六章:Presto Transition...49





 アレキサンダーの件。次元たちにとっては“お宝”となる大王の遺産。そういえば、ルパンに何か手がかりが掴めたら話す、という約束をしていたっけ。でも、ルパンとはあんなことになって   代わりに次元が話を聞きに来たのだろうか。でも、次元は“警告”をしに来た、と言った。アレキサンダーの件に“警告”なんていう言葉が似つかわしくなくて、次元に「どういうこと?」と訊いた。

「少し長い話になる」

 次元はじっくりと煙草を吸い、同じくらいの時間をかけて煙を吐いた。

   近ごろの俺たちの“獲物”には張り合いがなくてな。退屈してたところで、おまえから聞いていたアレキサンダーの財宝のことを思い出した。俺がその話をすると、不二子のやつが喰いついてきて   手分けして手がかりを調べることになった。で、おまえたちの研究成果を知り、ベルモンドと懇親会だかをやることを知った。ベルモンドと言やルパンがピンクダイヤを盗んだ女が副社長だしな、どうも縁がある。何かわかるかもしれないと思って、俺とルパンでおまえたちの“パーティー”に潜り込むことにした」
「ええっ?」

 つぎつぎに明かされた事実に頭がついていかない。次元とルパンが、あのパーティーに潜入していた?いやそもそも、ということは、研究室にも入り込んでいたということ?
 私の混乱をよそに、次元は変わらずとつとつと話を続ける。

「そこで、良からぬ話を聞いた。ベルモンドの女副社長と、おまえたちの指導者   レイモンド、とか呼ばれてたな。その二人の会話を聞いちまった。懇親会を解散した後のことだ」
「先生と、ミラー氏が……?」
「ベルモンドはおまえたちのスポンサーらしいな?だが、資金についてはあの女副社長の独断だ」
「うん……その話は聞いたことがある」
「なぜ女副社長は、おまえたちに投資したと思う?」
「それは……ミラー氏は、昔考古学者を目指していて、アレキサンダーについても調べていたから?私たちに望みを託したい、っていうことを話してたけど」
「それは建て前だな」

 建て前?私が訊ねると、次元は煙草を灰皿に押しつける。灰皿には、もうすでに山のように吸い殻が積もっていた。

「どうも、あいつの旦那だかが、アレキサンダーの研究をしていて殺されたらしい。エジプトに行ったきり帰って来なかったが、やがて死体になって帰ってきたんだと」
「え!?う、うそ……」
「ミラーが調べたところによると、アレキサンダーの調査をしていて、エジプトから帰って来なかったやつらが他にもいるそうだ。死因は銃殺。民族闘争に巻き込まれた、と処理されてるらしいな。だが、ミラーは“殺された”と考えている」

 そんな。しばらくまばたきを忘れて、次元の横顔をぼんやりと眺めることしかできなかった。
 純粋に好奇心や探究心でアレキサンダーの研究をしていた真っさらな気持ちが、黒々したものに汚されていくような心地がした。

「おまえたちはエジプトのカーラって場所に行こうとしてるらしいな?」
「う、うん……」
「ミラーも同行するそうだ。お抱えのSP連中を連れて、な」
「ミラー氏も、カーラに?いったいなんのために」
「旦那殺害の真相を調べたいとか言ってたな。本心はどうだか知らん」
「せ、先生は?先生は、このことを、知ってたの?」

 ミラー氏の旦那さんが、アレキサンダーの研究をしていて殺された。先生はそのことを知っていたのだろうか。まさか、この件には裏があるということや、エジプト行きには危険が伴うということを知っていて、私たちと研究していたのだろうか?ときどき先生が見せた遠い瞳は、そのためなのだろうか?
 信じていた、憧れていた先生に裏切られていたのかもしれないと考えると、胸が塞いだ。けれど、次元が「いや」と首を横に振ったので、少し気が緩んだ気がした。

「おまえの先生は、ミラーの旦那がアレキサンダーの研究をしていて、エジプトの紛争に巻き込まれて死んだ、と聞かされていたらしい」

 そうか、良かった……。

「でもな、おまえらの教授はどうもミラーに弱みの一つや二つ握られてるようだった。さっきも、レイモンドとやらは学生連中をエジプトに派遣することに反対した。そんな危険があるかもしれない場所に学生を連れてはいけない、ってな。だが、最終的にはミラーにに脅されて、結論を保留にしてやがった。今日の交流会とやらも、ミラーが学生連中を抱き込むためのものだったらしい」
「え、…」

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。突然現れた次元。先生や、ミラー氏のこと。アレキサンダーの件には裏がありそうなこと。知りたくもない事実が、一気に頭に流れ込んでくる。

