春になった。リリーのお腹が大きくなるにつれ、寒さは消えていき、温かな陽気が漂った。
しかし、情勢は芳しくなかった。むしろ悪い方向に向かいつつあるのを、誰しもが口にはせずとも感じていた。強まるヴォルデモートの勢力、増える死者。人々は怯え、ますます騎士団には非協力的になってゆく。こちら側にとっては、どうしようもない悪循環。
それでも、産まれてくる子のために、ジェームズたちは明るい雰囲気を作ろうとしていた。
けれど、     そんな気分には、到底なれずにいた。

 

62. AWAKE, the voice is sounding
めざめよ、と呼ぶ声

 

この呪われた身体のことをいつシリウスたちに打ち明けるか。この息苦しい空気、世の中には、果たして平和というものがやってくるのだろうか。重い問題が、に圧しかかっていた。
それに輪をかけての心を暗くしているのは、自己嫌悪。シリウスのことを忘れよう忘れようとしても、彼に目が行ってしまう。彼がソフィアと親しそうにしているところを見ると、心の中のもやもやが、より深くなる。
むかし    彼の隣で笑っていたのは、私だったのに。
馬鹿じゃないの。それを決断したのは私でしょうに。いまさら後悔するなんて、間違っている。
忘れるんだ、友達の関係にさえ戻ればいいんだって決めたのは、私。
だから、早くに彼に真実を告げて、すっきりしようじゃないか    

 

「偵察部隊が帰って来ない?」

ムーディの報告を、顔を歪ませながらダンブルドアが繰り返した。

「あいつらならば心配なかろうと考えていたわしが、甘かった」

吐き出すようにムーディは言った。
ある遺跡で、マグルの大量虐殺が行われた。明らかに、ヴォルデモートの仕業と思われるもの。本来ならば魔法省が調査をするはずである。しかし、損害を被るのを免れたい省は、ダンブルドアに調査を依頼した。『魔法省は、こういう時だけ調子がいい』、騎士団の者は憤慨した。今までダンブルドアに協力をしようともしなかったのに、と。しかし、上手く事が進んだ場合には、騎士団を全面的にバックアップしよう、という魔法省の条件により、断わることはできなかった。そして、本格的に調査を開始する前に様子見をしようということになり、小部隊を派遣したが、戻って来ないのだという。

「どうする?罠だと思うが」

ムーディの言葉に、ダンブルドアは唸る。

「放ってはおけない……皆、まだ生きているかもしれん」
「可能性はゼロに近いぞ」
「ゼロではないから行くのじゃ」

ダンブルドアは2人のやり取りを眺めていた団員に視線を向けた。

「今回はわしが行こう」
「僕も行かせて下さい」

ダンブルドアが言い終わるなり、ジェームズは手を上げた。しかし君は、と口にしたダンブルドアを遮る。

「偵察部隊にいた奴に、知り合いがいるんです。昔、クィディッチで同じチームだった    だから、放っておけない」

ジェームズらしい理由だと、は思った。しかしリリーは、そんな彼を不安そうな面持ちで見つめる。ダンブルドアはしばらく考え込んでいたが、やがて分かった、と言った。

「他にも、ボランティアはおるかの?」

 

結局、かつての悪戯仕掛け人は全員行くことになり、    も志願した。
ダンブルドアは眉をひそめたが、ムーディは言った。

「本人の意思だ。止めても仕方なかろう」

 

「気をつけて、……」
「大丈夫だよ。今回も、ジェームズは私がしっかり見張ってるから」
「そうじゃなくて……あなたのこと、心配しているのよ」

リリーの言葉に2、3度目を瞬かせ、はぽんと彼女の肩を叩いた。

「心配性。大丈夫だって」

は笑うが、リリーはそうすることができなかった。この前の、ダンブルドアに抱きかかえられて動かないを思い出してしまった。

(どうか    みんなが無事に、帰って来ますように)

 

その遺跡は、かつては城塞都市だったようだ。崩壊していたが、壁が高く厚く、頑丈な造りであったことが窺える。昼間であるにもかかわらず、木々が生い茂っていて薄暗い。
人がいそうな気配はなかったので、騎士団の一行はダンブルドアを先頭にして奥へ奥へと進んで行った。しかし、遺跡は想像以上に広く、しばらく歩いても何の発見もなかった。

