二度目の会合も、前回と同様にホグズミードで行われた。長テーブルの中央にダンブルドアが腰掛け、その隣にムーディ、     そして、ジェームズとリリーが座った。
会議が始まっても、はずっと2人と目を合わせられず、ダンブルドアに視線を留めていた。
どうしても、ジェームズが自分を睨んでいるのではないかと、思えてならなかった。

「この同盟の名称を決定した     『不死鳥の騎士団』じゃ」

はじめにダンブルドアは力を込めて、言った。

 

54. why I am so sad
どうしてこんなに悲しいのか わたしはわけがわからない

 

不死鳥の騎士団。部屋の中には数十人がいたが、僅かにざわついた。
ダンブルドアは、魔法使いだけでなく、魔法は使えなくともヴォルデモートに対抗したい者は同盟に招いた。故に、メンバーはマグル、スクイブ、魔法使いと様々な面子が揃った。純血に拘るヴォルデモートとは対照的な顔ぶれ。そこには、何か希望の光のようなものが見えるように、には思えた。
ダンブルドアらしい組織。不死鳥の騎士団。彼のもとに力をひとつにすれば、いかに強力な闇の魔法使いであろうとも、破れるのではないか。

ダンブルドアが言っていた通り、リーマスとピーターの姿はここにはなかった。そして、シリウスの姿も。気にしないようにしているのに、気になって仕方がない。シリウスはどうしたの?そうジェームズに聞いたところで、眉をひそめられるだけ。『君には関係のないことだろ』     ……。

会議はじまり数十分が経過した頃。扉が開かれ、一組の男女が入って来た。人々の目線はそちらに釘づけになり、ダンブルドアは言葉を止めた。

「すみません、遅れました」
「いや、来てくれただけでも嬉しい」

ダンブルドアは微笑む。しかし、は笑えなかった。入って来たのは、シリウス。そして、見知らぬ女の人。肩よりも長めの髪を緩やかにカールさせていて、大きな目。綺麗とも言えるけれど、少し残った幼い雰囲気から、可愛らしいと言った方が適切であるような、そんな女性だった。
ぎゅう、と胃が縮こまる。は咄嗟に2人から目を逸らした。

「先生、彼女は」
「シリウス、私に言わせて」

シリウスの言葉を遮って、彼女は柔らかく言った。透き通るような声。

「ダンブルドア先生、はじめまして。私、ソフィア・フィニスといいます。ボーバトンの卒業です。シリウスにこの同盟のことを聞いて、是非参加したいと思って」
「そうじゃったか。もちろん、歓迎じゃ」

大きく頷いて、ダンブルドアは2人に座るよう促した。
シリウス。親しげに呼んだ彼女の声音。その言葉の響きが、頭から離れなかった。
時折交し合う、2人の視線。シリウスの穏やかな表情。ソフィアのはにかむような笑顔。2人の様子がちらちらとの視界に入ってきた。見たくないと思っても、見えてしまう。
シリウスがどうしようと、誰と付き合おうと、関係がないのに。むしろ、彼が良い女性を見つけて、幸せになってくれれば、    なんて思っていたのに。
胸が、苦しい。
それでも何とか会議に集中した。騎士団への参加人数が増えたこと、しかし同時にヴォルデモートの勢力も増していること、それに伴い犠牲者も増加していること、などが話し合われた。

会合が終了し、人々が去って行く。はシリウスたちの方に目をやらぬようにして、ダンブルドアとムーディのもとへ赴いた。

    スリザリンの卒業生が死喰い人になった、と聞きました」

声のトーンを落として言うと、ダンブルドアとムーディは僅かに目を細めた。

「そうだ。全員ではないようだが、いくつかのグループは奴に従っている。しかし、何故知っている?」

ムーディに凝視され、はさりげなく視線を逸らせた。

「そのうちの一人と会ったんです」
「誰だ?」

一瞬、戸惑う。ジェームズたちが聞き耳を立てていることに気がついたからだった。けれども、ムーディに嘘は言えないと、肌で感じた。鋭い目つき。きっと、嘘は見抜かれてしまうだろう。

