……来ないつもりかな」

式開始20分前。ぽつりと漏らしたピーターの言葉に、4人は沈黙した。
失言をしてしまったか、とピーターはうろたえるが、リーマスが口を開く。

「ふくろう便は出したんだよね?」

純白のドレスに身を包んだリリーは、頭を下げた。
本当は、出そうか出すまいか躊躇っていた。にまた拒絶されることが嫌だった。けれど、ジェームズが出そう、と言った。もし、これで来てくれなかったら、すっぱりのことは諦めよう、と。
リーマスが何かを口にしかけた時、案内人が現れ、言った。

「式の準備が整いました」

 

56. like POLONAISE
恐れない者の前に道は開ける

 

牧師の前に立つ新郎新婦をうっとりと眺めながら、ソフィアは思った。私の隣に座る彼ともいつかこうなれるだろうか、と。
ボーバトンにいた頃、愛してくれた男性は何人かいた。しかし、自分が愛せる男性は一人もいなかった。けれども    シリウスのことは、本気で好いている。彼に一目惚れをして、告白をして、付き合って、ますます好きになっていった。さりげない優しさ、気遣い。時折見せる笑顔。
でも。彼は、自身のことを多く語ろうとはしなかった。家庭のこと、学生時代のこと……そして、『』という人のこと。彼女を初めて見かけた騎士団の会合。彼の親友たちに初めて会ったあの時。あの花嫁の言葉から、彼女とシリウスは付き合っていたのだ、と思った。けれども、後にシリウスにそれとなく尋ねてみても、彼は答えてくれなかった。あの2人、何かあったのだろうか。唯一、それが気がかりだった。

ぎぃ、とそっと扉が開かれる音がし、ぱたんと閉まった。
誰かが入ってきたのだろう。式の最中なのに非常識だとソフィアは思った。
しかし、その扉の方をちらりと見やった花嫁と花婿は、固かった表情を緩めた。

 

 

は最後尾の座席に滑り込んだ。乱れた呼吸を整える。リリーと目が合った。彼女は泣き笑いのような笑顔を浮かべていた。息が止まるくらいに、綺麗だった。
     来てしまった。最後の最後まで、どうしようか迷っていた。やっぱり、怖い。でも、きっと、来なかったら一生後悔していただろう。ここで踏み込まなければ、ずっと取り戻せないような気がした。自分の手で投げ出してしまったもの。自分の手で取り戻したい。もう一度。乗り越えるべきなんだ。

2人は指輪を交換しあい、ジェームズはリリーのベールを取り、口づけた。
はじめはジェームズを嫌っていたリリー。けれど、彼の魅力に気がついて、2人は付き合うようになった。ホグワーツの中でも憧れのカップルだった。互いに互いの良さを理解していて、それをさらに互いに高めあっているような。そんな、ふたり。そして、いま、家族となったふたり。
ずっとずっと幸せな家庭を築いてほしいと、そう切に願った。それを見守ることができたら、私は幸いだ。
は一筋の涙を、誰にも気づかれぬようそっと拭った。

 

 

「来てくれたのね」

式後のパーティで、ハグリッドと共にいたのもとにリリーがやって来た。先ほどよりも質素なブルーのドレスを着ている。ハグリッドは咳払いをし、「飲み物でも取って来るかな」、と席を外してくれた。

「リリー、すごくきれい」
「ありがとう」

リリーは目を細めて微笑んだ。その隣に、ジェームズがやって来る。

のドレス姿、二回目だね。似合ってるよ」
「花嫁以外を誉めちゃだめだよ」

窘めると、ジェームズは笑った。も笑う。何かが、少しずつもとの場所に戻っていくような気がした。

「それ、してくれてるのね」

リリーは、の胸につけられた真珠のネックレスを指した。クリスマスにリリーにもらったプレゼント。それをそっと撫で、は答える。

「これがないと地味かな、と思って。このドレス」
「そうでしょう?こういう時に、絶対使えると思ったのよ」

リリーは胸を張って言ってみせる。

「来てくれて、ありがとう」

ジェームズはそっと、ゆっくりと言った。
は、静かに頷いて、言葉を選びながら答える。

    今度、ゆっくり話しがしたいの。都合が良い日は、ある?」
「パーティが終わったらすぐにでも」

ジェームズがリリーに視線を向けると、リリーも首を縦に振った。

「でも、……あんまり明るい話じゃないし」

この晴れやかな日々を、壊したくはなかった。

「君に拒否権はないよ。分かってるだろう?」
「……そっか……うん……ありがとう」
「シリウスたちも呼びましょう」
「それは、待って」

強い口調では言った。シリウスには、    シリウスだけには、まだ言えない。

「今は……2人に、聞いて欲しい」

リリーとジェームズは少しの間黙っていたが、やがて分かったと頷いた。

 

パーティの会場で、が一人ぼんやりとしていると、目の前に人影が現れた。顔を上げると、ピンクのドレスをまとった女性が、向かいに腰掛けた。

さん、ですよね」

彼女は確か    ソフィア。普段着でも可愛らしかったのに、ドレス姿ではさらにそれが際立っている。会場の男性が、ちらちら彼女を振り返っていた。

「私、ソフィアです。ソフィア・フィニス」
「ええ、……私は、です」
「花嫁さんの親友、なんですよね」
「……ええ」

は目を伏せ、頷いた。親友だと、リリーは思っていてくれているだろうか。

「ジェームズさんとも親友だと聞きました」
「……そうですね」
「シリウスとも、親友だったんですか?」

は目を上げた。ソフィアは微笑んでいたが、目つきは真剣だった。

「……ええ」
「でも、この前、リリーさんが『別れたのか』と言っていましたよね」

ああ、そうか。彼女は不安なんだ。シリウスのことが。

「……私は……付き合っていたという気は、ないんです。ただ私が勝手にシリウスを    

そこまで言って、口を閉ざした。ソフィアは眉をひそめる。
シリウスを、好きになった。

「でも、もう何もないから。ソフィアさんが心配するようなことは何もないんですよ」
「そうですか」
「私なんかより、他の女性を見ていた方がいいと思います。でも、ソフィアさん、とても可愛いから、シリウスが他の人のところへ行くことはないと思いますよ」

もう、私、口先だけで言ってる。本当は、胸の奥が、お腹のあたりが、苦しいのに。

「ありがとうございます」

ソフィアが言うなり、は立ち上がった。彼女とはもう話をしたくない。彼女の方も、すくっと立つ。

「私、本気です。シリウスを、愛しています」

だから、何だっていうの?
そう叫びたくなるのを堪え、はソフィアを見据えた。彼女も同様にを見つめる。
私、は……私だって、本気だった。シリウスのこと、大好きだった、……。
言いたかった。そう、訴えたかった。
あなたなんかよりも、たくさん、シリウスの良いところ、知っているんです。あなたの方が、私なんかよりもずっとずっと可愛いけれど、でも、シリウスは私と一緒にいる時間を楽しいと言ってくれた。
シリウスは、シリウスは、    

なに考えてるの。こんなこと、無意味だ。シリウスには、こうして付き合っている恋人がいるというのに。

「シリウスと、お幸せに」

精一杯の笑顔で言うと、ソフィアはにこりと笑い、くるりと背中を向け、歩いて行った。恋人のもとへ。
腕を組む2人の後ろ姿は本当に     お似合いだと、思った。

シリウスにも、いずれ、真実を話そう。謝ろう。
それでまた友達同士に戻ることができれば、それでいい。
シリウスのことは    この想いだけは、すっぱりと、忘れなければ。

 

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07/12/11