95. go round in CIRCLES
めぐりめぐって得たこと
シリウスは落ちた本を拾い上げていたが、に気がつき、手を止めた。
「手伝おうか?」
そっと尋ねると、シリウスは少し考えてから、いい、と首を横に振った。
「
が言うとシリウスは眉をひそめたが、「何だ?」と尋ねる。は戸を静かに閉め、口を開いた。
「リーマスと、私のこと」
「ああ。それが?」
「リーマスも言っていたと思うけど、誤解なのよ」
ふうんと言い、シリウスは手に持っていた本をデスクの上に置き、そこに寄りかかった。
「ねえ。シリウスも知っているでしょう?私、リーマスのこと、とても好き。大切に思ってる。でも、恋人とか、そういうことではなくって、私の片思いでもなくって。面倒だったから、説明はしなかったけど」
「分かった」
シリウスは短く言った。
「つまり、お前は『面倒臭かったから』否定しなかったわけだ」
「ええ」
「それで、結局、リーマスとは『なんでもない』と」
「そう」
「それで?」
「それで、って……それだけ。誤解されたままは、リーマスに悪いから」
シリウスはふうん、と曖昧に相槌を打った。それ以上言葉が思いつかなかったは閉口し、気まずさを押し隠すのに傍に落ちていた本を拾い上げた。埃がかぶり、黄ばんでいて破れたページ、タイトルは薄れていて読めなかった。
「読書家なのね」
が部屋をぐるりと見回し、言うと、シリウスは軽くため息を吐いた。
「ろくでもない本ばかりだけどな」
成程、本のタイトルを見てみると、『闇の魔術』『純血』『マグル排除』
「こう、物語、みたいなものはないの?」
「ないだろうな」
シリウスは苦笑して、から本を受け取り、先ほどデスクの上に載せたものも合わせ、棚へ戻した。
は本棚を眺めてみる。タイトルが薄れていて読めないものも多かったが、『ルーン文字辞典』という少し分厚い本を見つけ、取り出した。
懐かしい。思わず、そう呟いていた。学生時代、選択していた教科。私にとって、大切な科目。
シリウスがひょい、とが手に取った本を見やり、ああ、と頷く。
「シリウスは、まだ覚えてる?ルーン文字」
「さあ、どうだろう
私も、とは笑う。
「でも、好きなだったなあ」
「へえ。俺は少し退屈だった」
「まあ、ね」
確かに、授業自体は面白かったとは言い難い。けれども、隣には、
ううん、ちがう。今も、胸の詰まるような、それでいて温かくて、身に染みてくるような幸福感は、変わっていない。シリウスとの時間は、今だって、いつだって、こういう思いでいられる。
「退屈だったのに好きだったのか?」
シリウスの問いにはっとするのと同時に、返答に窮した。
「ほら……少人数で、静かで、落ち着けるクラスだったから」
「ああ。俺も、まあ、好きだったな」
そうなの?とは尋ねる。彼は、退屈な授業は嫌いだと思っていた。
「スリザリンの煩い連中もいなかったし」
「そうねえ。でも、どうしてジェームズと同じ教科を取らなかったの?」
「俺はマグル学には興味なかったからな。それに、あいつが取るから俺も、なんて、そういう考えは嫌だった。たぶん、ジェームズもそう思っていたと思う」
「私も。私とリリーも、そうだった。リリーのことは大好きだけど、そういう相手本位の考え方は嫌だった」
シリウスは懐かしむような遠い瞳を浮かべていたが、近くに落ちている本を拾い、それを本を棚に押し込み、少し沈黙してからゆっくりと口を開いた。
「俺のこと、恨んだだろう?」
「え?」
「ジェームズとリリーを殺したのは俺だ、
は首を振った。
「ずっと、信じてた」
あの12年間の想いを吐き出すように、はゆっくりと言った。
「シリウスのことを考えたら、ジェームズを裏切るはずなんてないって解っていたから。それに、あの時、ゴドリックの谷で会った時の、シリウスの様子を見ていたから。ふたりを裏切ったなんて、見えなかった」
「……そうか」
「ああ、でも、少し恨んでる。その時にきちんと説明して欲しかったな」
「悪かったよ。あの時は気が動転してたからな」
私もだ。そう、あの時言えなかったことが、ずっと胸の中に取り残されている。
「あの
は首から提げたリングを見やった。シリウスもちらとそれを見る。
「サイズ、合わなかったか?」
「えっ?いや、そういうわけじゃ」
シリウスと再会できたら指にはめよう。そんな風に考えていたこともあったが、結局そのタイミングを逃してしまっていた。
「気に入らなかったら、捨ててくれても良いんだ」
ははっとした。哀しげなシリウスの瞳。深い色。こういう顔を、させたくはなかったのに。シリウスには笑っていて欲しい。ずっと、ずっと。そのためには?彼が幸せになるためには?