「……二ルソンです。エリック・ニルソン」
「ふむ。ニルソン家ならおかしくはないだろうな」

ムーディは腕を組んで、部屋に留まっていたシリウスに視線を移した。

「ブラック家はどうだ?」

はシリウスの目を直視せぬよう、彼に向き直る。シリウスは顔を歪め、答えた。

     知らないな。もうあの家には戻ってないから……ただ」

シリウスは言葉を切り、ため息を吐く。

「あの家なら、ヴォルデモートに従っていても無理はないと思います」

吐き棄てるように言ったシリウスに、むうとムーディは唸る。

「……しかし、避けたいのう。知っている者と争うことは」

ダンブルドアはそう憂えて、隣の部屋へと去って行く。ムーディも後に続いて行った。
残されたは、その場を立ち去ろうと踏み出した。

「まさか、ニルソンと付き合っているの?」

思いがけないリリーの言葉に、え、と声を上げた。リリーはに睨みつけるような視線を向けていた。この目、前も見たことがある。あれは、そう。はじめて、リリーと仲違いをした時。4年生の、ホグズミード週末。今でもはっきりと憶えている。あの時は辛かったけれど、結果的には大きな契機となった、大切な思い出    

「彼と会っているの?」

沈黙していたに、リリーは続けた。

「たまたま会っただけ」
「そう。てっきり、ニルソンと付き合いはじめたから、シリウスと別れたのだと思ったわ」

棘のあるリリーの口調。は顔を歪ませてしまい、ソフィアがはっと息を呑む姿が尻目に見えた。シリウスは動じていなかった。

「納得がいかないのよ。あんなに真剣だったのに……こんなに、あっさりと」

リリーの声が小さくなっていき、ジェームズも立ち上がってと向かい合った。
『本当は、彼らを傷つけていることを理解しておろう。君自身の心も傷ついていることを感じておろう』。
ダンブルドアの言葉が蘇る。
わたしのこころはどうしたい?

「シリウスも、シリウスよ!いろんな人と取っ換え引っ換え付き合ったりして」
「リリー、よせ。シリウスが誰と付き合おうが、それはコイツの勝手だ」

ジェームズはたしなめるように、けれども優しく言った。リリーの表情は今にも泣き出しそうなものになっていた。それを、ジェームズがそっとリリーの肩に手を載せ、さする。
ほんとうは、リリーにこんな顔をさせたいんじゃないのに。

「それに、ソフィアさん、だっけ。彼女、良い子じゃないか。僕が見た限り、シリウスの隣にいた女の子は4人くらいだけど、ソフィアさんが一番良い子に思える。だから、まだ続いているんだろ?」

シリウスにも、ソフィアにも、にも、皮肉を込めて言ったつもりだった。その通り、3人は顔をしかめる。もう何がなんだか分からない。みんなおかしい。変だ。そんなやけを起こして、ジェームズは続けた。

「卒業前はそんなんじゃなかったのに。いつから、こんな」
「私、本気です」

勢いが遮られ、ジェームズはぴたりと黙った。切り出したのはソフィアだった。細い、綺麗な声。けれども芯の強い声。

「シリウスのこと、ほんとうに、好きです」

しん、という音が聞こえるかのように、部屋の中は静まり返った。その中で響き渡るのは、ソフィアの声だった。

「たとえ、シリウスが誰と付き合っていたとしても。何があっても」
「べつに、君の気持ちを疑っていたわけじゃないさ」

ジェームズは優しく言ったつもりだった。けれど、どこか含みのある言い方になってしまう。
親友。仲の良い、6人だった。ジェームズ自身、シリウス、リーマス、ピーター、そしてとリリー。
彼ら以外は、いわば『部外者』。その部外者と、親友が付き合うことは抵抗がある。幼じみた考えだと分かってはいても、拭いきれなかった。恐らくリリーもそう感じているのだろう。けれど、本気になれる相手ならば認められただろうに、シリウスは実際はソフィアをどう思っているのだろう。
ふと、ジェームズは横目をに向けた。は目を伏せ、床の木目をじっと見つめていた。先ほどからずっと、口数が少ない。押し黙ったままだった。その瞳は、何かを憂えているように思えた。
やはり、彼女には何かがある。そう思いたかった。

