リーマスが去った中、ぼんやりと椅子に腰掛けていたシリウスは、はっと背後を振り返った。ジェームズが部屋に入って来た。
「ご覧の通り。目を覚まさない」
「生きて……るんだろ?」
ジェームズは独り言つように呟きながら、の頬にそっと触れた。温もりはない。けれど、死人の冷たさではない。よく見ると、彼女の胸は微かに上下していた。そのことに、ほっと安堵する。
67. HOPE springs eternal
やみのなかのひかり ひかりのなかのやみ
「リリーは?」
「ああ、無事さ。ただ、もしかしたら早産になるかもしれない、って」
「そうか」
良かったな、と言いかけて、シリウスはやめた。果たして、本当に『良かった』と言えるのか。
「意識も、もう少ししたら戻るだろうって」
ジェームズはベッドの端に腰掛けて、の様子を探った。
「……の方は、なんて?」
「分からないって。目を覚ますのか、……ずっとこのままなのか」
「でも、心臓は動いているんだ。だったら、目を覚まさないにしても、何かしら方法はあるはず」
「そうだといいな」
「だといいな、って。シリウス、お前、に戻ってきてもらいたくないのか?」
「そういうわけじゃない」
「あ、ニルソンが言ったこと、気にしてるんだろう。が君のこと冷めた、とかって」
「そうじゃない、」
「実際のところは、に聞いてみなきゃわからない。聞いてみなよ、目を覚ましたら。に」
「……」
「でも、解ってるんだろう?は『あの事情』があったから、僕たちから一度は離れたんだ。だから、本当は
ジェームズは立ち上がる。
「変わらないものだって、ある。うつろわないものだって」
まあ、僕の希望でもあるかもしれないけど、とジェームズは明るく言ってみせる。
「ところで、君に頼みごとがあってさ」
ホグズミード、騎士団本拠地。その廊下に、おぎゃあという産声が響き、ジェームズはぱっと顔を上げた。あの出来事から既に10日の月日が流れた。あの時倒れたリリーは、大事には至らなかったが、結果的に早産となった。
「おめでとう。元気な子ですよ」
部屋から出てきたポンフリーが抱えた小さな赤ん坊を見て、ジェームズだけでなく、シリウスもリーマスも顔を綻ばせる。最近の暗い状況の中で、唯一の、喜ばしい出来事だった。
「あら、みんないたのね」
部屋に入って来た、赤ん坊を抱いたジェームズと、シリウスとリーマスを見、リリーはけろりと言った。とても出産直後の状態とは思えないほど、彼女ははつらつとしていた。
「じっとしていられなくて、ね」
リーマスの言葉に、そうそうとシリウスは頷く。
「ジェームズの奴がうるさくてうるさくて」
「何とでも言ってくれ。今は最高に幸せな気分だから、全部許すよ」
ジェームズは赤ん坊を抱いた腕を、そっと左右に揺らしながら笑った。
「……ピーターは?」
彼の姿がないことに気づき、リリーは尋ねる。ホグワーツ時代も、卒業後騎士団を結成してからも、彼はこの3人と共にいることがほとんどだった。その彼だけが、今はいない。
「ああ、朝からいないんだよ。それに、このところぼうっとしてるし」
リーマスの答えに、そうなのとリリーは言う。あの出来事以来、ピーターの様子がおかしいことには皆気づいていた。それを彼に尋ねても、曖昧な返事しか返ってこなかったけれども。
「……名前、決めたのかい?」
リーマスが尋ねると、ジェームズはシリウスの顔を見てにこりと笑った。
「ああ、もちろんさ」
リーマスとリリーは、とりわけリリーは期待を込めてジェームズを見た。
「ハリー。ハリー・ポッター。良い名前だろう?」
ハリー。口の中で繰り返して、リリーがそうねと満面の笑みを浮かべるのを見て、シリウスは内心ほっとするのと同時にくすぐったくなった。
「ハリー」
ジェームズはつん、と赤ん坊の頬に手を当てた。すやすやと眠っている。
「良い名前を思いついたのね」
「あいつに頼んだんだ」
「あいつ?」
「シリウスに」
ジェームズは、赤ん坊から妻に視線を向けた。
「ハリーは、僕らの光であり、絆でもある。だから、僕自身がつけるよりも、あいつに頼みたかった」
「そう」
「怒る?」
「どうして」
「子供の名前くらい考えられないの、って」
くすくすと笑いながら、怒らないわよ、とリリーは言った。
「もう一人子供ができたら、君がつけてくれ」
「気が早いわね」
「女の子もいいなあ、今度は」
「それなら、私はに頼むわ」
リリーは何とはなしに言ったが、ジェームズははっとした。依然として目を覚まさない彼女の名を、リリーの前では避けてきた。
「私、見たの。私をヴォルデモートからかばってくれたのは、間違いなくだった。あの横顔、あの一瞬を、私は今でもはっきり憶えている」
「……そう」
「かならず、戻ってくる。は、かならず」
横たわるの姿を、沈痛な面持ちで眺めるダンブルドアの姿を見たことのあったジェームズは、何も言えなかった。その願望は、誰にでもあった。ただ、それが成就される可能性はどれほどなのか、はっきりとは感じ取れなかった。
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07/12/19