「この件からは、手を引け」

 次元はぴしゃりと言った。

「えっ」
「おまえたちが束になって拒否すれば、ミラーも手出しはできないはずだ。おまえたちの先生も味方してくれるだろ」

 手を、引く。アレキサンダーの件から。
 次元はこともなげに言ってくれるけれど、私が、私たちが、どれだけ力を注いで研究に打ち込んできたか。

「で、でも、ミラー氏の勘違いっていうこともあるんじゃない?ミラー氏の旦那さんは、殺されたんじゃなくて、本当に紛争に巻き込まれたのかもしれない」
「そうかもしれないがな。おまえたちが手を引いたほうがいいのには、もう一つ理由がある。この件、不二子のやつが手を広めやがるかもしれない。あいつは何としてでもお宝を手に入れたいだろうからな。俺たち以外にも有力なやつに話をもちかけて、最後に不二子がお宝をかっさらっていく   いつものあいつならそうするだろう。となると、だ。お宝を手に入れるためには手段を選ばない連中が出てくるだろうな」

“手段を選ばない連中”。イタリアのマフィアや、次元に復讐しようとした男のことを思い出した。彼らは、目的のためならば人だって殺す。

「俺たちがお宝を手に入れたら、おまえら学者連中にも分け前をやる。それで歴史でも何でも解明すればいい。だから、おまえたちは大人しく引っ込んでろ」

 次元から一気にいろいろなことを言われたせいで、頭から煙が出そうだった。
 次元たちが、アレキサンダーの財宝を狙っている。不二子さんが触れ込んで、他にも良からぬ人たちが狙う可能性がある。
 ミラー氏の旦那さんが、大王のことを調べていて殺された。エジプトから帰って来なかった。ミラー氏は何を狙っているんだろう?何を知っているのだろう?なぜ私たちに投資したんだろう?
 ミラー氏も、次元も。不二子さんも、ルパンも   みんな、私利私欲のためにアレキサンダーの遺産に目をつけている。そんな彼らに、腹の立つ思いもあった。私は、私たちは、歴史を解き明かしたい一心で純粋に調べてきたのに。
    純粋に?歴史を解き明かしたいということだって、私利私欲ではないと否定はできない。でも、少なくとも、お金や名誉のためではない。私は、大学に入り直したときからずっと、アレキサンダーについて調べてきた。最初のきっかけはルパンではあったけれど、調べていくうちにアレキサンダーに大きな愛着を抱いていた。彼の遺産がこの世のどこかに日の目を見ずに眠っているのだとしたら、それを掘り起こしたいと本気で夢見るようになっていた。図書館に通いつめたり、先生の力を借りたり、仲間と議論したりして、ずっと、真剣に、かかわってきたことだ。やっと大きな手がかりを得たというのに。アレキサンダーに近づけたというのに。もうすぐかもしれないのに、ここで手を引けだなんて。
 私は、膝に抱え込んだバッグをぎゅっと抱きしめた。

「納得がいかない、か?」

 私が沈黙していると、次元が訊ねてくる。

「納得がいかない……そうだね。私たちは、歴史を紐解きたいっていう純粋な理由でアレキサンダーを追ってるだけなのに、それを不純な動機の人たちに邪魔されて、なんだか悔しい」
「不純、か」

 次元は私の皮肉に鼻で嗤う。

「だが、命は惜しいだろ?だったら諦めろ。生きてさえいりゃ、後でなんとでもなる」
「でも。でも、私たちは、ただ調査に行きたいだけなのに……命の危機とか、そんなこと言われても」
「おまえの考えもわからないでもない。でもな、俺の長年の勘だが、この件はどうもきな臭い。ミラーのやつはまだ何か隠してやがる気がするし、不二子の動きも怪しい。俺たちにとってはおもしろくなりそうだから歓迎すべきことだけどな、“一般人”は手を引いておけ。何もお宝を諦めろってんじゃないんだ。俺たちが獲ってきてやる」

 “一般人”。次元と、私の間に、大きな線引をされたようだった。

   それに、な。おそらく、おまえらの“先生”が手を引かせるだろう」
「先生が?」
「ミラーに弱みを握られているようだったが、それでもおまえら学生を死地に放り込んだりはしないはずだ。ルパンも忠告にいってるはずだしな」
「え?」

 ルパンが、先生のところに?
 それなら   もう、私には、アレキサンダーの件から手を引くという道しか残されていないんじゃないか、と思った。次元がこうやって私に警告しに来た以前に、先生のもとにルパンが向かっているのだという時点で。
 私は息の音を押し殺して、大きく大きく息を吐いた。

「……アレキサンダーの遺産、壊さないでね」
「わかってるよ」

 なんだか大きなものを失った気分になった。次元にそう告げた後も、悔しさや歯がゆさがじっとりと身体にまとわりついて、離れなかった。

 

(17.5.16)