はホグワーツの自室から、闇に包まれた夜の校庭を眺めた。風が強く、木が折れ曲がりそうなくらいに揺れていた。びゅう、がたがた。静まり返った室内では、そんな音が不気味なくらい耳につく。外の様子は、の心をそのまま表しているようだった。
ああ、いやだ。
ドローレス・アンブリッジ。彼女ほど嫌悪すべき人間なんて、この世にそうは存在しないだろう。顔はガマガエルのようなくせに、可愛らしいリボンやヘアバンドをつけていたりする。見た目で人を判断したくはないが、アンブリッジはその性格も醜悪だった。

 

96. tempt EVIL
カエルの顔をした悪魔

 

生徒も教師も、アンブリッジの横柄さを嫌っていた。自分がここの長だとでもいうように、ホグワーツを我がもの顔で歩き、ダンブルドアや他の教師、そして生徒を軽んじ、耳障りな咳払いをする。
ホグワーツに、これほどの居心地の悪さを感じたのは初めてだった。こんなことなら、騎士団の仕事に従事していれば良かった。
    いや、でも、シリウスと話をしたあの後、彼と顔を合わせないよう、逃げるようにこちらに戻ってきてしまったくらいだから、どちらにしても居辛いなあ、とはため息を吐いた。

 

『魔法省、教育改革に乗り出す。ドローレス・アンブリッジ、初代高等尋問官に任命』

預言者新聞のこの記事を読んだ時、手に力が入り過ぎて、びりっと新聞の上の方が破れてしまった。そう、アンブリッジのもう一つ嫌なところとして、彼女は魔法省から派遣された人物である、ということだった。高等尋問官とは何かということや、ルシウス・マルフォイの言葉、リーマスやハグリッドの名、ダンブルドアの批判。それらの記事を読んだ時、やはり日刊預言者新聞なんて、と思わざるを得なかった。一方的に魔法省が正しいとばかりに書いている。
査察、か。私は教師ではないから大丈夫よね。……ね?

 

「ねえ、セブルス」

廊下を歩いている彼に呼びかけると、彼は立ち止まることはなかったが、振り返った。

「アンブリッジの査察は、まだ?」
「ああ」

そう、と答え、は彼の隣に並んで歩いた。

「セブルスはどう思う?アンブリッジについて」
「どう、とは?」
「好きとか嫌いとか」

セブルスはふんと鼻で笑い、歩く速度を緩める。

「あの輩を好む人間がいると思うのか?」
「いいえ」

まあそうだろうと思いつつ、セブルスの毒がこの時は心強く感じた。

「ねえ、ロックハートと、どちらが嫌い?」
「くだらんことを聞くな」

その時、角からすっとマクゴナガルが現れ、ぶつかる寸前でぴたりと3人は止まった。「ああ、すみません」、とマクゴナガルが謝罪する。

「いいえ。でも先生、どうかなさったんですか?」
「どう、とは?」
「急いでいらっしゃるようなので」

心なしか、マクゴナガルの息が荒い気がした。滅多に取り乱すことのない彼女だから、気になった。マクゴナガルはふうとため息を吐いて、急いでいるわけではありませんよ、と答えた。

「まったく、品定めをされているようで、実に不愉快です」

アンブリッジの査察のことを言っているのだと、すぐに見当がついた。

「マクゴナガル先生は、今日が査察だったんですね」
「ええ。癇癪を起こしそうになったシビルの気持ちが分かりました。ですが、ひとつアドバイスができるとすれば、高等尋問官殿に何か言う隙を与えないことですね」

マクゴナガルはセブルスをちらと見、言った。あまり心がこもっている風ではなかったが、セブルスは「そうでしょうな」と返す。

「私は授業があるゆえ」

彼は短く言い、マクゴナガルに僅かに頭を下げて去って行った。

、あなたは査察というほどのものはないでしょうが、何か質問はされるかもしれません。心しておきなさい」
「そう……ですか」
「口答えなどは、しないでおいた方が身のためです」

