に、次元は帽子の奥から、そっと目線を上げてルパンを見た。ルパンの表情は変わらない。何も。
「フィレンツェの国立博物館にあるんですって。ね、今度のターゲットはそれにしましょ?」
「『聖母の輝き』、ねぇ。不二子ちゃん、この前のアレキサンドライトじゃ飽き足らないってか?」
いつものルパン。不二子に対して甘い声を出している。何か反応を示すかと、次元はルパンから目を離さなかった。
「当然よ。聖母はね、ローマ法王も絶賛した聖杯なのよ!」
「へえー」
「あのね、あともうひとつあるんだけど」
「もうひとつ、だあ?」
「そう。『聖母の輝き』と同じ職人の作った、『ヴィーナスの輝き』。こっちは金銀宝石が散りばめられたティアラなの。『ヴィーナス』はナポリの博物館にあるわ」
「
ルパンは目を細めて呟く。不二子の獲物が退屈なのだろうか、と次元は思った。これまでの経験上、博物館というのは警備が緩いことが多い。
「ね、いいでしょ、ルパーン」
不二子はルパンの腕にすがりつき、ルパンも不二子の腰に腕を回す。
次元は胸のうちで吐き捨てる。
「ま、不二子の頼みとあらば、いいぜ。楽勝、楽勝」
「さっすがルパン!」
不二子はルパンの首に抱きつく。ルパンはにひひと笑った。
「ねぇ、ついでにアマルフィをドライブしない? カプリ島にも行きたいわぁ。あのあたりに素敵な宝石店があるのよね」
“カプリ島”。次元は帽子の奥からじっとルパンを見つめる。飄々としたいつものルパン。
ただ
「おいおい、観光かよ。俺たちはこの前もイタリアに行って来たばっかりなんだぜ。ピザは食い飽きたよ。なあ、次元」
急に振られてひやりとしたが、次元は「ああ」と短く答えた。凝視していたことが悟られたかと思った。
「さ、そうと決まればバルセロナともおさらばしよう」
ルパンは立ち上がる。しかし、五エ門は首を横に振った。
「
短く言った五エ門に、不二子は眉を上げる。
「えぇ? どうしてよ、五エ門」
「おぬしに関わるのは遠慮したい
五エ門はそう言い残し、静かに去って行った。
「どういうこと?」
不二子はルパンと次元に顔を向けるが、ふたりとも答えなかった。
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(15.9.30)