一瞬、その場にいた誰しもにとって、時が止まったように思えた。動くことができなかった。その中で、リリーは自分に意識があることを不思議に思い、そっと目を開ける。
足元に倒れていたのは、だった。
67. HOPE springs eternal
ひとはひとであるかぎり、希望を抱くもの
「!?」
リリーは屈み込む。はぐったりとして動かなかった。
誰もが
それを見届け、ダンブルドアはふうとため息を吐く。なんとかこの状況を脱することができた。誰かの犠牲を考えたが、皆、無事のよう
「リリー!」
ジェームズの悲痛な声を聞き、ダンブルドアははっとして振り向く。倒れ込むの周りに集まった彼女の親友たちだったが、リリーが自らの腹部を抱え込むようにして、横に倒れていた。
ダンブルドアも急いで駆け寄る。リリーの顔は汗で濡れていた。
「医者を!」
ダンブルドアに言われ、シリウスは頷いて駆け出した。全身がどくんどくんと脈打っていた。
リリーは腹部の痛みに耐えながら震えていたが、の方はぴくりとも動かなかった。
「先生、……」
呟いたリーマスに、ダンブルドアはどうすることもできなかった。
しかし
「望みは、ある……上へ運ぼう」
乱れた机を直しながら、ジェームズ、シリウス、リーマス、ピーターは医者の治療を待った。
誰もが口を開かず、無言でいた。上の階はばたばたと騒がしい。しかし、漏れ鍋から逃げて行った者たちが戻って来ることはなかった。
やがて、部屋の中が元通りになり、誰が言い出すのでもなく4人は中央の机に腰かけた。先ほどまでこの場所で起こっていた事態が、未だに信じられない。その中で、頭を抱えながらジェームズが口を開く。
「……迂闊、だったね……考えが浅はか過ぎた
彼がこれほど自分を卑下することは、珍しかった。余程後悔しているのだろう。フィンスターを捕らえたつもりになっていたこと、リリーにそれを話し、奴と会わせたこと。何よりも、奴の演技を見破れなかったこと。激しく悔やんでいた。しかし、その考えはシリウスにもリーマスにもあった。
「ポッター」
不意に低い声が聞こえ、ジェームズは顔を上げる。ムーディが階段の踊り場に立っていた。
「……目を、覚ましたそうだ。母体も子供も無事らしい」
「本当ですか!」
ジェームズは勢いよく立ち上がり、ムーディが「行ってやれ」と言うのと同時に走り出した。
「
彼の足音が聞こえなくなってから、ムーディは切り出す。
「の方だが……峠は越えたそうだ」
え、と漏らした3人の声が、きれいに調和する。
「まさか、……だって
シリウスは独り言のように、呟く。
今度ばかりは本当に、彼女は死んでしまったと思った。もう駄目だ、と。いや。心の何処かでは、助かると信じたかったのかもしれない。でもその希望が断たれたときのショックを和らげるのに、死んでしまうかもしれない、と思い込もうとしていた、……。
「わしも驚いている。ヴォルデモートが『アバダ ケダブラ』と口にはしつつ、実際は別の呪文を唱えていたのかもしれんし
ムーディは小さくため息を吐いて、それに、と続ける。
「言うのは酷だろうが……が意識を取り戻して、もしフィンスターであれば、
今度こそ殺す、ということか。
ピーターはしばらく一人になりたいということだったので、シリウスとリーマスの2人で、の眠る部屋を訪れた。扉を開けると、中にはダンブルドアが深妙な面持ちで椅子に腰掛けていたが、2人に気がつくと、微笑した。
「先生……の様子は?」
リーマスがそっと尋ね、シリウスは扉を閉めた。
「うむ。良くも悪くもない。見ての通りじゃ」
「どういうことなんでしょう。殺人呪文を受けたのに」
先ほどシリウスがムーディに問うたことと同じことを、リーマスは尋ねた。ダンブルドアは分からん、と答える。そして、立ち上がった。
「死んだのは、フィンスターの意識」
ダンブルドアは短く言った。リーマスとシリウスは、彼のその後の言葉を待つ。
「そう、思いたい」
そうでなかったら?とは、2人とも尋ねられなかった。尋ねずとも感じていた。死んだのは、の意識でもあり、フィンスターの意識でもある。しかし、身体だけが生き残ったまま。そうなれば、が目を覚ますことは二度と、ない。
ダンブルドアはそっと部屋を去った。2人はしばらく無言で、横たわるを眺めていた。
目が覚める保障はない。目を覚ましたとしても、『』である保障はない。
「ただ
リーマスがぽつりと漏らす。
「なんだか、今にも起きて、『おはよう』なんて言いそうなのに」
そう言いながら、リーマスは右手を伸ばし、そっとの頬に触れた。
冷たくは、なかった。しかし、温かくもなかった。
「きっと……『フィンスター』の中に眠ってたが、本能でリリーをかばったんだ」
噛み締めるように言ったリーマスに、シリウスはそうだなと小さく答える。リーマスはゆっくりと右手をもとに戻した。
「シリウスは、戻ったら?」
「え?」
リーマスの言葉の意味が分からず、シリウスは彼を見つめた。リーマスは微笑する。
「ほら、ソフィア。心配してるんじゃない?」
いろいろなことがあったとは言え、彼女を忘れていたことを、シリウスは恥じた。最低だな、本当。
けれども、こんなに乱れた気持ちで、彼女とは会えない。かつての友人が、目の前に眠るが、こんな状態なのに。リリーの容態もまだ完全に良いとは言えないのだから。
「俺は……俺も、まだ……ここにいる」
シリウスが言うと、リーマスは笑みを消した。
「のことは、僕が看てるから」
「こんな状態で戻れないだろ」
「どんな状態?」
シリウスは詰まる。
「が?それとも、君が?」
「……両方、だよ」
そう答えたシリウスを窘めるように、リーマスは彼の名を呼ぶ。
「
リーマスは強い瞳でシリウスを見た。彼は時折こんな目をする、……そうシリウスは思った。
「もしそれができないなら、彼女と別れることだね」
「……俺は」
シリウスはリーマスから目を逸らし、小さな声で言った。
「ソフィアになら本気になれるって、思った」
廊下でムーディの声が聞こえたが、ここにはやって来なかった。彼の声が止むと、リーマスはふうと息を吐き、シリウスの背を軽く叩く。
「悪かったね。自分の気持ちに決着をつけるのは、まだで良いよ。でも、いずれはきちんとしないと」
リーマスは、目を閉ざしたままのを眺め、続ける。
「……解ってる。解っては、いるんだ」
でも、どうにもできない。どうしたらいいのか、どうしたいのか、わからないんだ。
シリウスが僅かに目を伏せるのを見て、リーマスは胸が痛むのを感じた。
いずれにしても、誰かが深く傷つく道しか、ないんだ。
いや。既に皆傷ついているかもしれないなと、リーマスは感じた。シリウスも、ソフィアも。も。互いに互いを傷つけあって、そして何より、自身を傷つけている。
リーマスは、ぽんとシリウスの肩をもう一度叩いた。
「君のしたいようにすればいい。誰かを傷つけることになっても、嘘を吐いたままに仮面をかぶって接しているよりは、辛くても真実を見せた方がいい」
そうだろ、。
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07/12/19