◆◆◆another side...2◆◆◆
「不二子のやつ、また何か企んでるんじゃないのか?」
「さあ。単にショッピングがしたかっただけだろ」
「そうか?」
「女ってもんはな、買いものが人生の一部なんだよ」
知った口を利くルパンに、次元はふんと鼻で答え、煙草に火をつけた。
バルセロナから海岸を通って、フランス、イタリアと車を走らせる行程。いい陽気の日々が続いていたので、空路ではなく陸路を選んだ。長い旅になるが、急ぐ理由もない。
「ミラノで買い物をしたいので先に行く」と言った不二子とは、バルセロナで別れた。次元は、絶対に何か裏があると踏んでいた。どうせ、裏でまた別の人物や組織とつるんで、自分たちを出し抜くつもりなのだ。
そうルパンに進言したところで、ルパンは聞く耳を持たない。いつもであれば、次元は文句のひとつやふたつこぼしているところだったが、今回は止めた。
それにしても、こういうとき、ルパンのことがわからなくなる。不二子がこうしている間にも金持ちの男を引っかけているかもしれないというのに。不二子のために盗み、不二子に気がある言動をしているにもかかわらず、彼女を放っておいている。不二子が他の男と寝ようが裏切ろうが、歯牙にもかけない。不二子に執着しているのかいないのか、次元は未だに判らなかった。
もっとも、一貫しているのはルパンが退屈を嫌っているということだった。スリル、刺激、おもしろいこと。ルパンが好むのは、そういうもの。だとすれば、不二子を泳がせているのも、頷ける部分もあった。不二子が裏切れば、たしかにスリルは味わえる。“スリル”で済めば良いのだが。
助手席のルパンは煙草を取り出し、火をつけた。既に灰皿には吸い殻が山のように積み上がっている。
「にしても、次元、おまえも降りると思ってたぜ? もう不二子のために動くのはいやだー、ってな」
「ああ……俺も降りるつもりだった」
「ふうん。“だった”?」
「行き先が
「どういうことだよ」
次元は答えなかった。
既にニ千キロを走り、車はフィレンツェに入ったところだった。ルパンは黙り込んだ次元を追及しようとはせず、ぼんやりと外の景色を眺めながら、煙草を吹かしていた。
イタリアの季節は夏に移り変わっていた。目の覚めるような青い空。雲ひとつない、水色の絵の具で塗りたくったような色をしている。風が丘陵が続く道を、風を切って走る。汗ばむ陽気だったが、窓を開けていれば苦にならなかった。
しばらく家や牧場が点々とあるだけの風景だったが、やがて草木の緑が黄色に変わった。次元は気づかぬうちに、アクセルを踏み込む力を緩めていた。
一面の、ひまわり畑の中を走っていた。
「こりゃあすごいな」
花にさして興味のない次元も、思わず呟いていた。目を奪われる光景だった。ゆるやかな丘陵がすべて黄色に染まっている。空の青と黄色の地面。鮮やかなコントラスト。ルパンのほうが花に興味がありそうだったので、さぞ感銘を受けていると思ったが、次元が横を見ると、ルパンは眉間に皺を寄せていた。火のついたままの煙草を持った右手を、車の外に投げ出したままで。
「なんだ、そのしけた面は」
「こういう面なんだよ。悪かったな」
次元が訊くと、ルパンは不機嫌そうに答える。
次元は低く切り出した。
「
「どういう意味だ?」
「わかってるんだろ」
ルパンはふっと鼻で笑い、煙草をくわえた。
「わからねえな。はっきり言えよ」
「なら、言ってやる」
次元はブレーキを踏み込みながら、言った。車がぴたりと止まる。
「おまえ、引きずってるんじゃないのか」
「なにを?」
「あいつだよ。のことだ」
「まさか」
ルパンは薄く笑う。たっぷり煙草を味わってから、続けた。
「引きずってんのは、律義な五エ門だけだろ
ルパンは煙草を灰皿に押しつけ、両手を頭の後ろで組む。次元は眉をひそめた。
あんな“死に方”……ね。
ひとまずその疑問は置いておいて、次元は言った。
「あいつも女だ。それに、多少付き合いもあった。その女が俺たちの目の前で撃たれたんだ。しかも、おまえがあいつを囮に使うと言い出した。“死んだ”んなら、もっと気落ちしてもよさそうなもんだがな」
次元の言葉に、ルパンは笑みを消した。
「あーはいはい、仰るとおりですよ。ちゃんは俺が巻き込みましたよー。ああ悲しい悲しい
