もどかしい。何も、できない。大切な人の身に危険が迫っているというのに。
ヴォルデモートを負かせることのできる強い力があれば。不老なんて呪いの力ではなく。
ベッドに座り込んでいたは、立ち上がって窓の前に立つ。
夕日が沈んでゆく。燃えるような、赤い陽だった。

 

73. IRIS-OUT
去る者、別れを告げる者、取り残された者

 

とんとん。ノックの音に、は振り返る。

?」

その声に、は扉に駆け寄り、ノブを回した。
    シリウス。室内だというのにマントを羽織っている彼の姿に、ざわりと胸がざわめくのを感じた。

「どうしたの?」

がわざと明るく尋ねると、シリウスは間を空けて答えた。

    俺は、今から行く」
「そんな!もう?」
「先に出て、行方を暗ませておいた方がいいだろ?」

は目を伏せる。シリウスはマントのポケットに手を入れた。

「本当は、もう少し、ゆっくり話をしたかった」

は首を振ろうとしたが、できなかった。私だってそうだよ。せっかくシリウスとまた昔のように接することができたのに、また会えないなんて。身体が動かない。彼が行ってしまうというのに。嫌だ。行かないで。その言葉が、喉から出かかる。駄目だ。彼は、ジェームズとリリー、そしてハリーを守るために、行くのだから。

「しばらくお別れ、だな」

シリウスはポケットから手を出す。
わかれ。そんな、……。
あの時。卒業の時、彼に別れを告げたけれども     皮肉だな、とは思った。
こんなにも、彼と離れたくないと願う自分が、いる。

「それじゃあ」

沈黙するに、シリウスは背を向ける。

「シリウス!」

やっと声が出た。けれども、何を言えば良いのか分からなかった。シリウスは、振り返る。

「あ、…………絶対……戻ってきて、ね」

シリウスはふと笑う。

「ああ」
「また、会えるでしょ?」
「当たり前だろ」

夕日に照らされ、の瞳が潤んでいることに、シリウスは気づいた。
思わず手を伸ばしかけて     やめた。
ここで抱き締めてしまえば、離れられなくなってしまいそうだったから。

「リーマスと、喧嘩するなよな」
「私、リーマスと喧嘩なんか、したことありません」

は強引に、笑みを作る。

「シリウス。無茶、しないでね」
「ああ」
「戻って来なかったら、……怒るから」
「ああ、大丈夫だよ」

シリウスも、微かに笑った。

     じゃあ、な」

シリウスは急くように部屋を出る。これ以上ここにいては駄目だと、思った。

「シリウス、」

扉がぱたんと閉まる。呟いたの声は、届かなかった。
行ってしまった。何一つ、自分の想いを言葉にできなかった。
頬に涙が伝ってきて、慌ててそれを拭う。
泣くな。ここで泣いたら、まるで、彼が戻って来ないみたいじゃないか。

     大好き、だよ」

胸に込み上げる切なさを抑えるように、言う。けれども、余計にそれは押し寄せてきた。
シリウス。どうか、無事で。
いつか、この言葉を、ちゃんと彼に向けて言える日が来ますように。

陽が沈み、辺りは闇と化した。

 

 

「じゃあ、ね」

リリーは、ハリーを抱えていない方の手で、軽く手を振る。その隣でジェームズも「またね」と言った。ハリーは始終、きゃっきゃと嬉しそうな声を上げていた。

「ハリーったら。どこか旅行に行くとでも思ってるのかしら」
「はは、そうかもしれないねえ。旅行、……そうだね、旅行に行くと思えばいいんだ」

ハリーとは違い、あまり喜びの表情をできないとリーマスに向き直り、ジェームズは言った。

「それじゃあ、行って来ます」

いかないで。その言葉がの頭の中を乱していた。行かないで。リリーもジェームズもいなくなったら、私    は堪らずに、飛び出していた。リリーにしがみつくように、駆け寄る。

「もう一人子供ができたみたい」

ハリーを挟んで、はそう笑うリリーの温かさを感じた。リリーのにおい。胸いっぱいに、吸い込んで。

「帰ってきてね。絶対に、絶対に」
「もちろんだよ、
「今度戻って来た時は、ジェームズ、私とチェスしてよ。きっと勝ってみせるから」
「楽しみにしてる。せいぜい、腕を磨いておいてくれよ」

ジェームズはぽん、との頭を撫でた。

「またね」

 

 

    行っちゃった、ねえ。2人だけ、か」

ぽつりとが言うと、リーマスも静かに頷く。

「そういえば、ピーターは?」
「それが、私も分からないの。この前からずっといないし。ピーターがいれば、3人になるのになあ」

ひゅう、と冷たい風が吹く。冬の訪れを知らせるような、風だった。

 

 

一匹の大きな黒い犬が駆けていた。ときどき振り返り、後ろを確認する。
    きっと、上手くゆく。
そういう計画を、思いついたのだから。あの2人は最後まで快諾を渋ったけれども、大丈夫。
大きな犬は、再び走り出す。風の如く、颯爽と。

 

 

「なかなかいいところね」
「ああ、そうだね。僕はもっと、こう、狭苦しい場所を想像してたよ」
「私もよ。……けれど、いまいち……何かが足りないわね」
「そうかい?」
「そうよ。……そうだ、花を植えましょう。どうせ暇なんだから、ジェームズ、手伝ってね」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい、了解」

 

 

    それは真だろうな、ワームテール」
「は、はい……もちろんです……!」

 

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07/12/22