三章:The color of dawn...24





 頭が真っ白になった。不二子さんと   ルパン。今の状況を呑み込むことができない。でも、今一番会いたくない人に会ってしまった、というのははっきりと感じた。にこにこと笑顔を浮かべる不二子さんと、緑のジャケットを羽織ったルパン。ルパンの顔は見ることができなかった。
 先ほどからずっと考えていたこと。もし今回の事の顛末をルパンが知ったら。私が次元に恨みを持つ男に狙われて、命の危険にさらされたと知ったら、ルパンはどうするだろう。私と関わるのをやめる、と決めてしまうかもしれない、……。

 引き寄せの法則とはよく聞くけれど。その人のことを考えているとばったり遭遇したりする、なんて言うけれど。でも、会いたいときに会えないくせに、会いたくないときに出会ってしまうのは、皮肉だろうか。

「ほうら、ね。言った通りでしょ?」

 不二子さんが明るい声でルパンに呼びかける。興味津々といった様子が声からも表情からも見て取れた。

「昨日の夜、次元が女の子とバーに入るのを見た、って。この子よ。もう、次元ったらやるじゃないの」

    うん?不二子さんの言葉を、時間をかけて噛み砕いていく。次元と私がバーに入るところを不二子さんに見られた。不二子さんはそのことを、ルパンに話した…?
 はっとした。どきりと胸が嫌な鼓動を打つ。昨日の夜に次元と私を見たという不二子さん。そして、いま、次元と私はここにいる。不二子さんの意味深な笑み。明らかに次元と私の仲を勘違いしていた。

「違う、こいつは、……」

 後を続けようとして、次元が詰まる。私も急いで切り出した。

「違うんです。昨日たまたまばったり次元と会ったから」

 馬鹿。これじゃあ、昨晩から次元とずっと一緒にいたって認めているようなものじゃない。咄嗟にうまい言い訳が出てこなくて、続けられなくなってしまった。不二子さんはますます笑顔を深めていく。

「次元に頼みたいことがあったから探してたの。でも邪魔しちゃ悪いと思って、昨日はそっとしておいてあげたわけ。まさか朝になっても帰って来ないなんて、ね」

 ちがう、ちがうちがう。否定したいのに、喉の奥がカラカラになって言葉が出てこなかった。誤解だと納得してもらうには、説明するしかない   マイヤーのことから、ぜんぶ。でもそうしたら、ルパンは、……。

「不二子、と会うのは初めてじゃないだろ?」

 ルパンが口を開いたのでどきりとした。目の端でそっと見上げると、口元には笑みが浮かんでいた。

「ほら、前に絵を修復してもらった   たしかニューヨークで、だったっけ」
「ああ……ルパンがロシア美人に担がれて盗んできた絵ね」
「そ。最終的に不二子ちゃんがオークションに売り飛ばしちゃった絵よ」
「あら、そうだったかしら」

 楽しそうに会話をしていた不二子さんは、ルパンから私に視線を向ける。じっと見つめられて、どぎまぎしてしまった。香水の甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。ピンクのぴったりとしたワンピースが、スタイルのいい不二子さんに似合っていた。
 こんな状況なのに、思わず見とれてしまいそうになる。私が男だったら一目で射抜かれている。ううん、女から見たってとても魅力的な女性。すらりとした背丈は、ルパンとよくお似合いだった。

「それじゃあ次元とはその頃からの付き合いなのね」
「“知り合い”ではあります」

 咄嗟に返していた。次元とは単なる知り合いなんです、と続けようとしたけれど、不二子さんが「いいのいいの」と遮る。
 良くない。違う、私が好きなのは次元じゃなくて   でも、あなたがいるから、私は   
 声に出せない想いが胸に詰まって、それ以上話せなかった。
 この状況をどう切り抜ければいいか。その混乱や焦りと、不二子さんへの嫉妬とで、ぐちゃぐちゃだった。

「不二子、俺に用ってのはなんだ?」

 次元が口を開く。次元、うまく説明してくれないかな。もうそれしか望みがない。

「ええとね、」

 不二子さんはちらりと私に視線を向けた。私には聞かれたくない話なのだろう。“三人で”話したい内容なんだろうな。疎外感を突きつけられたような気持ちになって、さらに気分が沈んでいった。それじゃあ帰りますと言おうか。でもそこで、次元が言った。