「あ、そうそう。、これ、卒業式の時の写真。ふくろう便で送ろうと思ったんだけど、『郵便事故』があって手元に届かなかったら嫌だから、手渡ししようと思って」

ジェームズは唐突に、一枚の写真をに手渡した。は困惑しながらも、それを受け取る。

「僕ら、今年中に結婚するんだ」
「結婚?」

ジェームズの言葉に、つい声を上げてしまっていた。

「リリーと?」
「他に誰がいる?」

ジェームズは笑う。

「君にも、式に来て欲しい」

行こう、とジェームズはリリーを促す。それを見て、シリウスとソフィアも出口へ向かった。

「来てくれなかったら、もう君のことは諦める。すっぱりとね。でも、もし     来てくれたら」

話してくれ、君の本当の気持ちを。君の抱えていることを。

 

リリーとは、ホグワーツを卒業して2ヶ月ほどで、お互いに住んでいる場所を行き来するようになった。それぞれ、親元ではなくアパートを借りて住んでいた。それが、半年ほどで共に暮らすようになった。共に暮らすようになって、互いの良い面も悪い面もよりはっきりと見えてくる。口論も何度かあったけれど、それは自分のことを相手に分かってもらうためだ、とジェームズは思っていた。そのための衝突。
時には言い合って、励ましあって、喜びを共有して、    リリーとずっとずっと共にいたい、と思った。これから先も、彼女と幸せを分かち合っていきたい、と。

「結婚、してほしいな」

そう告げたのは、星が澄んで見えた夜だった。窓から星を見上げて、あれはなになに座だとか、星座を話し合っていた時。静かに流れた沈黙の後、ジェームズはそっと言った。
リリーはしばらく無言で、星空をじっと眺めていた。

「私、結婚なんてずっと先のことだと思っていたわ。私には無縁のことだ、って」

リリーは、ゆっくりと緑の綺麗な瞳を、ジェームズに向けた。

「でも、あなたとなら、    ずっと一緒にいたい、と思う」
「……ありがとう」

君は僕が守るよとか、一生幸せにするよとか、もっと言いたい台詞はたくさんあった。でも、それらは言葉にならずに星空に吸い込まれていった。きっと、リリーの前では言葉なんて無用なんだ。リリーには全部伝わっている、と思いたい。
リリーは、浮かべる回数の減った満面の笑みを、この時は浮かべてくれた。

親友、から言い渡された突然の別れ。リリーは辛い様子をあまり見せなかったが、独りで苦しんできたと思う。リリーとは、の話はタブーになってしまっていた。リリーは、まるでの存在を『なかったこと』として扱っているようだった。封じ込めているのだ。との思い出を。
ジェームズは、はじめは信じなかった。きっと間違いに違いない、彼女があんなことを言うなんて、と。でも、一度目の騎士団の会合の時、冷めた様子のを見て、諦めた。本当に彼女は僕たちのことを忘れたいんだ、忘れてしまったんだ、と。
許せなかった。のことが。

けれども。
『英雄ポロネーズ』。    机の奥にしまっていたオルゴールを取り出してみて、思い直した。このオルゴールをくれたは、本当に僕たちとの思い出を消し去りたかったのか。何か事情があるのではないか。美しいオルゴールの音が、力強い音階を奏でるのと共に、その思いは次第に高まっていった。
ショパン、という人がつくった曲らしい。リリーが原曲のレコードを探してきてくれた。原曲は、オルゴール以上に力のあるピアノの音の和音と連続が素晴らしくて、聴き惚れた。本当にあなたにぴったりの曲だわ、とリリーは言った。それは、ホグワーツを卒業する前のことだけれども。

『英雄みたいだね、ジェームズは。みんなの、ヒーロー』

そう言ってくれた。やっぱり彼女を信じてみたい。
はじめて出逢ったホグワーツの友達。たいせつな友達を。

最後の、交渉だ。
でも、どうか、来てくれ、

 

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I do not know why I am so sad; there is an old fairy tale that I cannot get out of my mind. 『どうしてこんなに悲しいのか わたしはわけがわからない。遠い昔の語りぐさ 胸からいつも離れない』 Heinrich Heine  07/12/8