気をつけます、と言いつつも、は口元を歪めた。あまり自信はないな。

「かく言う私も、珍しく抑えがたい怒りを感じましたよ」

マクゴナガルでさえそうなのだから、自分は一体どうなるか。
しかし、その時はあっさりとやってきてしまった。

 

が2階の廊下を歩いていると、「ェヘン、ェヘン」という咳払いが聞こえてきて、ぞっとしつつ振り返った。案の定、アンブリッジが立っていた。間近で見ると、本当に嫌な雰囲気。

「少しよろしいかしら」

耳につく、やけに高い声でアンブリッジは言った。ええ、とは答える。

「あなたは教師ではありませんが、一応、簡単な質問をさせてもらいます」
「どうぞ」

アンブリッジはクリップボードを取り出し、何かを書きながら言った。

「ここで働き始めたのは、いつですか?」
「ええと……18年くらい前、でしょうか」

アンブリッジは顔を上げる。

「ああ。不老の身でしたね、あなたは」

そうですと短く答える。どうして知っているのかは、この際どうでも良かった。恐らく魔法省の誰かから聞いたのだろう。ただ、早くこの時間が去って欲しいと願った。

「羨ましいこと。老いない身体なんて」

何も知らないくせに。いや、知っていて、皮肉を込めて言っているのだろうか。胃の辺りが熱くなったが、は沈黙を保った。

「教師になろうと思ったことはないの?」
「ありません。教えることは得意ではないので」
「そう。あなたはここの出身でしたね」
「はい」
「卒業後、他の職に就いたことは?」
「ありません」

次第に苛立ってきた。どうして彼女と話しているだけで、こんなに怒りが込み上げてくるのだろう。

「卒業後すぐに、ここで働き始めたのね?」
「ええ」
「ああ、なるほど。ダンブルドアはあなたを哀れんで、ここに置いて下さったのね」

は思い切り顔を歪めてしまったが、何も言わなかった。口を開いてしまったら、おしまい。

「思い出したわ。あなたは、ダンブルドアの口添えで裁判を免れましたね。死喰い人の裁判を」
「私は、死喰い人では」
「ええ、事情は知っています。でも、殺人を犯したのは事実でしょう?」

は目を伏せた。今は、その事実を嘆くよりも、彼女に指摘されたことに腹が立った。

「セブルス・スネイプといい、ここには危険な人物が多過ぎるわね。ダンブルドアはどういうおつもりかしら。昨年は、妄想癖の元闇祓い。その前の年は、ああ汚らわしい、狼人間を起用したなんて」
「ええ、まったくです」

思ったこととまるで反対のことを吐き棄てることで、は激しい怒りを寸前で抑えた。

「もういいでしょうか」
「ええ、そうね」

アンブリッジはクリップボードを見ながら言った。はそれと同時に、その場を去った。

 

11月に入ったばかりのある日、マクゴナガルがあまりに蒼白な顔をして歩いていたので、思わずどうしたのかと尋ねた。

「ああ、実は、……    ポッターとウィーズーリーが、クィディッチを禁じられたのです。『永久に』」
「そんな!まさか、さっきの試合で?」

マクゴナガルはこくりと頷く。
つい先ほどおこなわれた、グリフィンドール対スリザリンの試合。その試合は、グリフィンドールが勝利。しかし試合後、ドラコ・マルフォイの罵倒に、ハリーとジョージが憤慨し、彼を攻撃しようとした。そこで、アンブリッジが新しく追加された教育令を用いて、ハリーとジョージ、さらにはフレッドが永久にクィディッチをできぬようにしたという。
そんな、とは呆然と呟く。マクゴナガルも同じ様子だった。

「まったく……彼女は……いえ、魔法省は、何を。あれでは、あまりにも……」

マクゴナガルはぶつぶつ言いながら、肩を落として去って行った。
は彼女の背を見つめながら、驚きが怒りに変わっていくのを感じていた。

 

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08/1/18