「何なんだよ。学生時代のこと、って」
「シリウスの悪口」
「何だって?」
「嘘だよ。シリウスの悪口なんて、言ったら限ないし」
「お前なー」

    楽しい。冗談を言って笑いあえたあの日々が、戻ってきた気がした。

 

70. LOST and GONE
背をみせた君の後ろ姿が目に焼きついて離れない

 

    シリウス。一つ、聞いてもいい?」
「その質問でもう一つ分だよな」

思わぬところを突かれ、は眉根に皺を寄せる。シリウスはくつくつ笑って、「何だよ」と尋ねた。さっきの復讐のつもりだろうか。まったくもう。大事なことを聞こうとしていたのに。
は軽く息を吐き、気分を変えた。

「……ソフィアさんと、……別れたって、本当?」

シリウスは顔を歪ませ、リーマスの奴だなと不満げに漏らした。

「彼女、どうし    
「質問は一つだけだろ」
「でも、シリウス、……」
「何も言うなよ」

シリウスは、頑なに言った。

「何も、聞くな」

でも。納得がいかない顔をしているに、シリウスは言った。

    一つ言うなら、平手打ちを食らった」
「うそ」
「本当なら……どんなに殴られてもいいようなことを、俺はしたんだろうな」

彼のその言い方が切なくて、は胸がちくりと痛むのを感じた。何だろう、この痛みは。
『シリウスは、誰よりも愛情を求めてるんだ』、以前、ジェームズが言っていたっけ。
『僕らが当然に受けてきた親の愛を、あいつは知らない。だから、かもしれないね』、……。

それでも、シリウスは私を好いてくれているというのに、    まだ、素直に言えない。一緒に歩いて行こう、と。ソフィアにも申し訳ないような気持ちになった。
リーマスが言っていた通り、人にはそれぞれ歩む道があるのだから、共に進むことはできない。けれども、手を取り合って共に生きよう、とは言える。ジェームズと、リリーのように。
でも、まだ    私には、その勇気が、いや、強さが、ない。どうしても、この身体でシリウスの隣にいる私の未来が、想像できない。
ごめんね、シリウス。もう少し、待って。もっと強くなれたら、そのときは     

 

 

『ソフィアさんと別れたんだって?』

先ほどのの問いが、シリウスの脳裏に蘇る。
窓から空を仰ぐと、そこには満ちているには歪な形の月が浮かんでいた。もうすぐ満月だなと考えながら、ベッドに仰向けに倒れ込む。
    ソフィアに叩かれた左頬に、触れた。まだ感触が残っているような気がする。

 

「話があるんだ」

真剣に言ったシリウスの目を見て、ソフィアは瞬時に察した。

    別れよう、って言うんでしょう?」

シリウスは驚いて目を見開かせた。

「どうして」
「どうして分かったのか?だって、シリウス、そういう顔してるもの」

『彼女』がいなくなり、先日再び戻って来た。その時から、シリウスが以前とは違う表情をするようになった。それまでは張り詰めていた彼の表情が、緩むことが多くなった。瞳に光が戻ったような。

「はじめから、そう。私と付き合い始めた時から、シリウスはいつも遠い目をしてた」
「ソフィア、」
「はじめから、シリウスの中に私の居場所なんてなかったのよね。そもそも、あなたにとっては、『付き合って』すらいなかった。だから、『別れる』ことなんてしなくていいのよ」
「ちがう!俺は    ソフィアには、本気になれると……思ってた」

シリウスは僅かに顔を俯かせる。過去形なのねとソフィアは内心で自嘲的に笑った。

「私は……本気だわ、あなたのこと。いつだって、本気だった!」

ソフィアは叫んだ。拳をぎゅうと握り締める。想像していたよりも、辛い気分ではなかった。大丈夫。私は大丈夫。頭も冷静に働いている。

「解ってたもの……あなたが、はじめから私を見ていない、って」
「俺は」
「気づいてた、シリウス?あなた、さんとは絶対目を合わせないようにしてた」

え、とシリウスは声を上げる。やっぱり、気づいていなかったのね。

さんの方には視線を向けないようにしていたわ。まるで、昔の傷を隠すように」

そうなのだろうか。そうなのかもしれない、とシリウスは思った。を見れば、痛みが蘇ってくるから。『冷めた』、と言われた、あの言葉。彼女はもう自分のことなどどうでもいいのだ、と。

「だから、いいの」
「……え?」

シリウスが問い返した途端、ばちんとソフィアの右手が飛んできた。シリウスは頬に痛みを感じたが、それ以上に目の前の状況が把握できずにいた。平手打ちをされたのだと理解するのに、しばらくかかった。

「このままじゃ、私もあなたも、幸せになれないもの」

ソフィアはくるりとシリウスに背を向ける。

「おい、ソフィ    
「ぜったいに、シリウスよりすてきな男の人を見つけて、幸せになってみせるから」

俺より良い奴なんて、と言いかけて、シリウスはその言葉を胸にしまった。

「だから、シリウスも、……悔しかったら、幸せに、なって」

あとは言葉を紡ぐことができず、ソフィアは涙を流した。シリウスは震える彼女の肩を見、そっと言う。

「ごめん、な    ありがとう」

馬鹿、謝らないで。ソフィアは胸の中で毒づき、シリウスの足音が遠ざかって行くと、膝を折って泣いた。

 

 

(本当……最低だよな、…俺は)

ソフィアの後ろ姿を思い出し、シリウスは胸が痛くなった。彼女のお陰で気づくことができたことが、たくさんあった。彼女になら本気になれるかもしれないと思った。それは、本当なんだ。

(ソフィア。お前ならきっと、幸せになれる)

そうなってほしい。
俺はどうかな、とシリウスは苦笑した。

 

 

まだ午後になって間もないというのに、真っ暗で、激しい雨が降っている。6人の集会所となっていた部屋で、はぼんやりと窓の外を眺めていた。ジェームズとリリーのハリーをあやす声や、シリウスとリーマスのチェスゲームをする声を聞きながら。
でも外は、雨、雨、雨。

    何だろう、今日は。身体がだるくて何もやる気が起きない。本当だったらチェスに加わりたいのだけれど。楽しげな声が耳に入りつつも、はそういう気分にはなれずにいた。この雨のせいだろうか。

突然ばたん、と扉が開かれる。部屋の中はしんと静まり返り、もそちらへ視線を移した。
アリス・ロングボトムだった。同じ騎士団員で、闇祓いでもある彼女だったが、気さくな女性でも好感を持っていた。しかし、今のアリスの表情は浮かないものだ。彼女はいつもよりもぐっと声のトーンを落とし、言う。

    死喰い人を捕らえたわ」

 

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07/12/22