死喰い人が集まっている場所はノクターン横丁にある、という。ムーディに率いられた一行は、一旦漏れ鍋で待機することになった。

「まずは、わしが様子を見に行って来る」

ムーディの提案に、ジェームズが何か思いついたようにぱっと顔を上げた。

「マッド・アイ。僕とシリウスに行かせてもらえませんか」

シリウスは眉を寄せたが、すぐにジェームズの考えを理解したようで、頷いた。

「うむ……しかし」
「危険を感じたらすぐに戻りますから。逃げ足には、自信があるんです」

ジェームズの笑みに、も悟った。そうか、彼らはアニメーガス。

「……分かった。だが、15分で戻れ」

 

59. WAND at ready
たたかい

 

何だろう。嫌な空気だ。どんよりと重い雰囲気が漂っている。不気味なくらいに、無音だった。その場にいた者は皆、口を閉ざして黙りこくっている。もっとも、何かをしゃべる気にはなれなかった。ぴんと張り詰めた緊張感が、この部屋を覆っていた。
とりわけ、はそわそわする胸を抑えられなかった。15分が異様に長く感じた。
ジェームズ。シリウス。どうか無事で。早く戻って来て。こんなことなら、私も    

「遅いな」

ムーディは立ち上がり、ディーダラス・ディグルを呼び寄せた。

「マッド・アイ。私も行かせて下さい」

堪らずに、はムーディのもとへ歩み寄った。ムーディは一瞬眉を寄せたが、やがて頷いた。

 

ノクターン横丁の入り口で、とムーディ、ディグルは止まった。

、ここで待て。異変があったらすぐに漏れ鍋に戻って知らせろ」

ムーディは有無を言わせぬ勢いでそう言い残し、ディグルを連れて闇の中へ消えて行った。はムーディたちが入って行った闇の中を、瞬きもせずに凝視した。どうか、みんなが無事に戻って来ますように。
この異様な空気に、脈がいつもの倍速く動いている。じっとりと嫌な汗が背中を流れた。
しばらくそうしていると、肩をとんと叩かれ、驚愕して振り向いた。

?何やってるんだ……?」

シリウス、と掠れた声で彼の名を呼んだ。呼びかけてきたのが彼でほっとしたけれど    そういえば、こうして彼と向かい合うのはとても久しぶりのような気がする。
心臓がどくんと鳴ったが、今はそれどころではない。慌ててしみじみとした思いを拭い去った。

「マッド・アイが奥に……ジェームズは?」
「あいつなら」

シリウスが言いかけるのと同時に、周囲に悲鳴が響き渡った。ダイアゴン横丁の方からだった。夜の静寂の中で、その声は空気を裂くように響いた。
2人は大通りに飛び出した。人影は少なかったが、走り去ろうとした魔法使いをシリウスが一人捕まえ、「何があった?」と尋ねた。

「は、放してくれ!殺されたんだよ、人が!」
「どこで?」
「漏れ鍋の近くだ!」

シリウスは掴んでいた男のマントを放し、に視線を向けた。男は逃げるようにして去って行く。
嫌な、予感。シリウスもそれを感じているのだろう。険しい表情を浮かべた。

「行こう」
「行く、って……まさか、漏れ鍋に?」
「他にあるか?」

確かに、そうすることが第一に思いつく。けれども、は、『行きたくはない』と思った。『危険だ』、と。

「マッド・アイの帰りを待った方が」
「マッド・アイももう動いてるかもしれないだろ」

こうなっては、シリウスは譲らないだろう。それに、ムーディのことだ、恐らく漏れ鍋に向かっているだろうという考えも、否定できなかった。

「分かった……行こう」

は頷いた。

 

漏れ鍋の方向に進んで行くと、大勢の人が逃げまとっている姿が目に入った。漏れ鍋の客が逃げているのだろう。そして、人ごみをかきわけて漏れ鍋へ向かうと、その入り口付近に人だかりができていた。
そして、その中心には    倒れてぴくりとも動かないドーガス・メドウズの姿と、ベンジー・フェンウィックが身に着けていたマントがあった。

