は、ダンブルドアと同じように、ホグワーツとホグズミードを往復する生活を送っていた。じっとしていられそうになかったので、ホグワーツの事務の仕事を再び始めたのだ。リーマスも同様に落ち着かなかったようで、騎士団の仕事に身を入れていた。
時折、ホグワーツの窓から、ホグズミードの空の下から、彼らを想うことが、ある。ジェームズとリリー。
姿を見せなくなってしまった、ピーター。そして、シリウスのことを。

そうして、10月最後の日がやってきた。

 

74. October 31, 1981
whom the gods love die young

 

「すごい風」

リリーは食器を洗いながら、呟く。見上げた窓からは、今にも木が折れそうに靡いているのが見えた。ごうごうと激しい音も聞こえる。かたかたと耳障りな音を立てる窓に、今度ジェームズに補強してもらわなきゃ、と思った。この家は住みやすいけれども、ところどころ古びた部分があった。そうだ、もう一つ彼に頼む仕事があったんだ。

「ジェームズ。もう少し経ったら、ハリーをお風呂に入れて来てくれる?」

リリーは振り向き、ソファに腰掛け紅茶を啜るジェームズに、言った。

「ああ、いいよ。これが飲み終わったら、ね」

ジェームズは半分ほど中身の残ったティーカップを、テーブルの上に置いた。

「こんなに風が強かったら、せっかく植えた種も飛んでしまうわね。芽が出そうだったのに」
「また植えればいいさ」
「そう簡単に言わないでちょうだいよ。花が可哀想」

そんなことはないよとジェームズは笑う。

「死んでしまうわけではないんだ。飛んで行ってしまうだけだろう?落ちたところでちゃんと、花を咲かせるさ。意外に丈夫なんだよ、花の種は」
「それは、そうだけれど」

チューリップ、ユリ、コスモス。せっかくお気に入りの花ばかり植えたのになあ。リリーは不服そうにため息を漏らして、再び洗い物に取り掛かる。ジェームズは苦笑して、カップに手を伸ばした。
がたん、と外のものがどこかへ吹き飛ぶ音がする。それにしても、風の強い日だな。明日、きっと外の掃除が大変だぞ。ジェームズは、底が見えたカップを見、思った。そろそろハリーをお風呂に連れていくか。あいつ、リリーじゃないと暴れるからなあ。今日こそうまく入れてやるぞ。
しかし、立ち上がって、歩みかけた足を止めた。
     何だ。この違和感。胸の中のざわつき。僅かに張り詰めた空気。前にも感じたことがある。風の音に紛れて、何かがやってくる。ジェームズは、顔を歪ませた。
いや、そんなはずはない。でも、間違いはない。まさか、そんな……。

「リリー」

ジェームズが言うのと、バタンと扉が開いたのはほぼ同時だった。リリーは驚き、振り返る。
しかしそこには誰もいなかった。
風、か。リリーは台所に向き直ろうとしたが、立ち尽くすジェームズの緊迫した表情に気がついた。

「どうしたの?」
「あいつだ」

ジェームズは低く言い、杖を取り出した。
まさか、見つかるなんて。しかし、それを嘆いている暇はない。

「リリー、ハリーを連れて逃げろ」
「え?」

ジェームズの額には汗が滲んでいた。

「あいつだ!あいつが来る……行くんだ、早く!僕が食い止める」
「うそ、そんな、まさか」
「間違いはない。あいつだ」
「ジェームズ、けれど!」
「早く行け!」

ジェームズの剣幕に圧され、リリーは躊躇ったが、こくりと頷いて隣の部屋へ向かった。
そして、ハリーを抱いて戻って来る。ハリーは、すうすうと寝息を立てていた。目を覚ます様子はない。

「ジェームズも一緒に」
「僕は、ここで奴を食い止める」
「そんな!だめよ、一緒に行って!」

そんな言い方しないで。それじゃあまるで、あなたが盾になって、私たちを逃がそうとしているみたいじゃない。もう会えないみたいじゃない。そんなこと、そんなの、いやよ。
リリーは、ハリーをぎゅうと抱いて、首を横に振り続けた。そんな妻の頬に、ジェームズは杖を持っていない方の手で、そっと触れた。温かい。リリーの温もりだ。

「大丈夫。奴に手傷を負わせて、必ず後を追いかけるから。君は、ダンブルドアに知らせに行ってくれ」
「いや、いやよ……できない。あなたを残してなんて、行けない」
「リリー。僕の力を信じてないのかい?僕は、ホグワーツの首席だよ。ひょっとしたら、ヴォルデモートなんて倒しちゃうかも」

どうしてこんな時も明るい声なのだろう。リリーは、泣きたくなった。

「シリウスと、約束、したの。あなた、すぐ無茶をするから、私が見守ってる、って」
「大丈夫だって。君に約束を破るような真似は、させないよ」
「ジェームズ、」
「リリー、笑ってよ。僕は、君のそんな顔、見たくない」
「うん、……」
「ハリーを守るんだ。先に行って」
「……約束して。必ず、来るって」
「ああ、約束する」

