三章:The color of dawn...20





 次元とぽつぽつと話をしながら、内心で私は、ルパンがどうしているのかを訊きたくて仕方がなかった。今何をしているのか。誰といるのか   不二子さんと一緒なのか。でも、そうなのだとしたら、知りたくない。それに、訊いてしまったら、「やっぱりルパンに興味があるんじゃないか」と次元に言われそうで、癪だった。そんな葛藤がぐるぐると頭を回っていたとき。

「ルパンに会ったんだってな?」

 次元のほうからルパンの話を切り出してきたので、どきりとしてしまう。グラスを唇に当てていたところだったので、動揺してしまってカクテルが口の中に一気に流れ込んでくる。ごくりと音を立てて飲み込むと、胃のあたりがかっと熱くなった。なるべく平然と、「うん」と答える。

「五エ門から聞いた。ルパンのやつがクイーンヴィクトリアでダイヤのことを嗅ぎまわって来たのは知ってたが、お前が一緒にいたとはな」
「そっか……去年の絵の修復のお礼にってディナーをご馳走してくれたけど、やっぱりそのダイヤが目的だったんだ。アレキサンダー大王の財宝のことも知りたがってたし」

 ついつい余計なことまで、しかも愚痴っぽくしゃべってしまう。

「そういやあいつ、シドニーの地理に詳しかったな。しばらくここには来てなかったわりに、色々知ってるふうだった」
「シドニータワーとか、船の上とかで、私が案内したからかなあ」
「かもな」

 胸の奥に黒くてもやっとしたものが浮かんでくるのを感じた。でも、お酒のせいか気分はふわふわしている。だから、自分の感情を自分の中に押し留めておくことができなかった。

「ルパンって本当に調子いいよねぇ。私の前ではデートだとかお礼だとか言っておいて、実際は他の目的があったりするんだもんなあ」

 それとも、私が相手だから、なのかな。他の女の人とのデートでは   不二子さんとのデートでは、一途に相手だけを見ているのだろうか。
 次元は少しの間ロックグラスを手で回した後、ぽつりと言った。

「あいつの腹の中は本当に分からん。こと女に関しては理解できないことがほとんどだな」
「そうなんだ……」
「ただ、な   去年だったか?お前に絵の修理を頼んだときだ。あの絵はたいして重要な絵じゃなかった。不二子の依頼で盗んだどうでもいいシロモノだ。それをわざわざ“お前に”直させた」

 次元は手元のグラスを眺めながら、ゆっくりと語る。私は次元の言葉を待った。

「つまり、   口実を作ったわけだ」
「口実……?何の?」
「お前に会うための、だろ」

 頭がくらりと揺れた。アルコールのせい、だけじゃないと思う。次元の言葉の意味を反芻させる。私に会うための口実。私がピンときていない様子がわかったのか、次元が続けた。

「俺たちへの、だよ。何もないのにお前に会いに行きにくかったんだろ」

 つまり。本来ならさして大事ではない、もしかしたら修復の必要がなかった絵を、ルパンは私に直すように依頼してきた。私に会う口実を、次元や五エ門に作るために。
 まさか、そんな。信じられないけれど   それが本当だとしたら、すごく、嬉しい。

「で、でも、それが本当なら、そんな口実必要ないじゃない。本当に会いたい人だったら、次元たちにも素直に打ち明けて会いに行くでしょ?女好きのルパンなんだから、……」

 照れくささを押し隠すためにぶつぶつ呟いてみたけれど、そうだ、ルパンが口実を作るような性格には思えない。女の人に会いたかったら、「○○ちゃんに会いに行く」と包み隠さず言うんじゃないのかな。それに、本当に私に会いたいと思ってくれているのだったら、一年に一回会うか会わないかじゃなくって、もっと会いに来てくれてもいいもの、……。

「それに、次元の目には重要じゃなくても、ルパンにとっては大事な絵だったのかも……不二子さんの依頼なんでしょう?」

 そんなことないさと否定して欲しかったけれど、次元は「そうだな」とあっさり頷いた。

「あくまでそういう見方がないわけではない、ってレベルだ。だから期待はするな」

 もう、なんなの。そんなこと言われてしまったら、嬉しいと思っちゃうじゃない。だったら期待させるようなことを言わないでほしい。

「期待なんて、してないよ……」

 ため息とともに、ついつい吐き出してしまう。これじゃあ、ルパンに好意があると認めているようなもの。でも、今さら否定する気力が湧いてこなかった。もうどうにでもなれと、お酒のせいなのか、諦めのせいなのか、思ってしまっている。

「ただな、お前は相当にレアなケースだぞ。ルパンは惚れっぽいし、女には目がないが、長く付き合いのある女は不二子だけだ。同業者でもあるまいし、ましてや、」

 次元はそこで口をぴたりと閉ざす。けれども、次元の言いたいことが、私にはわかった。

「私はルパンのタイプじゃないし、っていうことでしょ」
   ああ」

 はっきり言ってくれる。私の機嫌が損ねるのを恐れてか、次元はすぐに付け加えた。

「ただな、お前と会ってメシだの食ってるってことは、ルパンのやつは少なくともお前に興味はあるってことだろ」
「そうだといいけど……」
「いくら女好きだってな、あいつは興味のない女とそう何度も会うなんてことはしない。たとえ何かの情報を探るためとはいえ……たぶん」

