シリウスは声を上げ、足を止める。隣を歩いていたソフィアも数歩遅れて立ち止まり、前を歩いていたジェームズとリーマスも、彼の異変に気づき止まった。視線の先には
「ニルソン!」
声を上げたのはジェームズだった。彼とシリウスの2人は目つきを厳しくさせるが、ソフィアはわけが分からず、え、と声を漏らした。
メドウズらの殺人事件があって以来、人通りの少なくなったダイアゴン横丁。そこには、ダンブルドアを支持するとまではいかなくとも、ヴォルデモートには味方しない者が多数いる。だから、闇の陣営側としても、ここで騒ぎを起こすことは避けていた。それなのに、死喰い人になったらしい彼が、こうして白昼堂々と歩いている。何のつもりだろう。何かあるのだろうか。偵察をしていた4人は、身構えた。
「よお、久しぶりだな」
64. nothing venture, nothing HAVE
踏み込まなければ得られないもの
逃げる風でもなく、動じる風でもないエリックに、シリウスは声を荒げる。
「お前、こんなところで何を」
「待て、シリウス
シリウスを窘めるジェームズに、エリックはさらりと「ああ」と答える。ソフィアは身を強張らせ、シリウスの腕を掴んだ。
「あいつから……から聞いたんだな」
「そうさ」
ジェームズも動じずに、エリックを真っ直ぐに見つめた。
「は、今、どこにいる?」
「どうして俺に聞く?」
「君なら知っていそうだからさ」
「ならもういない。知ってるだろ?あいつは、フィンスター・になった」
エリックは淡々と言い、シリウスの腕にしがみつくソフィアに視線を向けた。
「……ブラック。お前の恋人か?」
「今はそんな話をしている時じゃないだろ」
「へえ、美人だな。だからと別れたのか?」
シリウスが僅かに身体を震わせたのを、ソフィアは感じた。
「乗り換えるのが上手いことで」
「違う!」
シリウスは思わず叫んでいた。ソフィアは驚いて彼から手を離す。シリウスがこんな風に怒鳴る姿を、ソフィアは見たことがなかった。彼は、少なくともソフィアの前では落ち着いた雰囲気を見せることが多かった。けれども、それは、裏を返せば多くを語らない、ということになるのかもしれない。
いつも、感じていた。彼は、私には本心を語ってくれていないのでは、と。彼の背中から後ろへ一歩身を引いたソフィアは、彼との距離を感じた。手を伸ばせば届くのに、彼の心は遠い。
「分かってるよ。あいつが望んだことなんだろ?もっとも、そんなお前だから、あいつも冷めたのかもな」
シリウスは拳を握り締め、震わせた。何も返さないシリウスを、エリックは冷ややかな目つきで見やる。
「そういう君こそ、を好いていたみたいだけど?どうしてヴォルデモートに手を貸した?」
ジェームズは低く尋ねた。エリックは冷淡な視線をジェームズに向ける。
「俺はあいつのことなんて何とも思っちゃいない。ただ、あの時は暇つぶしに遊んでみただけさ」
「そんなお前がシリウスのことを言えた義理か?」
「俺は、べつにブラックを責めてるわけじゃない。事実を言ったまでだ。まあ、もっとも、もか。知ってるか?あいつに会った時に、付き合わないか、って言ったんだ。そうしたら、すぐに頷いたぞ」
「嘘だね」
ジェームズは考えることなく言った。
「恐らく、フィンスターがいるからお前も知ってるだろう。の『事情』。それがあるから、は絶対にイエスとは言わなかっただろう。第一、はそんなに簡単じゃない」
「ずいぶんあいつを買いかぶってるんだな」
「買いかぶりじゃないさ。実際に、はそうだから。だから、大好きなんだ」
エリックは顔をしかめた。ジェームズはそれを見逃さなかった。
「取り戻したいんだ、を」
「無駄だ」
「やってみなければ分からないだろ。会わせてくれ」
ジェームズとエリックは互いに睨み合い、数秒沈黙が流れた。やがて、エリックがふっと鼻で笑う。
