◆◆◆another side...3◆◆◆




 店の扉が開いた音を聞き、オスカーは顔を上げずに内心で舌打ちした。今朝方マルコは出かけたばかりで、ニ日は帰ってこない。人手が足りないところに、今日は他にも依頼がきていた。面倒な話だったら断ろうか。そう考えながら目線だけを上げる。

「よお、オスカー」

 オスカーは再び、胸の内で舌打ちした。
    ルパン。そして、後ろから次元も入って来る。オスカーはひやりとした。もっと早くにふたりが来ていたら、“あいつら”と鉢合わせになっていたところだ。

「どうした? 何か用か?」

 オスカーは手を休めずに平然と訊く。コルト・ガバメントを解体しながらも、頭では思考を巡らせていた。

「いやな、世間話をね」

 ルパンは不敵な笑みを浮かべる。そして、「マルコは?」と訊いた。
「遣いにやらせている」
「ほお。近くにか?」
「そんなことまでいちいち話さなければならんか?」
「いいや。興味本位で訊いただけだ」

 ルパンはふっと口端を上げる。
 こいつ。勘づきやがったな。オスカーは諦めて作業の手を止め、僅かに目を細めた。

「まわりくどいことはやめて、単刀直入に用件を話せ。世間話じゃないんだろう? こちらも暇じゃないんだ」
「あ、そ。じゃあ前置きはやめて訊こうか」

 ルパンはまっすぐにオスカーの瞳を覗きこんでくる。

が死んだってのは嘘だな?」
「今さらその話か」

 オスカーもルパンの視線をそらさずに答えた。

「死んだなんて嘘を吐いて、何になる?」
「万一にもベルトリーニの手がに届くのを避けるだめ、だろ?」
「なんでそんなことをしてやらなきゃならん」
「あんたは『逃し屋』だからだ。他にもいるんだろ? 死を偽造して逃してやったやつらが」

 オスカーは大袈裟に肩をすくめてみせる。

「勝手に想像してろ。しかし、俺たちが『逃し屋』だろうがそうじゃなかろうが、おまえたちに何の関係がある? 今さらあの女の死を掘り返してどういうつもりだ? それほど受け入れがたいか?」

 ルパンはどこか挑発的な笑みを浮かべて、答えた。

「いいや。俺は気に入らないだけだ。“あんたらに騙されてる”って事実がな」
「なにを……。そこまで言うなら、あの墓を掘り返してみるか? こんなことなら土葬にしとくんだったな」
「ああ、そうだな。火葬にして骨を灰にされたんじゃ、誰かを特定するは難しくなる。それがかも、そうじゃないかもわからなくなるわけだ」
「あの女が海に撒いてほしいなどと言うから、灰にしてやったんだよ」
「ああそうかい。ったく、埒があかねえなぁ。あんたかマルコが口を割ってくれるしかないんだが」
「それほどまでに言うなら、生きている本人を見つければいいだろ。おまえなら容易なことじゃないのか、ルパン」
「ああ。だが名前も、もしかすると顔まで変えられてたんじゃあ、見つけるのは簡単じゃない。俺たちもそれほど暇じゃないんでね」

 それに、とルパンはカウンターに肘を置く。

が生きていたとしても会うつもりはねぇ。あんたがあいつの死を俺たちにまで隠したのはそのためだろ? 俺たちに関わっていたんじゃ、またあいつの身が危うくなる」

 オスカーは黙った。ただルパンを見つめる。ルパンの背後の次元は、何も口出しせずに煙草を吸っている。

「なあオスカー。隠し事はなしにしようぜ。俺たちはあんたらが『逃し屋』だとばらすつもりはねえ。それにな、俺としては、目の前で女に死なれたまんまだと寝覚めが悪いのよ。そういう光景、おまえらは“見たことがない”からわからねぇだろうけどな」

 何もかもお見通しというわけか。オスカーは大きくため息を吐く。こいつの頭の回転の速さを軽く見ていたか……。

   』という女は、たしかに死んだ」
「ん?」
「間違いない。俺の目の前で死んだ」

 ルパンはじっと探るようにオスカーの瞳を見つめた。オスカーも見返す。
 やがて、「そうか」、とルパンは目線を下げた。

「わかったよ。あんたにも『逃し屋』のプライドがあるから、真実を言うわけにはいかないんだろ」

 オスカーに背を向け、去ろうとするルパンを、次元が呼び止める。

「ルパン、いいのか?」
「ああ。ところで、マルコはどこに行ったんだ?」

 オスカーは大きくため息を吐いた。そしてルパンの横顔に向けて投げやりに答える。

   フィレンツェだよ」
「フィレンツェ、ね。俺たちもフィレンツェへ行く予定なんだよ」

 ルパンはにやりと笑う。

「そうかい。おまえらがこれからどこに行こうが俺の知ったこっちゃない。忙しいんだ。用がないならさっさと出て行け」
「はいはーい。世話になったな。また来るぜ」
「もう来なくていい」

 ルパンはにひひと笑って、店を出て行った。次元も後を追う。

    まったく、面倒な客だった。オスカーは大きくため息を吐いて、眉間を抑える。おそらくルパンは真相に気がついただろう。彼女は違う姓名で生きているということに。『逃し屋』だということも気づかれてしまった。まあ、ルパンも言っていた通り、彼らが他言するとは思えないが。
 オスカーは分解された銃を見つめた。
 傷ついたものや壊れたものを見ると、直さずにはいられない性分らしい。“物”だけでなく“人”や“人生”も。本当にこれで良かったのかと考えることもある。戸籍や名前、時には顔を変えろと提案し、実行するのは容易くない。相手にとっても、オスカーにとっても。
 しかし、一番大切なのは命だ。生きていてこそ。死んでしまっては何もできない。悲しむことも、怒ることも、恐怖することも、喜ぶことも。名前や国や人間関係や仕事は、命のうえに乗っているもの。生きてさえいれば、それらを失ってもいくらでもやり直せる。新しい生を生きるのは易しくはない。けれども“生まれ変われる強さ”のない人間には、そもそも死を偽造するような提案はしない。

(あの女は   どうだろうな)

 オスカーは胸の内で呟いて、銃の解体に取りかかった。

 

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(15.9.30)