ぼんやりと歩いていると、誰かが駆けて来る足音が聞こえた。シリウスははっとし、杖を構える。
あいつ    ピーターか?どうしようもない怒りがふつふつと込み上げてくる。
しかし、そうではなかった。姿を現したのは、だった。怒りは一瞬にして冷め、シリウスはようやく現実に引き戻された気がした。

 

74. October 31, 1981
a parting kiss

 

はシリウスの姿を確認するなり、その場に崩れ落ちた。シリウスは慌てて彼女のもとに駆け寄る。は震えていた。シリウスの腕を力強く掴む。

「シリウス……よかっ……    死んじゃったかと」

涙声のを、シリウスは抱き締めていた。

「ごめん……ごめんな」

何に対して謝っているのだろう。けれど、懺悔の言葉を誰かに聞いてもらいたかった。はゆっくりと顔を上げる。

「どうして謝るの」
「ジェームズとリリー……俺のせいだ」

の顔が凍りつく。

「どういうこと?まさか、ほんとに……ふたりは……」

シリウスは答えなかった。

「ねえ、うそだよね?うそでしょう?ジェームズとリリーが、……」

押し黙るシリウスに、は立ち上がった。そして、廃墟へ歩き出そうとする。シリウスはその腕を掴み、「行かない方がいい」と引き戻した。は駄々っ子のように首を振る。

「ダンブルドアのところに戻れ。ハリーはハグリッドが助けた」
「……シリウス、は?」
「俺にはやることがある」

シリウスは拳をぎゅうと握り締める。今度は、立ち去ろうとするシリウスの腕を、が掴んだ。

「待ってよ、どこへ行くの?説明して、シリウス」

月明かりに照らされたの瞳からは、涙が零れそうだった。
俺はいつも、こいつにこんな顔しかさせられないんだな、……。

「……俺のことは、もう待つな」
「え、……?」

シリウスはそっとの手を払い除け、背を向けた。

「待っ……そんなの、そんなの、勝手だよ!」

は声を上げる。
みんな、みんな、行ってしまう。私の傍からいなくなってしまう。いやだ。いやだよ。
頭が混乱していた。状況がまだ呑み込めない。けれどもシリウスの無実は信じていたし、彼が立ち去ろうとしていて、それを嫌だと思う気持ちははっきりしていた。

「シリウスまで、…………行かないでよ」

その後は、もう言葉にならなかった。は頭を垂れ、涙を流す。次から次へと、溢れ出てきた。
シリウスは目を閉じた。何かを堪えるように、強く。しかし、の押し殺した泣き声が聞こえてきて、堪らずに彼女を抱き寄せた。

「俺は、ジェームズとリリーを殺した」

彼の声も、涙声だった。

「うそ、でしょう?そんなの、」
「俺のせいなんだ    俺の」

この手で決着をつけなければならない。シリウスは腕にきつく力を込めてから、を放した。そして、ローブのポケットから小さな輪のようなものを取り出す。それは月に照らされ、銀色にきらりと光った。

「本当は、もっと前に渡そうと思ってたんだ」

シリウスはの手を取り、その手の平に丸い銀の輪を載せた。

「これ、」
「捨ててもいい。お前の自由だ。俺のことは忘れてくれていい」

シリウスは、でも、との目を真っ直ぐに見て続けた。

「俺は    何があっても、……への気持ちは、変わらない。それだけは忘れないで欲しい」
「シリウス……」

言いかけたの口に、シリウスは唇を重ねた。そっと、優しく。
呆然とするを一瞥し、シリウスは再び背を向けた。

「シリウス!」

呼びかけたけれども、今度は彼は振り返らなかった。一瞬、後方がぱっと明るくなり、そちらに目をやってしまうと、次に見た時にはシリウスの姿はなくなっていた。

 

シリウスから受け取ったものを眺める。銀色に輝く指輪だった。彼を想いならが、それをぎゅうと握り締める。ありがとうとも、大好きとも、伝えられなかった。けれど、次に会った時には、かならず    
そういえば、先ほどの光は何だろう。その方向に歩いて行くと、廃墟のようなところに人が集まっていた。魔法省の人間のようだ。皆腹立たしいくらいに手際良く動いている。そういえば昔にもこんなことがあったなと、はぼんやりと考えた。両親が死んだ時だ。あの時と同じように、今も心臓に穴がぽっかりと開いた気分だった。