「いいだろう。死ぬ気なんだな?なら、俺の方も好都合だ」
エリックは冷たい目で彼らを一瞥した。
「死ぬ覚悟があるなら、ついてこい」
ダイアゴン横丁を抜けた先にある小さな広場で、3人はエリックが戻るのを待った。ソフィアは、帰した。彼女は自分も残ると主張した。それを、3人に「絶対にだめ」と反対されたので、渋々戻って行った。けれど、そもそも、横丁を偵察することになっていたのはジェームズ、シリウス、リーマスの3人だったが、彼女も共に行くと言って聞かなかったのだった。シリウスが心配なのだろう。リリーも、もしお腹に子を宿していなかったら、共に行くと切り出していたに違いない。
「結構危ない橋だよね」
リーマスは独り言のように呟く。
「まさかヴォルデモート直々に来ることはないと思うけど、死喰い人に周りを囲まれたら、相当不味いよ」
「だから、帰ってもいいよ、君らは」
ジェームズの言葉に、冗談だろう、とリーマスとシリウスの声がそろった。
「お前を一人になんてしておけないだろ」
「へえ、泣ける台詞だね」
「危なっかしい、ってことだよ」
シリウスの言葉に、ジェームズは笑みを浮かべてみせる。本当は、不安も恐怖もいっぱいだったけれど。ただ、どこかで飛び込まなければ、彼女を取り戻せないような気がした。それに。
「僕は、思うんだ。エリック・ニルソンはきっと、僕たちと同じことを考えてる、って」
どういうこと、とリーマスは口を開きかけた時に、待ち人が現れた。
久しぶりの『彼女』の姿を見て、3人は息を呑んだが、杖はしっかりと握り締めていた。
しかし、明らかに瞳は彼女のものではなく、闇の色に染まっていた。
「愚かだな。ニルソンから始末をして欲しい者たちがいるというから来たが、お前たちとは」
低く、フィンスターは言った。の声であるはずなのに、彼女の声には聞こえなかった。
「
ジェームズは杖を真っ直ぐに向ける。フィンスターはそれを見、目を細めた。
「身体などよりも、意思の方が重要ではないか?容れものだろう、身体などというものは」
「意思だって、のものだ」
フィンスターは大袈裟にため息を吐いてみせた。
「私としても不本意なのだ、こんな小娘の身体を借りるなど。しかし、使い勝手は悪くないな。力ももとの私のままだ。さらに、この姿で油断する者は多い。お前たちのようにな」
フィンスターが杖を取り出した瞬間、空気が張り詰める。ジェームズの額には汗が滲んでいた。
「お前たちの死体を持って行けば、卿もお喜びだろう。ニルソンとかいう男も、良い好機を作ってくれた」
「そうだな」
シリウスが、フィンスターの背後にちらりと目をやり、言う。
「俺たちの、な」
「何?」
彼のその視線に気づき、フィンスターは背後を振り向く。その刹那、光線が彼の身体に当たった。
「くっ!」
フィンスターは片膝を地面につかせる。光線が放たれた方向から、人影が現れた。ソフィアが、うまく彼に事情を話してくれたようだ。
「直撃を咄嗟に避けるとは、さすがじゃの」
顔を歪めるフィンスターは、ダンブルドア、と呟く。彼は、フィンスターのもとへ歩み寄り、杖を向けた。
「殺せるのか、私を」
「必要とあらば」
不敵に笑むフィンスターを、ダンブルドアは表情一つ変えず見下す。彼らのやりとりを聞いていた3人は顔を強張らせるが、声が出なかった。ダンブルドアの油断ない空気に、動けなかった。
「じゃが、今はまだそうはせん」
フィンスターは鼻であしらう。
「甘いな。いつか命取りになるぞ」
「どうかの」
ダンブルドアは小さく言って、すかさず失神呪文を唱えた。
フィンスターは倒れたが、その直前まで彼の顔には笑みが浮かべられていた。
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07/12/18