ジェームズは、リリーにそっと口づけた。初めてのキスも、こんな風にさりげないものだった。結婚式の時も。おはようの挨拶の時も。おやすみのキスも。あなたって、いつもそう。そうやって、いつもポーカーフェイス。でも本当は、誰よりも情熱を持っていて、愛情に深い人。

「あなたが、好き」

リリーは言った。大きなグリーンの目からは、一筋の涙が流れていた。

「大好きよ、ジェームズ」
「僕もさ」

にやっと笑ってみせる。

「熱いラブシーンの続きは、また今度にしよう」

さあ、行って。ジェームズはリリーの頬に置いた手を彼女の肩に移し、そっと彼女を突き放した。
リリーも、涙を拭い、頷く。

「約束を破ったら承知しないからね!」
「君の怖さはよーく知ってるよ」

笑いあい、別れた。
リリーの足音が遠くに去って行くのを聞き届けてから、ジェームズは呟いた。

「愛してるよ、リリー。世界中の誰よりも」

びゅう、と強風が吹き込んでくる。それと同時に、奴が現れた。赤い瞳の男。闇の帝王。
ヴォルデモートはジェームズを冷たい瞳で見下ろし、ジェームズも逸らすことなくヴォルデモートを見つめた。奴の周りにまとう、見えない力。それだけで気圧されそうだった。けれど、負けるわけにはいかない。奴の目的は、ハリー。ここで少しでも奴を食い止めれば、ダンブルドアが駆けつけてくれるだろう。それまで、もつか。もたせなければならない。
そして、愛するひとのものへゆくのだ。「ほら、ごらん。僕が約束を破ったことなんて、なかったろ?」。そうして、笑顔と共にその台詞を口にする。リリーは笑顔を浮かべる。花のような、きれいな笑みを。彼女の腕の中では、愛する我が子が嬉しそうな声で笑っている    

「貴様も馬鹿だな。ワームテールを秘密の守人にするなど」

やはり、そうか。ジェームズはぎりっと下唇を噛む。シリウスの提案で、ピーターを守人にしてしまったことを後悔し、そしてそれ以上に友に裏切られたことにショックを受けた。ピーター。信じていたのに。

「息子は、何処だ?」
「答えるものか」

ヴォルデモートはにやり、と笑う。

「貴様のような人間は大嫌いだな。他人のために命を投げ出す、など」
「解らないだろうさ、お前には」

ジェームズは杖をぎゅうと握り締めた。力が、欲しい。大切な人を守るための力が。
今度こそ、ナイトになってみせる。

「本来ならば、甚振って殺してやりたいところだが、今は時間が惜しい。そういうわけにもいかぬ」

ヴォルデモートは杖を上げる。ジェームズははっとして、身を横へ反らせた。ジェームズの頬を、緑の光線が擦り抜けた。間一髪。しかし、次は避けきれるか。

「エクスペリアームス!」

体勢を崩したままだったが、呪文を唱える。ジェームズの杖から光線が放たれるが、それはあっさりとヴォルデモートの杖によって弾かれた。

 

 

シリウスは後ろを振り返り、誰もいないことを確かめると戸を開けた。

「ピーター?」

そう呼びかけるも、中には彼の姿はなかった。
おかしい。今日、自分がここへ来ることは、打ち合わせていたはずなのに。まさか、死喰い人に襲われた?いや、争った痕跡はない。それなら、ピーターは    
その瞬間。シリウスは全身に鳥肌が立つのを感じた。
まさか。
シリウスは雷に打たれたように、駆け出した。

 

 

リリーはハリーを抱え、走る。心臓が早鐘のように動いていた。何も考えられなかった。逃げなければ。ただその思いが、今のリリーを動かしていた。足が何度ももつれそうになる。振り返りそうになる。しかし、その度に、胸の中の我が子を見据え、自分を奮い立たせた。
     しかし、足を止める。扉の前にはあの男が立っていた。

「それを置いて、退け」

ヴォルデモートは杖を向け、低く言った。

「いやよ」

まるで駄々を捏ねる子どものように、リリーは首を振る。目からは涙が溢れていた。しかし、強い瞳でヴォルデモートと対峙する。全身が震えた。しかし、気を保っていられたのは、相手に対する怒りが激しいものだったからだと思う。
初めて、他人を殺したいほど憎んだ。ヴォルデモートは多くの人や仲間の命を奪った相手だけれども、今ほどに殺意が芽生えたことはなかった。
私にちからがあればいいのに。

「馬鹿な女め。さあ、退け」
「ハリーだけは!この子だけは、殺させないわ」

リリーはぎゅうとハリーを抱き締め、反対の手で杖を取り出した。
この子だけは、ぜったいに、守ってみせる。ジェームズの血が流れる、この子だけは。世界でいちばん愛した、あの人の子。この子だけは。
ヴォルデモートは軽蔑するように、ふんと鼻を鳴らす。

「愚かだな。どいつもこいつも。なぜ、自分以外の者のために、身を投げ出そうとする?」
「あなたには解らないでしょう」

ヴォルデモートは目を細めた。

「可哀想なひと。誰かを愛することを知らないなんて」
「知りたくもない」

吐き棄てるように言って、ヴォルデモートは呪文を唱えた。

 

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07/12/22