何だろう、この空虚感は。
は小刻みに震える右手を、左手で掴んだ。心はここにあるはずなのに、何処か遠くへ行ってしまうような時がある。この前、リリーに、最近ぼうっとしていることが多いわねと言われた。
     ダイアゴン横丁でヴォルデモートと対峙した、あの時からだ。ダンブルドアに言われた通り、ポンフリーに看てもらおう。そのうち、そのうち。
そうしてずるずると、時間が経ってしまっていた。

 

61. Cradle Song
耳に聞こえるのは子守唄

 

「私     子供ができたみたいなの」

リリーの言葉に、ジェームズは口をあんぐりと開け、シリウスは目を丸くした。リーマスとピーターは絶句し、はうそ、と漏らした。

「……誰の子?」

ジェームズがようやく呟いた一言に、リリーはむっと顔を曇らせた。

「さあ、誰の子かしら」
「リリーぃ」

2人のやり取りに、は耐え切れず噴き出した。皆もくつくつと笑う。

「すご……すごいな    父親?僕が?」
「甲斐性なしの父親で、子供も可哀想だな」

そう言ったシリウスの首を、ジェームズは腕を回しぎゅうと絞める。

「まだあなたの子だとは言ってないわよ」
「やめてくれよ!」

顔を歪めて、ジェームズはぱっとシリウスの首から腕を放す。今度はリリーも笑い出した。
     懐かしい、この雰囲気。はぎゅう、と胸が切なくなるのを痛感していた。
みんながいて、笑っている。自然と笑みが零れてくるような光景。

「良かったね、お父さん」

その切なさを掻き消すように、は言った。
ジェームズはシリウスをぽいと放り出し、頭を掻く。昔よくそうしていたように。

「実感……湧かないなあ」
「私もよ」

ぽつりとジェームズが漏らすと、リリーも言った。

「でも、ありがとう、リリー。僕は世界一の幸せ者だよ」

リリーは、頬を彼女の髪と同じ色に染めた。

「あなたって、よくそういう台詞を真顔で口にできるわね」

ジェームズは満面の笑みを浮かべた。

 

お払い箱となったとシリウス、リーマスとピーターは、ジェームズの部屋を後にした。
あのダイアゴン横丁の一件以来、騎士団のメンバーは本拠地であるホグズミードに滞在することがほとんどだった。居住している、と言ってもいい。村でもっとも大きな建物を、宿舎に使っていた。その廊下を4人は歩いて行く。

、いつの間にリリーたちと復縁したの?」

どきりとして、は足を止めた。そう尋ねたリーマスたちも、それに2、3歩遅れて立ち止まる。
どう答えればいいだろう。本当のことを話そうか。いや、まだ、できない。シリウスがいる。シリウスには、まだ、話せない。

「……結婚式のあと」
「フィンスターのこと、聞いたよ。ジェームズから」

は、え、と声を漏らし、愕然とした。

「ダンブルドアが、このことはヴォルデモートにかかわるから、って言ってさ」

一瞬、ジェームズを恨みかけたけれど、慌てて、疑ってごめん、とは胸の内で謝罪した。そうか、ダンブルドアが言ったのなら仕方がない。問題は、彼らがどこまで知っているか、だ。

「フィンスターの     なんだって?」
「フィンスターの力と意識が移った、って。それで、許されざる呪文や闇の魔術が使えてしまうんだって」

じっとリーマスの様子を探った。彼の言葉と口調から、不老のことはまだ知らないのだと感じた。

「そんなことで、君は僕らと別れたの?でも、リリーとジェームズには真実を話して、僕らにはまだ話してくれていない。僕らって、信用ない?」

そうじゃない。そうじゃないんだよ、リーマス。きちんと説明をしたかったが、何をどう話して良いか、思いつかなかった。

「違うだろ。信用ないのは、俺だろ?」

ははっとした。シリウスと視線がかち合う。黒い瞳。怒りが滲んでいるようにも、失望の色が宿っているようにも見えた。シリウスにこんな顔、させたくないのに。見たくはないのに。

「ちがう、……ちがう……そうじゃなくって……    分かるでしょう?リリーは、私にとっては特別なの。ずっと一緒にいたし、友達とかそういうのを越えて、大切な人だったから……だから、リリーには……話すことができて……でも、まだ、みんなには」
「まだ?まだ何かあるの?」

リーマスは驚いたように声を上げた。

「あとで、……あとで、話すから」
「今、話してやれよ。俺はもういいから」

シリウスは短く言って、この場を去って行った。
『もう、いいから』。もういい。    もう、……。

「……。シリウスは、ショックだったんだよ。君が別れを告げたこと。君が話してくれなかったこと。だから、きちんと話せば分かってくれるよ」
「うん、……」
「僕、シリウスのご機嫌伺いに行ってくるからさ。後でちゃんと、話してくれ」

リーマスも、シリウスの去った方向に足を向けた。
思わず大きなため息が出る。自業自得だというのに。

「あ、あのさ……

もごもごと口ごもりながら、ピーターは顔を上げた。

「フィンスター……って、もう……し、死んだんだよね?」
「そう、だけど」

今更、どうしてこんなことを聞くのだろう。

「で、に……その力が移った……」
「……うん」
「じ、じゃあ    の中に、フィンスターがいる、っていうこと?」

は驚いて、顔を歪ませた。そんなふうに、今まで考えたことはなかった。

「ちがう」

咄嗟に声を荒げた。の剣幕に、ピーターはたじろぐ。
そんなはずは……そんなこと、絶対にない。

「そ、そうだよね、ごめん」

ついむきにになってしまった後で、に後悔が襲ってきた。このもやもやした気持ちを、ピーターに当たっても仕方がないのに。もごめんと謝ると、2人の間に気まずい沈黙が流れた。

「私、……疲れたから、部屋に戻るね」

そう言って、ピーターのもとを逃げるようにして去った。呼び止める間もなく行ってしまったの背を、ピーターはしばらく眺めていた。

の中に、フィンスターがいる、っていうこと?』
ちがう。違う、のに     どうしてこんなに、胸が鳴るのだろう。

 

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07/12/16