「ジェームズ、リリー。少し話をしたいのじゃが、良いかの」

ベッドの中のハリーをあやしていたジェームズも、その隣にいたリリーも、振り返る。ダンブルドアがいた。もちろんですとジェームズが答えると、彼は微かに笑い、2人の隣へ歩み寄る。

「ハリー、そしてネビル。すくすく育ってくれるじゃろう。この情勢の中で生まれた、強い子じゃ」

ネビル・ロングボトム。ハリーと同じ時期に産まれた、アリスとフランクの子。
なんだろう。ジェームズは、ダンブルドアのまとうぎこちない雰囲気が、嫌だった。そうですねと答えながらも、ジェームズは眉を寄せてしまう。その彼の様子に、用件を伝えようと、ダンブルドアは語り始めた。

 

72. Joker in the Pack
みらいのこと

 

「予言、ですか」

ジェームズはすやすやと眠る我が子を見つめた。リリーは不安そうな表情を見せ、ダンブルドアは低くうむと唸る。

「そして、ヴォルデモートが僕らを狙っている、と」

ヴォルデモートを打ち破る力を持った子供が、7月末に生まれる。ヴォルデモートに三度抵抗した両親のもとに。ダンブルドアは、ある者からその予言を聞いた。そして、予言を盗聴した死喰い人が、それをヴォルデモートに伝え、ジェームズたちを、ハリーを狙っている。そのことは、ダンブルドアがスパイから聞き出した情報らしい。

「ですが、それならば、ネビルも予言に当てはまるのでは?」
「彼らにも事実を伝え、身を隠すように勧めた。しかし、ヴォルデモートが執拗に付け狙っておるのは、どうしてか君たちじゃ。君らも身を潜めるべきじゃろう」

ジェームズは再び押し黙る。ダンブルドアは続けた。

「安全な場所には心当たりがある。忠誠の術も用いれば、いくらヴォルデモートとは言え、君たちを見つけることは容易くなかろう」
「忠誠の術……秘密の守人、ですか」

ダンブルドアは、ジェームズを見据えた。

「わしが秘密の守人になろう」

いや、駄目だ。ダンブルドアは、騎士団になくてはならない人物。万が一、彼を失うようなことがあったら、この世に光はない。ジェームズは首を振った。

「とてもありがたいんですが、……やっぱり駄目ですよ、先生は」

それならば、一体誰にこの役目を背負わせる?秘密の守人になれば、死喰い人に狙われるのは必須だ。命の危険さえある。

「俺がやろう」

声と共に開いた扉を、ジェームズとリリー、ダンブルドアは見つめた。入ってきたのはシリウスだった。

「悪い、立ち聞きした」

シリウスは笑みを浮かべてみせる。ジェームズもそうしたかったが、できなかった。
シリウスは何と言った?『俺がやる』、だって?冗談じゃない、そんな役目、任せられるか。

「だめよ、シリウス」

それまで沈黙していたリリーが言った。シリウスは首を振り、戸を閉める。

「俺以外に適任がいるか?足が速くて口も堅くて、頭がいいやつ」

シリウスの明るい口調にも、ジェームズとリリーは笑えなかった。友人を危険な目に遭わせたくはない。

「心配なのよ、シリウス」
「大丈夫。お前たちのことは、何があっても売りはしない」
「そういうことを心配しているわけじゃないわ。あなたの身を案じているのよ」
「信用しろよ、リリー」
「信頼してるわよ。でも、それとこれとはべつ。それに、のことは?また離れてしまうことになるわ」

シリウスは一瞬笑みを消すが、再び明るく答えた。

「死ぬわけじゃないだろ。また、戻って来るって」

リリーは閉口する。沈黙が部屋を包んだ。
信頼、か。ジェームズは胸の中でぽつりと呟いた。たしかに、僕は、誰よりもこいつを信頼している。そして、こいつも僕を同じくらい信じてくれている。いつだって、危ない橋を渡ってきた時には、シリウスが傍にいた。それが、堪らなく心強かった。そう。そうか、それならば。それなら    
決心をしたようにジェームズは軽く息を吐き、言った。

「シリウス、たのむ」
「ジェームズ、そんな」
「大丈夫さ、リリー。シリウスの逃げ足の速さは、僕が保障する。こいつ以外には任せられない」

リリーは押し黙るが、シリウスは表情を緩めた。

「ダンブルドア先生、シリウスに頼みます」
「……ああ。分かった」

絆、か。教え子を危険な役目にさらしてしまうことは忍びない。しかし、それと同じくらい、ダンブルドアは彼らを微笑ましく、たくましくも思った。
きっと、彼らなら、この暗い情勢を乗り切ることができるだろう、と。