「遺体、回収しました」
「ご苦労。とりあえず、家の中の散策はまた後にする」

彼らはあっという間に撤収していく。けれど、彼らの言葉が胸に引っかかっていた。『遺体』。
震える足で、は崩壊した家の中へと足を進めた。壁はぼろぼろに崩れていたが、家具などは意外にも形を留め残っていた。机の上には、ティーカップが一つ。ジェームズかリリーが飲んでいたのだろう。部屋を見渡すと、激しく争った跡が見て取れた。きっと、ジェームズとヴォルデモートだ。彼はリリーとハリーを護るために戦ったに違いない。

ふと、僅かに引き出しの開いたキャビネットが目に入った。吸い寄せられるように、そこへ歩み寄る。引き出しを開けると、手紙何通かと、小箱が入っていた。折り畳まれていた手紙を開き、胸が詰まる。『へ』、というタイトルと日付が書かれていた。紛れもないリリーの字。

『ここへ来て2日目よ。住み心地は悪くないわね。今日、庭に花壇を作って、種を蒔いたの。きっと、あなたがここへ来られるようになった時には、たくさん咲いていると思うわ。ただ、好きな花をぱらぱら蒔いていっただけだから、咲いた時には騒然としているかもしれないわね。それにしても、ジェームズってこういう労働には向いてないのね!爪に土が入るとか、文句を零していたわ!まったく、変なところで神経質なのよね』

くすりと笑ったつもりが、ぽたりと便箋に雫が落ちた。どうしようもないくらい、涙が溢れてくる。
それを拭うことなく、ぱらぱらと手紙を捲っていくと、リリーの筆跡ではないものがあった。
しかし、宛名は『』。

『やあ、元気にしてるかい?リリーが僕も書け、ってうるさくてね。
何だろう、照れるなあ、手紙って。うーん、でも、書くことなんてないよ。僕らはいつも通りだから。ああ、でも、早く君たちに会いたいな。そうだ、また6人    あ、7人かな。みんなでキャンプにでも行かないかい?今度は少し遠くまで、さ。エジプトとかどう?』

ジェームズの字だ。彼特有の、斜めに傾いた字。それにしても、砂漠の真ん中で、キャンプ?可笑しいはずなのに、涙が止まらない。
そして、手紙と一緒に入っていた小箱を眺めた。2つの小さな箱。オルゴール。2人は大切に持っていてくれたんだ。そのネジを、そっと回す。『亡き王女のためのパヴァーヌ』    。静かな室内に、優しい音色が響き渡る。

「ジェームズ……っ……リリー……!」

は手紙と小箱を抱いて、その場に崩れた。
2人は手紙の中でははっきりと生きているのに。
何もできなかった。闇の力、不老の力。何の役にも立たない力しか、私は持っていない。

は声を上げて、力の限り、泣いた。

 

 

ピーターは目の前に立ち竦む人物を見て、身体を震わせた。

「シリウス……」

掠れる声で呟く。シリウスは冷たい目でピーターを睨み据えていた。

「お前だけは、絶対に許さない」
「な、何のこと?」
「いまさら白を切るつもりか?」

シリウスは声を荒げる。

「守人にお前を薦めたのは俺だ。俺にも責任がある。だけどな、親友を裏切るなんて、お前は最低だ」
「うるさい!」

ピーターも声を上げる。

「わからないさ、シリウスになんかには!帝王は恐ろしいんだ……殺されていたかもしれないんだ」

あの冷酷な紅い目を思い出して、ピーターは身震いをした。

「ふざけるな!自分を守るためなら、仲間を犠牲にしてもいいのか!?」
「……そうだ!死んだら終わりじゃないか!」
「そうかよ!それなら、ジェームズとリリーは……!あいつらの人生は、お前のせいで……!」

大声で言い争う2人の周囲に、ぞろぞろと人が集まってくる。夜中だったが、マグル界の人通りの多いこの路地で、2人は目立っていた。

「お前、いつから、奴の手下だったんだ?」

ピーターは答えなかった。代わりに、集まってきた人をちらりと見やる。
    そうだ。良い方法が、ある。この場を凌ぐには。

「答えろ、ピーター!」
「……リリーと、ジェームズが………シリウス!よくも、あんなことを!」

ピーターは力の限り叫んだ。シリウスにはその言葉の意味が理解できなかった。
ピーターは杖を取り出す。シリウスも素早く杖を構えた。しかし、ピーターが彼自身に自らの杖先を向けたので、シリウスは呪文を口にすることを躊躇ってしまった。
かっ、と辺り一面が真っ白に光る。あまりに強い光に、シリウスの目は眩んだ。
やがて視界が定まってくると、目の前の光景に呆然とした。
窪んだ地面、倒れた人々。そして、一本の指。
    やられた。

「くっそ……!」

シリウスの叫びは、虚しく空に響き渡った。

 

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07/12/22