声のトーンを上げて、大袈裟に肩をすくめるルパン。次元は口を開いた。
「ルパン、おまえ」
「やめようぜ、死んじまった女の話は。無意味だ」
次元の言葉を、ルパンは強い口調で遮る。
「今さら掘り返したって、なーんにもならないだろ」
そう言い放つなり、ルパンは煙草を取り出し、くわえた。
やはり。何かがおかしいと思っていたが、そういうことだったか。次元は先ほどルパンに阻まれた言葉の続きを口にした。
「ルパン。おまえ、本気であいつが死んだと思ってるのか?」
ルパンはライターにかけていた手を止め、次元を見る。
「
「妙だと思わなかったか? オスカーの言い分はもっともなことだったが、俺には話ができすぎてるように感じた。死んだから、腐敗する前にすぐ燃やした。意識が戻ったときに火葬だの灰を撒けだのと話した。命が危ないのを悟っただと? 話がうますぎる。俺たちがいない間に、事を片付けようとしてるような雰囲気だった」
「だけどな、……墓があったろ?」
「おいおい、しっかりしろよ。墓の中を見たか? それに、墓を暴いたとして、白い粉ごときで個人が特定できるかよ」
ルパンは火のついてない煙草を持ったまま、右手で眉間を押さえた。
「
「知るか。俺はてっきり、おまえは気づいたうえで放っておいたのかと思ってたんだが」
「医者に“死んだ”なんて嘘をつかれると思うかよ。だいたい、あの場で死体はどうしただのなんだの言いやがって。おまえのほうがデリカシーないだろ」
ルパンは文句を言いながらも、あれこれ考えを巡らせているようだった。独り言のようにぶつぶつと呟く。
「死を偽って、に何の意味がある?
「さあな。オスカーやあいつにとっちゃ、俺たちは信用がなかったんじゃないのか」
次元の言葉を無視して、ルパンは独り言を続ける。
「
『逃し屋』。次元も聞いたことがあった。命を狙われている者を目隠ししたり逃したりするために、死を偽造するプロがいる、と。オスカーとマルコがそうだったというのか。だが、医師でもある彼らなら、人の死を偽ることも不可能ではないのかもしれない。
「よし、次元。戻ってくれ」
突然、弾かれたようにルパンが言った。
「なんだと?」
「ニースへ行く」
「なんだって?」
「オスカーのところだよ」
「んな……今からか?」
「もちろん」
ルパンが意見を曲げそうになかったので、次元は車をUターンさせて、元来た道を引き返しはじめた。
「今さらあいつが生きていると知ったところで、どうするつもりだ?」
次元が問うと、ルパンは煙草に火をつけながら答える。
「べっつに、なーんにも。ただ、オスカーとマルコのやつらに誑かされてるのが癪でね。それに、女が死んだままだってのは目覚めが悪いだろ?」
にっとルパンは笑う。ここトスカーナからフランスのニースまでは、何時間もかかる距離。
「不二子の依頼はいいのか?」
「いつ盗むとは約束してないかんね」
「それはそうだがな……」
「じげーん。おまえだって、事の真相が気になるだろ?」
「否定はしない」
低く答えると、ルパンはにひひと笑った。いつもの調子で。
たしかに、次元も気にかかっていた。がなぜ、自分たちの
それに、ルパンのようすも釈然としなかった。洞察力の鋭いルパンが、なぜオスカーたちの違和感に気がつかなかったのか。ルパンなら、見破れたはずだ。先ほどルパンに言った通り、ルパンはの死がおかしいとわかりつつも、放っておいたのかと次元は思っていた。が死のうが生きようが興味がないのかと思っていた。ルパンのやつが珍しく女に対して冷たいなと、に同情する気持ちすらあった。
だが、この一連の流れを鑑みると、ルパンはこの件に興味がないとは言いきれない。の死をあえて考えないようにしていたのか? だから気がつかなかったのか? しかし、それにしては、ルパンのようすは素っ気ない、……。
いずれにせよ、今は単にオスカーとマルコが『逃し屋』であることに関心を寄せているように思える。が気がかりなのか、そうでないのか。
「ルパン」
「ん?」
「途中で運転替われよ」
「あいよー」
軽く返事をするルパンと、窓の外に通りすぎるひまわりの花々を目の端にとらえながら、次元は吹き込む夏の風に帽子を押さえた。
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(15.9.30)