披露宴の後。夜も更けた時間、はジェームズとリリーの仮住まいに招かれた。ロンドンのアパート。2人で暮らすには少しだけ広めの部屋。そこに漂った、2人の生活感を肌に感じながら、は机の上に組んだ自分の手を見つめ、言った。
「悩んで悩んで、みんなと決別っていうかたちを取ったけど、でも
大丈夫。話せる。だいじょうぶ、だいじょうぶ。
56. like POLONAISE
行け。勇んで。小さき者よ。
言葉を選びながら、はそれを紡いでいった。
「私の祖父がどうだったか、憶えてる?」
「……確か、ヴォルデモートの有能な配下、だったね」
「そう。他に思い出すことは、ない?もっと、身体的なことで」
「そうだね……ああ、若返りの薬を飲んでいたんだよね。それで、若い姿のままだった」
さすがジェームズ。憶えていてくれた。
「そう。ただ、もう一つ
『早く卿のもとに帰りたいものだ。若返りの薬と不老の薬を見つけた今、不死にさえなればあのお方は無敵だ』。そう言って、笑ったあの男。その声が、生々しく蘇ってきた。
「それで、11歳の時、あいつが……フィンスターがやって来て。そのことは、もう話したよね」
「……憶えてるよ」
「うん。
は言葉を切った。風でカタカタ、と窓枠が揺れる。
「そのせいで……ダンブルドアの話だと、あいつの力とか意思が
「移った?に?」
ジェームズの問いに、丁寧に頷く。
「それが……階段から落ちて頭を打ったこととか、防衛術の授業、あのボガートを見たことがきっかけで、発現した。だから、ボガートがフィンスターの姿から、ヴォルデモートになったの」
は、ポケットからハンカチを取り出し、机の上に載せた。そして杖を持ち、その先を向ける。
「エクスハティオ」
低く唱えると、ハンカチは一瞬で塵と化した。ジェームズとリリーは息を呑む。
「あいつの力が流れ込んだせいで、闇の魔術、許されざる呪文が使えてしまうわけ」
ジェームズは肘を机の上につき、指を絡ませ、その上に顎を載せた。机の上の炭をじっと眺めながら、口を開く。
「そうか……だから、君は『アバダ ケダブラ』の呪文も使えたわけか
言葉を濁すジェームズに、はそっと言った。
「そう。それが、あの時の真実」
「でもそうなら、あなたのお父さんを手に掛けたのは、あなたではないはずよ」
優しく言うリリーに、そうだねとは呟く。だから、自分を責める必要はないのよ、とリリーは諭してくれているのだろう。ありがとう、リリー。でもね。
「
が重い口調でと言うと、ジェームズははっとした。
「まさか」
「そう
リリーは口と目を丸く開け、ジェームズは眉をぎゅうと寄せた。
信じられない。まさか。2人は呆然との顔を見つめた。
「そんな、まさか!だって、は成長しているでしょう?初めて会った時から大人っぽくなってるし」
「あいつは、20代の中頃とか後半くらいに見えた。そのくらいの年で私も成長が止まるだろう、って」
なんだ。案外、すんなり言えたじゃないか。
息を吐いて、あとはジェームズとリリーの様子を見守っていた。
「だから
「そう。みんなが年を取るのに、私だけ
「そんなこと、……そんな、くだらないこと……!」
今度はが目を見開かせた。まさか、くだらないと言われるとは思わなかった。
「そんなことを私たちが気にするとでも思った!?私たち、だって……」
リリーは両手で顔を覆った。
「どうして?どうして、どうして、こんなこと……」
涙声のリリーは立ち上がり、に背を向けた。
「……ごめんなさい。きっと酷い顔、してるわ……洗ってくる」
「……私なんかのために、リリーを苦しませちゃったね……」
やっぱり言わなければ良かっただろうか。そんなの考えを読んで、「それは違う」、とジェームズは首を横に振った。
「あのまま君がずっと黙っていたら、納得がいなかった。きっと、リリーも僕も、もっと悩んだ。でも今なら、君の苦しみを分け合うことができる」