「俺もお前に話があるんだ。付き合え」
「えっ、今から?」

 不二子さんは眉をひそめる。次元は無視をして、ルパンに向けて言った。

「不二子のやつを借りるぞ」
「おや、珍しい組み合わせで」

 次元はルパンには答えずに、くるりと背を向けて歩いて行った。「ついてこい」という次元の後を、慌てて追う不二子さん。

「ああん、ちょっと待ってよ、次元!」

 私も待って欲しかった。たぶん、次元は気を遣ってルパンと私を二人きりにする機会を作ってくれたのだろうけれど、今は次元がいてくれたほうが良かった。

「じゃあルパン、後でね」

 不二子さんも去って行ってしまう。不二子さんはいないほうが、事態はややこしくならずに済むだろうけれど、……。でも、今、ルパンとふたりきりにされても、何をどう話せばいいのか全然思いつかない。
 どうしよう。所在なく次元と不二子さんが消えていった方向を見つめていると、ルパンが言った。

「ちょうど良かった。に話があったんだよ」

 意を決して、私はルパンを振り向く。グリーンのジャケットに黒のシャツと、イエローのタイ。表情も声の調子も、いつもの明るいルパン。

「ほら、例のアレキサンダーの手がかり。ナイルの遺跡で見つけたお宝。あれ、あったぜ」

 動揺していた私は、ルパンの言葉にすぐに反応できなかった。
 アレキサンダー。ナイルの遺跡。何のことだっけ、……。ああ、そうだ。ルパンが前に見つけたナイル川の遺跡に、アレキサンダーの財宝の手がかりがあったかもしれない、という話だったっけ。その手がかりを、ルパンはどこかに売り飛ばしてしまったと言っていたっけ。
 数秒経ってから、私は「そうなの?」と気のない返事をしてしまう。今はそれどころではなかった。でも、狼狽しているのを悟られたくないと思い直して、「どこにあったの?」と驚いてみせた。

「んー、先週な、ちょいと野暮用があって、ニューヨークまで行ってきたんだけどよ。そこに俺のお宝を買ってくれる古美術商のじいさんがいるわけ。売っ飛ばしてるんならそいつにだろうと思って聞いてみたら、案の定、ビンゴだったのよ」
「へえ、……」

 正直なところ、今はすんなり喜べなかった。それよりも気がかりなことが大きすぎる。それでも私は、必死に興味のあるふりをした。

「それで……その手がかり、は……?」
「ああ。ちゃあんと取り戻してきてやったぜ。時間があるんなら、今アジトに案内してやるけど?」

 今。今は、一刻も早くアパートに帰って、シャワーを浴びて、ベッドで眠りたかった。でも、このまま帰ってもきっと寝つくことはできないと思う。きちんとルパンと話をしないと。このままうやむやになって別れたら、きっと後悔する。ルパンが次に会いに来てくれる保証はないもの、……。
 後で次元から事情を聞いたルパンが、もう私には会わないと結論づけるかもしれない。
 簡単なことなんだ。ルパンが私に会わないという選択するのは。本当に細い細い糸で繋がっていられる、ルパンとの関係。それを切らしちゃだめだと、混乱と疲労でかすむ頭で強く思った。

「うん、お願い」

 私はそう、答えた。

 

 ルパンたちが拠点にしているアジトは、意外にもシドニーの中心からほど近いアパートだった。木を隠すなら森の中、ということらしい。たしかに人口が多く、人種もさまざまなシドニーなら、郊外よりも目立たないと思う。

 ルパンは、ベルモンドホテルの副社長、ジュディ・ミラーの持つピンクダイヤを狙っていた。でもその前に、ニューヨークでひと仕事してきたらしい。ニューヨークのカジノで、オープン20周年を祝ったパーティがあり、そこで記念に作られた黄金のルーレットを盗んできたのだとか。不二子さんの提供した情報、だそう。不二子さんと一緒に仕事をしてきたのかな……。

 ルパンは、次元と私のことを何とも気にかけた様子はなく、いたって普段通りだった。せめて、何があったのかちらっとでも聞いてくれたら、話すきっかけがつかめるのに。私から切り出すのは、いかにも言い訳がましい気がした。ルパンのほうは全然歯牙にもかけない調子なのに、私から話すなんて。「そんなこと俺は全然気にしてない」なんて言われてしまったら   実際にそうなのかもしれないけれど   どこに気持ちを持っていったらいいのか、わからない。

 そうこうしているうちに、ルパンたちのアジトに到着した。どんな道順をたどっていったのか、全然覚えていなかった。

 

(16.7.18)