ダンブルドアは、瞬時に全てを悟った。フォークスが憂いの声で鳴くと、すくっと立ち上がる。
そして、大きく大きくため息を吐く。あまりの喪失感にこの場に伏せてしまいたかったが、嘆いている暇はなかった。フォークスが優しく強い瞳で見守ってくれる。
わしには、まだやらなければならないことがある。やれることが、ある。

 

74. October 31, 1981
in eclipse

 

眠れなかった。異常に風の強い夜だ。ごうごうという音が、煩い。そのせいで寝つけないのだろう。
本でも読もう。はベッドから抜け出したが、肝心の本がないことに気がついた。ああ、しまった。図書館にすべて返してしまったんだ。けれど、本がなければ眠れそうにない。こっそり借りてしまおう。
は部屋を抜け出した。真夜中のホグワーツ。悪戯仕掛け人と徘徊したこともあったっけ。ジェームズと共に透明マントに潜り込んだんだ。
懐かしさを感じながら歩いて行くと、その道の途中で、ダンブルドアに出くわした。彼はを見ると、びくりと身体を震わせた。彼らしくない反応だった。

……?どうしたのじゃ、こんな夜中に」
「あの……眠れなくって」

     なんだろう。彼の雰囲気。落ち着かないような、何かを嘆いているような。明かりに照らされた彼の表情には、色がなかった。

「先生はどうなされたんですか?」

ダンブルドアは笑おうとした。しかし、失敗した。彼の歪められた表情に、は不安に駆られた。

「君にはいずれ話さなければならんかったじゃろう……いいかい、落ち着いて聞いておくれ。
    ……ジェームズとリリーが、ヴォルデモートに、……殺害された」




殺 害。

ころされた。



ヴォルデモートに。
ジェームズとリリーが。
ジェームズとリリーが?
うそ。
うそだ。
うそだ、そんなの、ありえない。
うそだうそだうそだうそだうそだ!

「ハリーだけは無事じゃ。ハグリッドを救出に向かわせた」
「うそ!うそ、そんな、……先生、嘘ですよね!?」

はダンブルドアのローブにしがみついた。ダンブルドアは目を伏せる。
死?死んだ?ふたりが?ジェームズが?リリーが?うそだ。お願い、先生、否定して。
ヴォルデモートが、ふたりをころした。あいつが、……そうだ。ヴォルデモートがどうやって2人を殺害できたというのだ。

「先生、だって、ヴォルデモートにジェームズとリリーを殺せるわけがありません。あいつは、2人の居場所を知らない」
「わしにも、理由は分からん。ただ、この事実は間違いがない……」
「忠誠の術は?シリウスは?まさか、シリウスが裏切るわけが」

が涙声で尋ねると、ダンブルドアはよりいっそう深い嘆きの表情を浮かべた。

「わしも、そう思いたい」
「思いたいって、そんなことあるわけがない!シリウスが、シリウスが」

ジェームズを裏切るなんて。そんなこと、ありえない。絶対に、あるはずがない。
そうじゃない。そうじゃないのだとしたら、……?

まさか、    ころされた。

はダンブルドアのローブを放し、その場に座り込んだ。全身から力がすうっと抜けていく。足に力が入らない。思考もどこかへ飛んでいってしまいそうだった。目が痛い。けれど、涙は流れてこない。あまりの衝撃に、涙さえも止まってしまった。

「いや、……うそ……ジェームズとリリーが……シリウスが……そんなの、」

身体がちぎれる。胸が張り裂ける。全身が引き裂かれそうだった。痛い。いたい。
いやだよ。みんながいないのなんて、いやだ。
『またね』、って、ジェームズは言ったのに。

ジェームズ。そうだ     ジェームズが、約束を破るはずがない。やっぱり何かの間違いだ。
は勢いよく顔を上げ、全身の力を振り絞り、立ち上がった。そして、ダンブルドアに背を向けて駆け出す。ダンブルドアは慌てての手首を掴んだ。

「放して下さい!私、行かなきゃ!きっと何かの間違いです!それをたしかめに、」
「いかん……駄目じゃ……ヴォルデモートは深手を負っているとはいえ、完全に滅びたわけでは」

深手を負った?ヴォルデモートが?そうか、やっぱりジェームズたちは生きている。もしかしたら、まだヴォルデモートと戦っているのかもしれない。だとしたら、なおさら。

「先生、一生のお願いです。今行かなかったら私、きっと、ずっと、先生を恨みます」
「ならん」
「私の命と同じくらい    それ以上に、大切な人たちなんです。お願いします」
「……」
「先生、……」

ダンブルドアはしばらくの手を握っていたが、やがて諦めたようにそっと放した。そして、呪文で紙切れを取り出す。

「ここじゃ。わしもすぐに向かおう、……」

はそれを受け取り、一礼して駆け出した。
ダンブルドアはその背を見ながら、こめかみを押さえた。

 

 

ハグリッドは愴然としつつも、廃墟になった家からハリーを連れ出した。小さなハリーの額には、不思議な傷跡が残っている。それをそっと手で触ると、ハリーはわんわんと泣き出した。ハグリッドはうろたえ、よしよしとハリーを宥める。
ハグリッドは、ジェームズとリリーの遺体にそっと手を合わせ、涙を流した。

「ハリーは、俺たちが、絶対に、無事に育てるからな」

恐らく、間もなく魔法省の役人が駆けつけることだろう。今は、自分の役目をしなければならない。ハグリッドは涙を拭って、外に出た。すると、一人の男が呆然と立ち尽くしていた。

    俺の、……せいだ」

彼の呟きは、ハグリッドには聞こえなかった。

 

シリウスはハグリッドに気がつき、駆け寄る。

「ジェームズと、リリーは?」

ハグリッドはゆっくりと首を横に振る。
シリウスは肩を落とし、拳を握り震わせた。くそっ、と吐き棄てる。悲しみと絶望と怒りと、あらゆる負の感情がシリウスの全身を貫いた。
ジェームズとリリーが。ジェームズとリリーが。
俺のせいだ。俺が、あんなことを言い出さなければ。
しかし、ハグリッドが抱いている子供に気づき、はっとする。

「ハリーか?」
「ああ。この子は無事だったんだ」
「俺に渡してくれ。俺が名付け親だ。俺が、    
「駄目だ。ダンブルドアの言いつけでな。リリーの妹のところへ連れて行く」

シリウスは何か言いたそうに口を開きかけたが、止めた。

    それなら、あれを使ってくれ」

シリウスが親指で指した先を、ハグリッドは見る。一台のバイクが置いてあった。

「いいのか?」
「ああ」

シリウスは答えて、壊れた家へと歩みを進めた。

「あー……シリウス……元気出せ、な?」

ハグリッドは言ったが、シリウスの耳には届いていなかった。

 

動かないジェームズとリリー。
涙は出なかった。何も考えられなかった。ただ、彼らがもう二度と目を覚まさないという事実だけが、虚しくシリウスの胸の中に響いていた。

「ごめん、な……」

真っ白な頭で、ぽつりと呟く。悲しみで我を失わずに済んだのは、怒りと後悔があったからかもしれない。『あいつ』に対する怒り。自分の選択への後悔。自分の罪。
皮肉なことに、うまくそれらがバランスを保って、シリウスを平常心へと戻していった。

そうだ。俺にはやることが、ある。

シリウスはふらふらと、廃墟を後にした。

 

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07/12/22