「ただ、ひとつ。約束をしろ」

ジェームズはシリウスに向かって、真っ直ぐに言った。

「何があっても死ぬな。逃げ延びるんだ」

 

「シリウス」

ジェームズとダンブルドアが去った部屋の中で、リリーは呼びかけた。ハリーを眺めていたシリウスは、リリーに視線を向ける。

「私とも、約束してくれない?」
「何を?」
を幸せにする、って」

リリーの澄んだグリーンの瞳が、シリウスを捉える。ハリーの目と同じ色だな、とシリウスは思った。

「……俺だって、そうしたいと思ってる」
「ねえ。私、すごく幸せなの。ジェームズがいて、ハリーがいて。みんながいる。とても満ち足りてる。前にも言ったわよね?あなたたちふたりにも、大好きなふたりにも、幸せになってもらいたいのよ」

まるで子どもに言って聞かせるような口調。シリウスは、リリーも本当に母親なんだなと感じた。

もあなたも気づいていないかもしれないけど、私もジェームズも、あなたたちからたくさんのものをもらった。だから、あなたたちには、ぜったいに幸せになってもらいたい」

リリーはそこまで言って、声のトーンを落とす。

     なんて、押しつけがましい?」
「いや」

シリウスは首を振って、そっと笑った。リリーも微笑む。

「……が、好き?」
     ああ」
「私も、好きよ。だいすき」

リリーは柔らかく言った。

を本当に幸せにできるのは、あなただけだと思うわ、シリウス」
「そんなこと」
「ううん。きっと、そう」

強く言って、リリーは小指を差し出す。シリウスは小首を傾げた。

「指切りよ。知らない?」

シリウスが頷くと、リリーは彼の手を取って、小指を握った。

「マグルの間ではこうするの。約束を守る、あかし」

にこりと笑い、リリーは指を離す。

「ありがとう、シリウス」
「リリー。それなら、俺とも約束してくれ」
「なあに?」
「ジェームズを、……ジェームズを、頼む」
「うん?」
「あいつさ、無茶するから。特に、リリーの前だと、良い格好しようとして」
「本当、昔から変わらないわよね」
「見張っててやってくれよ」
「ええ、そうする」

リリーの笑顔に、シリウスも微笑んだ。

 

 

    重いな」

リーマスがぽつりと口を開く。

「『忠誠の術』、か。たしかに身を隠すには最適だね」

は、机の上の、絡めた自分の指を見つめた。久々に6人が揃ったというのに、この部屋の空気の重さといったら何だろう。は不安で掻き乱れそうな胸を抱えつつも、何も言えなかった。ヴォルデモートが、ジェームズとリリー、ハリーを狙っている。身を隠すために、シリウスが秘密の守人になる。みんなに、危険が迫っている。

「まあ、しばらくさよなら、っていうだけだよ」

ジェームズは明るく言った。

「今度会う時は、ヴォルデモートがいない世の中になってるさ」

更にジェームズは声のトーンを上げる。

「僕らにも、もう一人くらい子供ができてたりしてね」

リリーに肘に小突かれ、ジェームズは呻き声を上げてみせた。
ようやくそこで、重苦しい雰囲気がほんの少しだけ和らいだ。

 

「リリー、……」
「なに、。そんな顔しないでちょうだいよ。なにも、永遠の別れじゃないんだから」
「それは、そうだけど」

シリウスとピーターが欠けた部屋。は拭い切れない不安を抱え、リリーのもとへ歩み寄った。

「ふくろう便は使えないし、会えないけれど、あなたのことを考えて手紙を書くわ。会った時に、それを全部渡してあげる」

きっと凄い量になるわよとリリーは笑った。

「子育ての苦労とかジェームズの悪口とか、愚痴ばかりになりそう」
「僕の、何だって?」

ジェームズが割り込んできたが、リリーは何でもないわと軽くあしらう。不服そうに顔を歪めるジェームズだったが、やがて真顔に戻って、に向き直った。

    、ごめんよ」
「何が?」
「シリウスと、離れることになって」

は激しく首を左右に振る。

「寂しいのは、……3人に会えなくなる、っていうことだよ」
「ああ、僕もだ」

ジェームズはと、そして無言のリーマスを見やる。

「でも、過ぎてしまえばすぐさ。今度ハリーに会う時は、きっと僕似のハンサムになってるよ」
「あなたに似たら、きっと手がつけられないわねえ」

ぐっと詰まるジェームズに、もリーマスも、リリーも笑った。
けれどもは、完全に笑いきることができなかった。
胸の中にどうしようもない不安が、しこりのようにずっと残っていた。

 

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07/12/22