 次元の語尾はだんだん自信がなさそうに小さくなっていく。たぶん、ね。

「不二子さんは   やっぱり特別なんだ」
「まあそうだな。良くも悪くも、な。俺にはさっぱり理解できないが」
「あんなに綺麗で魅力のある女性、見たことないもの。女の私でさえどきどきするのに、振り向かない男の人はいないでしょう?」
「俺は何とも思わん。それに性格を知ればうんざりするさ」
「ルパンは不二子さんの性格もよく知って、一緒にいるじゃない」
「たしかにまあ、そうだ」

 電話口でにやけるルパンの姿を思い出す。ルパンの甘い声、表情。それほど好きな女性がいるなら、どうして他の女の人を口説いたり、私を誘ったりするのよ。

「なあ、一つ訊きたいんだが   なんだってあいつに惚れたんだ?」

 次元は少しずつ声のトーンが上がってきたように思えた。アルコールのせいだろうか。話を面白がっているようにも見える。気分が高揚していた私は、もうルパンへの想いを否定することはしなかった。

「なんでだろう……」

 手元のグラスをぼんやりと見ながら、考える。どうしてルパンを好きになってしまったんだろう。どうして次元や五エ門じゃなかったんだろう。ふたりのほうが誠実だろうに。
 私は、初めてルパンと逢ったときのことを思い返した。どんよりとした空模様の、灰色の空気のなか。ルパンの周りだけはぼんやりと光っていた。赤のジャケットがとても色鮮やかに見えた。

「私   ルパンと出逢ったころ、全然余裕がなくって……父さんもお祖父ちゃんも死んでしまって、父さんの絵を取り戻すことばかり考えていて……誰といても、何をしていても楽しくなかった。でも、ルパンは、ほとんど消えかけてた私の心の隙間に、さりげなくすっと入ってきて……明るいのに眩しすぎなくて、優しいのに押しつけがましくなくて……気づいたら気になっていた、のかも」

 思うがまま語ってから、急に恥ずかしくなってくる。私ってば当のルパンのパートナーを前に、何をしゃべっているんだろう。次元に鼻で笑い飛ばされるかと思ったけれど、意外にも神妙な様子で「そうか」と言っただけだった。
 恋愛相談を、よりにもよってルパンの一番親しい人にしているという事実が急にこそばゆくなって、私は「今のは忘れて」と素早く言った。いっそ馬鹿馬鹿しいと笑ってくれたほうが気が楽だったかも。真面目に捉えられてしまうと、恥ずかしい。
 それから私は強引に話題を変えて、シドニーについてだとか、この前次元がターゲットにした資産家の話だとかをした。ふと時計を見ると、すっかり夜が遅くなっていた。そろそろ電車がなくなってしまう。あっという間に感じられたので、驚いた。すっかり話し込んでしまっていた。

「一杯だけの予定だったのに、長居してごめんね」

 結局私は三杯飲んでいた。電車の時間があるからと立ち上がった私に、次元は「いや」と答えながら立ち上がる。

「次元も帰るの?」
「女を一人で帰すわけにもいかないだろ」

 次元はそういうことに無関心だと思っていたけれど、意外にも   と言ったら失礼かもしれないけれど   紳士的で、思わず目を丸くしてしまった。

「いいよ、大丈夫だよ。家もすぐ近くだし。私が勝手に押し掛けたんだし、せっかくゆっくりできる時間をもらっちゃったんだし。次元はもう少し飲んでいけば?」

 次元は少しの間黙っていたけれど、やがて言った。

「まあ万が一ルパンなんぞに見られたらややこしいしな……」

 たしかにそれもある。

「うん、まあ……それに歩き慣れた道だし、大丈夫。ありがとう」

 財布を取り出そうとすると、次元が「奢ってやる」と言ってくれた。

「え?でも、」
「道案内の礼だよ。苦学生なんだろ?」

 次元はにやりと笑う。いや、でも、ここのカクテルの値段結構高かったし、三杯も飲んでしまったし。そう伝えようかと思ったけれど、少し迷って、ありがたく厚意を受けることにした。

「ありがとう、次元」

 去り際に言うと、次元は片手を上げて応えた。

 

 店の外に出ると、しんと辺りが静まり返っていた。表通りから一本裏に入った場所だからかもしれない。次元と歩いてきたころよりも、闇が深まっていた。私はシティレールの駅目指して歩みを進める。
 次元と話すのは楽しかった。もっとおしゃべりをしたかったけれど、本来はひとりで飲みたがっていた次元の邪魔をしたくはなかった。
 いろんな話をしたなあ。シドニーのこと、私のこと、次元のことも少し、そしてルパンのこと。私、調子に乗ってしゃべりすぎたかもしれない。
 そんなことを考えながら歩いていたら、がしりと肩を捕まれた。一瞬次元が追って来たのかと思ったけれど、違った。それにしては乱暴な強さで   振り返りざまに、首筋に鋭い痛みが走った。
 私の意識はそこでぷつりと消えた。

 

(16.5.27)