「ジェームズ」
「いや
は微笑して、首を振った。
「そんなこと、ないよ。ジェームズのお陰で救われたこと、たくさんあるから」
ジェームズも微かに目元を緩める。
「リリーのところ、行ってあげて」
一人になったは、机の上に突っ伏した。
「これで……良かった、…んだよね?」
その問いかけに対する答えがあるはずはない。ただ、ひゅう、という風の音だけが鳴った。
冷めた紅茶をすすっていると、やがてリリーとジェームズが戻って来た。
「ごめんなさい。辛いのはあなたなのにね」
「ううん。黙っていて……ごめんね」
いいのよ、とリリーは微かに笑う。しかし、ジェームズは腕を組んで、厳しい目つきでを見やった。
「僕は許せないね」
え、ととリリーの声が調和する。
「冷めちゃったとか、人の心はうつろいやすいとか。君の言葉、傷ついたよ。訂正してくれる?」
はっとして、は目を伏せた。
そうだった。私の言葉で、たくさんみんなを傷つけてしまった。
「……ごめ、ん」
「聞こえない」
ジェームズ、とリリーが窘める。はぎゅう、と拳を握り締め、頭を下げた。
「ごめん
誰よりも大切な友人を、自らの言葉で傷つけた。そのことが、今更腹立たしい。
ジェームズはの隣に歩み寄り、そっと右頬に触れた。ジェームズの手は大きくて、温かかった。
「僕の方こそ、ごめんよ。君のこと引っ叩いちゃったろう?」
ジェームズは、笑みを浮かべた。悪戯っぽい、少年のような、太陽のように明るい微笑み。
ああ、なつかしい。帰ってきたんだ。
なにか張り詰めていたものが、ぷつりと音を立てて切れたような気がした。
必死に堪えようとしても、涙が溢れてくる。拭っても拭っても、次から次へと。
ジェームズはぽんぽん、との頭を撫でてくれ、リリーはそっとの肩を抱いてくれた。
落ち着いてくると、は涙を拭い、顔を上げた。
「グーで殴ってくれても良かったのに」
「さすがにそれはできないよ」
が笑みを浮かべると、声を立ててジェームズも笑った。
「私、ね。を恨んだわ。どうして、まさか、ひどい、って。何かあったんじゃないかとも思ったけれど、信じたいと思ったけれど、信じぬくことができなかった。ごめんなさい」
「ううん。私も、……みんなが受け入れてくれなかったら、って、みんなを信じられなかった」
「もし私がでも、同じことをしたと思う。言い出せないことですもの、こんなに重いこと。でも、私たちに話してくれて、本当に嬉しい。何でも言って。少しでも、力になるから」
「ありがとう」
はリリーの腕をそっと振り解き、立ち上がって彼女と向かい合った。
「リリーがお婆ちゃんになっても、ジェームズがお爺ちゃんになっても、私はずっとこのままだけど……どうか、ずっとずっと、親友でいさせてください」
「当たり前でしょう。たとえ何があっても、私たちは親友よ。ずっと、ずっと」
再び涙が溢れそうになって、は堪えた。
「の方は、とても辛いと思う。それでも、私はあなたの傍にいたい」
「。僕らの我がままに付き合ってくれるかな。君がいないのは
その代わり、全力で君を支えるから。ジェームズはそう加えた。
ああ。なんという人たちに、私は出逢えたのだろう。
彼らを想うこの気持ちは、偽ることができない。たとえ、どんなに辛い事実を突きつけられたとしても。
今は、この事実よりも彼らと共にいたいという気持ちが勝ってしまう。きっと、後には辛いことがあるかもしれない。それでも今は、彼らと共にいたい。
「まったく、わがままだなあ」
は泣き笑いのような笑みを見せると、ジェームズもリリーも笑った。
「……ありがとう……リリー、ジェームズ」
今を、生きよう。
今を大切に、生きよう。
ただ、今。このときだけを。
後悔のないように。
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07/12/11