七章:the Valley of the Spirit...60





 ルパンがいる。グリーンのジャケット。久しぶりのはずなのに、見慣れた感じのする飄々とした表情。
 私は、夢かと思って、何度も何度も目を瞬かせた。信じられなかった。ルパンが、いる。
 目の前に立つルパンは私に手を差し伸べてくれる。私は何も考えられず、反射的にその手を取っていた。温かくて、大きい手だった。力強く引っ張り上げてくれる。その手は紛れもなく現実のもので、私はルパンの存在をしっかりと感じた。
 私は、泣いてルパンにすがりつきそうになった。こわかった。苦しかった。今まで堪えてきたものが、ルパンを前にして総崩れになってしまいそうになる。でも、私の中の理性が力を取り戻してきて、「それだけはだめだ」と必死に私を食い止めた。ルパンと私は、もう会わないことになっている。
 でもそれならば、どうして助けてくれたんだろう。そもそも、どうしてここにいるんだろう。
私はあらためて、目の前のルパンと、ルパンの背後にいる次元と、私の横に立つ五エ門を見回した。話しかけようとしたけれど、喉が凍りついてしまったように、うまく声が出せない。

「何なんだぁ、こいつら?」

 ルパンが訊ねる。私はルパンの視線を追った。その先、私たちの足元には、カーラの男たちが突っ伏していた。彼らはぴくりとも動かない。
 死んで   いるの?
 私は助かった。でも、これじゃあ、先生たちが。私は慌てて口を開く。


「先生が、……ええと、この人たちは、カーラの……アレキサンダーの遺産を守る一族で……そこで捕まっちゃって、ナスワンの石碑を……」

 説明したいことが溢れてきて、支離滅裂になってしまう。ルパンが「落ち着けって」と私を遮った。

「だいたいの事情は、これで察しがついている」

 ルパンは懐から携帯電話を取り出す。

「それ……?」
「おまえの先生   レイモンド、とか言ったか?その先生の番号から電話がかかってきてきたんで、出たんだけっども、そこで、おまえの声が聞こえたわけ」
「えっ!?」
「そんで想像するに、おまえたちはアレキサンダーの遺産を隠してる連中に捕まっちまったわけだな?で、なんでか知らねえけど、先生はに携帯電話を託したってわけか」
「え、ちょっと、待って……どうしてルパンと先生が知り合いなの?」

 #7を押すんだ。先生が登録していた短縮ダイヤルが、まさかルパンに繋がるとは、思ってもみなかった。

「積もるは話は場所を移そうぜ。俺たちが根城にしてる場所が近くにあっから、そこに行こう」

 うん、と頷きかけて、私ははっとする。

「でも、待って。こいつら無線機を持ってて、私が逃げたら、カーラに連絡を取って先生たちを殺すって」
「ほおお。へえぇ」

 ルパンは眉を上げながら、屈んで、倒れ込む男たちを調べはじめる。そして小型の機械   無線機らしきものを見つけると、それをジャケットのポケットにしまった。

「どうするの?」
「まあ心配しなさんな。さ、行こうか」

 ルパンが先に歩き出してしまったので、私はそれについていくしかなかった。ゆっくりと時間をかけている余裕はない。感傷に浸っている暇もない。ルパンに状況を説明して、なんとか手を貸してもらわないと。
 そうすれば。そうすればきっと、先生たちを助け出せる。





 ルパンが先を進み、私と五エ門が続き、次元が後ろからついてくる、という格好になった。
 ルパンの背中を見ながら、こうして会えるなんて、とふわふわした気持ちでいっぱいになる。早く先生たちのところに行かないとと焦る反面、ルパンとの再会を、意識しないわけにはいかなかった。
 ルパンは、どう思っているんだろう。あんなふうに別れを切り出しておいて、結局私と遭遇するはめになって。気詰まりだろうか。それとも、なんとも思っていないだろうか。
 私は   気まずい反面、うれしい、と思ってしまっていた。その感情に気づいたとたん、心臓が音を立てる。

殿とは、どうも縁があるらしいな。こうして何度も会うなど、なかなかあることではない」

 私の隣を歩く五エ門が言った。
 唐突に、ふわり、と懐かしさがこみ上げてくる。優しくて、強くて、口下手だけれど温かい五エ門。最後に会ったのは半年以上前のことで、一緒に食事をしたのだった。また会えるなんて思わなかった。ルパンとのことは抜きにしても、やっぱり、うれしい。
 しんみりしていると、次元が後ろから言った。

「ふん。そういうのはな、腐れ縁、っていうんだよ」

 私は後ろを振り向く。帽子に隠れて表情はわからなかったけど、上機嫌という声音ではなかった。次元とは、ひと月も経たない以前に会っている。そのときには「もうアレキサンダーの件に関わるな」と忠告を受けていたのに、こうしてこの件で再会を果たしてしまって、どこか居心地が悪かった。

「次元がこの前警告をしてくれたのに……結局、こんなことになっちゃって……」

 ごめん、と言っても私に責任があるわけではないから、どう言おうか迷っていた。その数秒の後に、次元が「は?」と声を上げる。

「ほら、この前。ベルモンドと私たちの交流会があった日。私を送ってくれたでしょう?」
「はあ?」

 何をとぼけているんだろう。それとも、もう忘れてしまったのかな。
 でも、次元は、本当に訳がわからない、というようすだった。

「なんだ、そりゃ。この前っていつの話だ?」
「え?えっと、ひと月も前のことじゃないよ」
「はあ?おまえと俺が会うのは半年とかそこらぶりくらいだろ」
「え……?」

 今度は私が首を傾げる番だった。次元は帽子をわずかに上げ、歩くペースを早めて私の少し前に出る。

「まさか   

 次元はじいっとルパンの背中を睨みつけるように見る。

「ルパン、おまえか?」
「え!?」

 どういうこと?
 私は、ルパンの背中と次元の顔を交互に見る。

「いやいや、今は急がなきゃなんないでしょ、うん」

 ルパンは顔だけをこちらに向けて言うと、すぐに正面を向いてしまう。次元はルパンの隣に並んだ。

「ルパン、てめえ人のなりを勝手に借りやがったな」
「うそ!?」

 私は声を上げてしまう。
 嘘だ。まさか、あのときの次元は   

「まあまあ、ちゃあんとあとで説明すっから、な?」

 ルパンは次元をなだめる。ふたりが言い争う中で、私の隣の五エ門は首を傾げた。

「どういうことだ?殿が会っていたという次元は、ルパンだったということか?」

 私は五エ門の言葉に反応ができない。
 あのときの次元は、ルパンが変装していた。そういうことなの?
 さあっと背筋に寒気が走る。あのときの次元との会話を思い出そうとすると、すぐにぱっと浮かんでこない。でも、私、あまり良くないことを言っていた気がする。

「しかし、なにゆえ次元に成り代わる必要がある?」

 五エ門の独りごちた問いに、私は何も返せなかった。
 でも、その答えははっきりしている。ルパンは、ルパンのままで私に会いたくなかったから、だ。
 ルパンは今、どういう気持ちなんだろう。あらためて気がかりだった。
 ルパンが私との再会を不本意に思っていても、なんとも感じていなくても、どちらにしても私の中には針でちくちくと刺されたような痛みがあった。
 

 

(17.8.9)