「違う……そうじゃない。どうしようもない虚しさとか悲しみから私を救ってくれたのは、これなの」
ぎゅう、と指輪を握り締める。こうすると、少しだけ安心できるんだ。
シリウスが何も言わなかったので、は続けた。
「私、本当にみんなのことが好きだった。両親がいなくなった悲しみを埋めてくれて、それ以上のものをくれたみんな。ジェームズも、リリーも……ピーターも。みんなが欠けて、その分、余計にリーマスを想ってしまう。昔から好きだったけれど」
「俺は入っていないわけだ」
シリウスは軽く言って、腕を組む。は答えなかった。否定も肯定もされなかったことで、シリウスは眉をひそめた。
「シリウスは、……『いつだって特別だった』。友達であるようで、そうではなくて、一言では、……『好き』とか、簡単には言えない」
頭が真っ白になりかけたが、は必死に言葉を探した。だが、それを掴もうとしても上手く掴めず、掴んでも消えていってしまった。
「
「シリウス!」
モリーの大声が聞こえてきて、2人ははっとした。シリウスはつかつかと歩んで行き、戸を開ける。
「ここだ」
「ああ、ちょっと来てくれない?」
今行く、と部屋を去ろうとした彼を、ははっとして呼び止めた。
「シリウスの
シリウスは振り返り、僅かに目を大きくさせ、を見つめた。
「ハリーと暮らすことでしょう?」
「それは」
「ハリーもそれを望んでる。すごくね。ジェームズとリリーがいない悲しみを埋めてあげられるのは、シリウスだと思う」
シリウスは何か言おうと口を開いたが、はすかさず続けた。
「この前の言葉……『気持ちが変わっていない』って言ってくれて、嬉しかった。でもね、よく考えて。私は歳を取らないのよ。これからも、ずっと、ずっと、ずっと」
「、」
「それに」
は呆然とするシリウスの隣を通り抜け、部屋を出、彼に背を向けた。
「それに、私……身体中の成長が止まっているから、……子供も産めないのよ」
シリウスが息を呑むのが、なんとなく分かった。背後の彼は、さぞかし驚いていることだろう。は深く、息を吐いた。
「だから、……やっぱり私は、シリウスのことは友人として、好きということになる。だから
それだけ言って、は逃げるようにしてその場を去った。
どうしてだろう。どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
堂々巡りをした想い。その終着点は、「彼を友達として想うこと」だった。本当は、それを伝えにいこうとしたわけではない。ただ、リーマスとの誤解を解きにいっただけ。それが、感情が高まって、勝手に結論を出して、告げてしまった。
でも、そうするべきだったんだ。
シリウスはハリーと共に生きるべきだし、私はその輪には加われない。
私はこんな身体だから、シリウスはまた別のすてきな女性を見つけて、結婚を
けれど、なに?この胸を裂く痛みはなに?
知っている。私はその理由を知っている。
でも、もうそれを振り返ることはしないようにしよう。
大切なともだち、シリウス。
それでいいんだ。それで、じゅうぶんすぎることだ。
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08/1/18