「どうしたものか」

比較的陽が射し明るい場所にやって来て、ダンブルドアはぽつりと呟いた。

「手分けしましょうか?」

ジェームズが問うと、ダンブルドアははっきりと首を横に振る。

「いや、それはいかん。皆、決してはぐれてはいかん」

これ以上死者を出したくないと、ダンブルドアは切に願っていた。

「この辺りで、しばらく休息を取ろう。ここなら安全じゃ。ここを拠点に調査をしよう」

 

先ほどから落ち着かなかった。頭の中がざわざわする。ダンブルドアは、シリウスとリーマス、他の何人かを連れて、周囲の調査に出かけていた。早く戻ってきて、みんな。胸騒ぎがする。
隅の方で石に腰掛けぼうっとしていると、ピーターがやって来た。

「……、」

そわそわと呼びかける彼に、どうしたのと尋ねる。

「あ、……ぼ、ぼく    見たんだ……エリック・ニルソンが…あっちの方にいるのを」

ピーターは、草の絡みついた古い門を指差す。は眉を寄せた。エリックがいる、ということは、やはり罠だったのか。

「あ、……し、死喰い人をやめたい、って……でもあの人に縛られてる、って……」
「どういうこと?」

確か、ニルソン家は純血を誇りとしていて、ヴォルデモートに従っていて、エリック自身はニルソン家を良く思っておらず    。そうならば、彼が死喰い人から離脱したいのも頷ける。

「ど、どうしよう?助けたほうがい、いいかな、……でも、じ、時間がないみたい……あの人が戻ってくる、って」

ピーターは落ち着かないように、荒々しく呼吸をしていた。
は迷った。罠、かもしれない。でも、エリックが罠を仕掛けるような人だとは思えなかった。
『グリフィンドールなら良かったのに』    学生時代に言った、彼。それに、もし罠を張るようなことをするなら、ダイアゴン横丁で会ったあの時に、何か仕掛けているはずだ。

「助けよう」
「ぼ、ぼく、他のメンバーに言ったらすぐに行くから、は、さ、さきに言ってくれる?」
「分かった」

は立ち上がった。

 

 

石門を潜り抜けると、薄暗い空間に出た。アーチ型に折り曲がった木のトンネルが続いている。なんだろう、嫌な汗が止まらない。服にべっとりと張りついて気持ちが悪い。引き返そうかと思った。しかし、何故か足が奥へと向いてしまう。心の中では行きたくないと思っているのに。でも、エリックを、助けなきゃ。気持ちを必死に奮い立たせて、杖を握り締めて歩みを進めた。
トンネルを抜けると、そこは小さな空間となっていた。
エリックは、何処に。そう考えた、刹那    

「ペトリフィカス・トタルス」

背後から低い声が聞こえたかと思うと、身体が石のようにぴたりとくっついて動かなくなり、バランスを崩し、地面に倒れた。杖が手元を離れ、吹き飛ぶ。
しまった。
頭だけは動くようで、は顔を上げ、呪文を放った相手を見やった。
黒いマント、赤い眼、蒼白な顔     ヴォルデモート。

、だそうだな」

ヴォルデモートは口元に笑みを浮かべ、を見下した。

「こんな小娘に我が術が破られたかと思ったが、そういうことなら頷ける」
「う、う……」

声が出なかった。口が動かない。

「フィンスター、我が僕よ。目覚めよ」

どうして奴が知っているのだろう。
ヴォルデモートは屈み、の頭をがしりと掴む。途端に、今までにない激しい頭痛が襲ってきた。

「う、あああああ……!!」

声にならぬ叫びを上げる。頭の痛みなのか、全身の痛みなのかさえ、判らなくなってきた。張り裂ける。身体がちぎれる。けれども、もがいてももがいても、その痛みは消えることはなかった。地で這いつくばるを、ヴォルデモートは冷ややかに見下ろしている。
そうして、次第に意識が遠退いていった。
だめ。ここで気を失っては、だめ。
本能的にそう察したが、あまりの苦痛に意識は保てなかった。
最後にが見たのは、ヴォルデモートの冷酷な笑みだった。

 

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07/12/16