は、自分の無事を知らせようと、この本拠地で一番大きい広間へ向かった。扉を少しだけ開けると、憂いの表情を浮かべるダンブルドアの姿が目に入った。深刻な顔をしている。彼のそのあまりにも深い表情で、は出直そうかと考えたが、声が中から飛んできた。

「誰だ!」

ムーディだ。僅かな隙間から、ダンブルドアがこちらを振り向くのが見える。戸を押して部屋に入った途端、ムーディに杖を向けられ、はたじろいだ。ハグリッドやマクゴナガルの姿もあった。本当は懐かしさに浸りたいところだったが、こう杖先を向けられてはそうもできない。

「あ、の……私」
「フィンスターか!?」

ムーディが声を張り上げると、ダンブルドアはそれを手で制してをじっと眺めた。

 

69. LIFELINE
そばにいるひとたち

 

「私     本当の、私です。フィンスターなんかではなく」
「証拠は?」

ムーディはすかさず詰問する。証拠、と言われても。が閉口していると、ダンブルドアが尋ねた。

「では、聞こう。わしの好きな飲みものはなんじゃろう?」

ダンブルドアの好きな飲みもの。はっきりとは分からなかったが、は答えた。

「レモンティー、でしょうか。昔、校長室の暗号だった記憶があります。それに、私が部屋でレモンティーを出すと、先生は美味しいと言ってくださいました。そういえば、その時レモンティーが好きだ、とも」
「その通り。あの酸味と甘さのハーモニーが何とも言えん」

ダンブルドアはにこりと微笑む。ああ、彼のこの温かさ。懐かしい。つられても表情を緩ませた。

「アラスター、どうじゃ?」
     良かろう」

ムーディはすっと杖を下ろした。はようやく緊張感から解放され、まずは成すべきことを、した。

「先生……すみませんでした    私、本当に、ご迷惑をかけてしまって……」
「そんなことを言ってくれるな」

が頭を下げると、ダンブルドアは優しく言った。ゆっくり顔を上げると、彼の姿が近くにあった。

「よう戻ってきてくれた。心から嬉しく思う」

ダンブルドアはそっと、両手をの肩に置く。マクゴナガルは手で顔を覆い、ハグリッドは顔をくしゃくしゃにして涙を流した。なんと温かい人たちだろう。私の周りにいる素晴らしい人たちは、友人だけではないのだなと、は噛み締めた。

 

それからは、慌しい日々が続いた。もっとも、以前から騎士団は忙しい毎日を送っていたのだろう。
が罪に問われることは、なかった。ダンブルドアが事情を精密に魔法省に話してくれたのだ。省は疑心を抱いていたようだったが、ダンブルドアに頼りきりであったため、最終的には彼の言葉を信用した。ダンブルドアは、「君が罪の意識に苛まれる必要はない」、とも言ってくれた。
それにしても、彼はすごいなと思う。ホグワーツで校長という立場を続けながら、騎士団にもほぼ毎日顔を出している。疲れはないのだろうか。そう考えて、彼の顔をちらりと盗み見たことがあった。いつものように、穏やかな笑みを浮かべている。けれども、その瞳の奥に小さな翳りが見えような気がした。何とかして、彼の負担を和らげたい。も、情報収集など、騎士団の任務に力を入れた。



「あれ?みんな、いないね」

扉を開け部屋に入ると、読書をしていたリーマスは顔を上げた。騎士団本部内の、一部屋。自然と6人が集まるようになった場所だった。任務がない際は、自然とここに足が向く。

「ハリーのところだよ、3人とも」
「3人?リリーと、ジェームズとシリウス?ピーターは?」

さあ、と答えるリーマスにそう、と相槌を打ち、は彼の向かいに腰掛けた。最近、ピーターの姿を見ないことが多い。あまり具合が良くないということで、聖マンゴに通っているらしい。心配をして、一緒に行くよとジェームズたちも声をかけたが、彼は気を遣わせるのが嫌だと同行を断わった。具合が悪いといっても、頭痛がするだけだと言うけれど。大丈夫だろうか。

「リーマスは行かないの?」

そう尋ねると、彼は本をぱたんと閉じ、にきちんと身体を向けて座りなおした。邪魔をしてしまったかなとは思ったが、彼は笑みを浮かべていたので、ほっとした。

「だって、付き合いきれないんだよ。あの2人の親馬鹿っぷりに」

たしかに、とも笑った。
2人。ジェームズとシリウス。ハリーの名付け親であるシリウスも、ハリーのところへ赴く回数は多い。

「案外、リリーが一番冷静だもんねえ」

言いながら、はリリーの様子を思い返した。
『ちょっと、2人とも!あまりハリーにべたべたしないでちょうだい!教育上良くないんだから!』
ジェームズとシリウスが反省したのは僅かな間だった。