「そ、んな……」

掠れた声では漏らし、シリウスは拳をぎゅうと握り締め立ち尽くした。

「ひっ!まだだ……!まだ、奴は辺りにいる!」

誰かが叫ぶと、そこに集まっていた人々は悲鳴を上げながら逃げ出した。誰かの肩がどん、とにぶつかり、よろめいた瞬間に人ごみに流され     シリウスと、はぐれてしまった。
逃げまとう人々に押され、ようやく流れから抜け出す。袋小路だった。

     しぶとい鼠め」

恐ろしいほど低い声が聞こえ、は身を震わせた。どくん、と全身が脈打つのを感じた。びりっと全身に電流がはしったような心地。この奥から聞こえるようだった。
知っている。この声の主が誰なのか。聞いたことのないはずの声なのに。

「くっ……!」

苦痛に満ちた声がすると、ははっとした。そうして、考える間もなく走り出していた。
ジェームズの声だった。

 

 

「ダンブルドアの差し金だな?奴はどこにいる」

紅い眼の長身の男は言い、膝をつくジェームズに杖を向けた。

「答える……ものか!」
「死にたいか」

男は口の中でクルーシオ、と唱える。ジェームズの声にならぬ声が、狭い路地に響き渡った。

「レラシオ!」

手元に火花が散り、男は呪文を止めた。ジェームズの隣に人影が現れる。

「ジェームズ!」
「馬鹿、どうして    来たんだ!」

男に杖を向けたまま屈むに、ジェームズは掠れた声で言った。

「ほう、仲間か?何人来ても同じことだ」

紅い目。長身。冷たく凍るような表情。見たことが、ある。

「ヴォルデモート……」
「いかにも」

が呟くと、男はにやりと笑った。彼の姿は、一度だけ見たことがある。しかしそれは、ボガートが変化したものだった。実際の奴は     震えが起こるくらいに、恐ろしかった。きっと、ジェームズが傍にいてくれなかったら、ジェームズを守るんだと自分を奮い立たせていなかったら、すぐに逃げ出してしまっていただろう。腰が抜けて歩けなかったかもしれない。

「2人まとめて死ぬがいい」

ヴォルデモートが、杖先をとジェームズに向ける。

「やめろ!」

ジェームズはを庇おうと立ち上がるが、がくりと膝をつく。
ジェームズは、私が守る。
絶対に、絶対に。もうリリーを悲しませたくない。力が欲しい。大切な人を守れる力が。

「アバダ ケダブラ」

ヴォルデモートは唱えた。緑の閃光が走る。
殺人呪文    殺される。
そう思った刹那、咄嗟にも唱えていた。

「アバダ ケダブラ!」

の杖先からも閃光が放たれ     ヴォルデモートのそれとぶつかり合い、ぱしん、と乾いた音と共に、眩しく輝いて消えた。

「馬鹿な!相殺、だと……!?」

驚愕するヴォルデモートと同様に、も呆然としていた。しかし、すぐに我に返る。目を丸くしていたジェームズに手を貸し、立ち上がらせようとする。しかし、彼の足元は覚束なかった。
ヴォルデモートは、驚きと怒りの混じった表情をに向ける。

「貴様    
「エクスペリアームス!」

の背後から声がし、振り向くと、ムーディが杖を向け立っていた。隣にはシリウスがいた。ヴォルデモートは、ちっ、という舌打ちと共に黒いマントを翻す。その次の瞬間には、彼の姿は消えていた。

「大丈夫か!?」

膝をつくジェームズに、シリウスが駆け寄る。ディグルの姿も見えた。良かった、3人は無事だったんだ。
どくん、と全身が震えが走り、頭に激痛が襲ってきた。この痛みは    
ああ、駄目だ。意識を、保てない。ふらり、と身体が傾くのを感じた。

……!?」

シリウスの、声。闇の中で、彼が自分の名を呼ぶのが聞こえた。
シリウス、……もう一度    わたしの名前を……、呼んで    

 

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07/12/14