「そうだね。リリーがいなかったら、ハリーはどんな子になってるか」

くすくす、と2人は笑い合う。

「シリウスもハリーにつきっきりだし」
「それは、が構ってあげないからだよ」

は背筋を硬直させる。頬がかっと熱くなるのを感じた。

「リーマス、なに言って……!」
「あはは。相変わらずだなあ、は」

どう相変わらずなのだろう。今だけはリーマスの笑顔が恨めしいと、は思った。

「こうハリーにべったりだと、ハリーに妬かない?」
「私が?まさか」
「そうかなあ」
「それに、ホグワーツにいたころのシリウスを思えば、全然」
「あ、それじゃあ、学生のころは妬いてたんだ?シリウスの、周りの女の子に」

はぐっと詰まる。顔が再び熱くなった。

「……もう、リーマスには口では敵わないなあ」
「それ、褒めてるんだよねえ?」

もちろん、と答えると、リーマスは笑ったが、しばらく間を空けてからそっと口を開いた。

     シリウス、ソフィアと別れたみたいだよ」
「うそ」

は思わず声を荒げる。

「だって、そんな……シリウス、一言も」
「それはそうだよ。『ソフィアと別れたんだ』なんて言ったら、気を遣うだろう、

ああ、何ということだろう。このところソフィアの顔を見ないと思ったら、そんなことがあったのか。
どうしてだろう。胸が痛い。きっと、彼女の本心を痛感していたからだ。いかにソフィアがシリウスを愛していたか。私が嫉妬さえするほどに。だから、ソフィアの無常観が解る。
私、強くなりたい。この呪われた身体のことなんて笑い飛ばせるくらいに、強く。
    そうだ、そういえば、リーマスにはまだ言っていなかった。

「リーマス……あの、    聞いてると思うけど……私」
「分かってるよ」

を遮り、リーマスは優しく言った。

「どうして君が僕たちから離れたいと言ったのか、だろう?」
「……ごめんね。黙っていて。私……みんなと同じ道を歩めないなら、いっそ離れていようって思った。その方が楽に違いない、って」
「僕たちの道は、はじめから別々だよ」

リーマスの言葉に、は顔を上げた。

「どんなに親しくても、同じ道を共に歩くことはできない。人生なんてそれぞれのものだから」

でも、こうして。リーマスは机の上に両手を載せ、広げた。そして軽く手招きをする。そろそろとも同じように両手を出すと、リーマスが手を伸ばしてきて、ぎゅうと握られた。

「手を取り合うことはできるんだ。たとえ君がどんな身であれ、僕が狼人間であれ、ね」
「リーマス」
「だから、あんまり深刻に考えたら駄目だ。表面上のことなんか関係ないんだから。もしジェームズやシリウスがそれを気にするような奴らだったら、僕は彼らと一緒にはいないよ」

あ。    そう、だ。リーマスだって悩んでいるのに。月に一度、大きな苦痛を味わっているのに。私独りだけが悲観的に不安がって、恥かしい。

「そう……そうだよね、ごめん」

握った彼の手から、温もりが伝わってくる。

「リーマスの手、綺麗だね」
「そうかなあ。傷だらけだよ」
「ううん。きれいだよ。ピアノとか楽器が似合いそう」
「はじめてみようかな」

再び笑い合っていると、いつの間にか開かれていた部屋の扉から、声が聞こえた。

    お前ら、何やってるんだ?」

はっとしてそちらを見ると、シリウスが腕を組んでしかめっ面で立っていた。は慌ててリーマスから手を離し、机の下に持っていく。

「語り合ってたんだよ、ねえ?」

は曖昧にうんと返事をする。シリウスは変わらず顔をしかめたまま、腕を解き、戸を閉めた。

「シリウス、ハリーのところじゃなかったのかい?」
「追い出されたよ」

愛敬なく答えて、シリウスはリーマスの隣に座る。

「何かしたの?」
「するわけないだろ」

の問いにもぶっきらぼうに答え、シリウスはテーブルの上に肘をつき、顎を載せた。ハリーのもとを追い出されたから不機嫌なのかと考えると、少し苛立ちのようなものが込み上げてきて、は言った。ああ、やっぱり私、ハリーに妬いてるのかも。

「それは残念だったね。可愛いハリーの傍にいられないんじゃ」

シリウスは眉を寄せ、リーマスは噴き出しそうになるのを堪えていた。

「なんだよ。なんで怒ってるんだ?」
「怒るなんて。滅相も御座いません」

まあまあ、とリーマスが間に入り、穏やかに言う。

は、焼餅を焼いてるんだよ。シリウスがハリーにばっかり構ってるから」
「ち!ちがうってば、リーマス!」
「ほーう」

にやりと笑うシリウスに、は頬を紅潮させた。

「リーマス、誤解を招くような言い方は、」
「あれ、誤解だったの?それじゃあ、学生時代に他の女の子    
「リーマス!」

は声を上げた勢いで立ち上がる。

「何だよ、学生時代って」
「何でもない」

シリウスの問いに口を開いたリーマスを遮って、は素早く言った。リーマスはとうとうお腹を抱えて笑い、シリウスは眉をひそめ、は頬を赤くさせ、リーマスを睨んだ。

「あ。そうだ、僕、フランクに用事があるんだった」

リーマスは言い、席を立つ。
ちょっとちょっと。そうやって結局逃げる気!は立ち尽くしたまま、内心で力いっぱい叫んだ。

 

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07/12/22