屋敷に入ると、中はがらんとしていた。人の声も物音も聞こえない。

「誰もいない……わけではないのよね?」
「ああ。騎士団のメンバーは大体出払ってしまっているがね    そうそう」

リーマスは声を小さくし、続けた。

「シリウスはずっとここに缶詰状態だからね。あまり機嫌がよろしくないんだよ」

 

98. APORIA
いきづまり

 

「そのシリウスは、何処に?」
「さあ。バックビークのところかもしれない」

リーマスが言い終えるのと同時に、階段がみしり、と軋んだ。階上を見上げると、当のシリウスがそこに立っていた。はどこか気まずさを感じ、さり気なく目を逸らす。

「やあ、シリウス。今戻ったよ」

リーマスが朗らかに言うと、シリウスはああと低く答え、階段を下り始めた。

「ねえ、リーマス。私は何をすれば良いの?」

シリウスが近づいて来る度に速まる心臓の鼓動を押し隠すように、は尋ねた。

「何を、とは?」
「騎士団の仕事」
「ああ……実は」

リーマスはやって来たシリウスをちらと横目で見て、心なしか言い難そうに切り出した。

「ダンブルドアから言われているんだ。君にあまり外回りの任務をさせぬよう」
「どういうこと?」

驚いて声を上げると、シリウスが答えた。

「死喰い人やヴォルデモートに接触しないように、だろう?」
「どうして」
「昔のことを心配しているんだよ。フィンスターの影響がまたあるかもしれない、と」

リーマスの言葉に、は首を強く横に振った。まさか、そんなことを今更ぶり返されるとは思ってもみなかった。

「そんな。奴の意識はもう死んだのよ。ここ10年間、何もなかったし」
「でも、ヴォルデモートが復活した時に、気分が悪くなったんだろう」

シリウスの指摘に詰まったが、首を振った。

「それは、フィンスターの影響じゃなくて、    たまたまよ」
「そうかもしれないが、分からないだろう?私たちは、もうあんな思いは嫌なんだよ、

リーマスの言葉に、は沈黙した。心配してくれているのは嬉しい。けれども、外に出歩けないのでは、ここにいる意味がない。

「まあ、大人しくしているんだな。部屋はこの前のところを使ってくれ」

シリウスはさらりと言って、リビングの方へ姿を消した。その後ろ姿を見送ってから、リーマスは、と静かに口を開く。

「シリウスと何かあったね?」
「……べつに」
「シリウスの目、見ていなかっただろう」

は閉口した。リーマスの観察力には感服する。

「何があったにせよ、これからはほぼ毎日、シリウスと顔を合わせるわけだから、早く解決させてしまった方が良いんじゃないかい」

確かに。ずっと具合の悪い思いはしたくない。そうね、とそっと答えると、リーマスは微かに笑った。

「ここでの仕事については、モリーかシリウスに聞くといい」

 

部屋に行くと、スーツケースが置かれてあった。ダンブルドアが運んでくれたのだろう。ごろりと倒れ込むように、ベッドに横になる。
    シリウスに、どう切り出そうか。
『ねえ、シリウス。この前のことなんだけど』……いまいちしっくりこない。
シリウスが話してくれるのを待つ?でも、それまで気まずい思いをしなければならない、……。

は起き上がって、荷物の中からチェーンについた指輪を取り出し、机の上に置いた。あれ以来、首から外していた。椅子に腰掛け、じっとそれを眺める。返してもいい、と言ってしまったが、この指輪はずっと私を支えてきてくれた。親友たちの不在の悲しみを和らげてくれた。でも、傍にあるとシリウスを思い出してしまう。
だから、この指輪は彼に返すべきなのかもしれない。

 

翌日、リビングへ行くと、そこにはモリーの姿があった。彼女はを見るとにこりと微笑む。

「リーマスから話は聞きましたよ。災難だったわね」
「お陰ですっきりしたけれどね」

モリーは声を立てて笑った。

「新しい防衛術の担任の評判は、私も聞いているの。酷いそうね」
「とてもね。    モリー、私にできることって、あるのかな」
「ああ、そうねえ。食事の準備や片付け、ここに来たメンバーの手伝い、掃除……そんなところかしら」

そう、分かったと頷きつつも、雑用しかできないことに歯痒さを感じた。

「食事はその日その日で準備する数が違うから、大変な時は大変なのよ。買い物にも行ってもらうことになると思うわ。掃除のことは、シリウスに聞いた方が良いかもしれないわね」

外に出られる分、シリウスよりずっと良い状況にあるのだ。彼の苛立ちは相当なものなのだろう。ましてや、憎んでいた家に再び縛りつけられているのだから。

「どうかした?」
「ああ、    シリウスのこと。ずっとここに閉じ篭りきりじゃ辛いだろうな、って」
「そうね。リーマスがいる時は、チェスをしたり、話をしたりして楽しそうにしているけれど、リーマスがいないことも多いもの。ああ、でも、。あなたが話し相手になれば、シリウスも気が紛れるんじゃないかしら」

そうねと、は曖昧に苦笑した。

 

それから数日。ここでの生活は、ホグワーツにいた頃よりも楽なものだった。苛々の種がないことが、一番。ハリーたちはうまくやっているだろうか。
ここ何日かは、モリーの傍について、やるべきことを色々学んだ。食事の準備が主で、あとはやって来たメンバーの話を聞いてあれこれ議論したり、その情報を別のメンバーに伝えたりと、そういうことをした。
それでも、仕事ははあまり多くない。
今日は、あまりメンバーがここに立ち寄らないので、するべきことがなかった。何をしようかと悩んで、ふと思いつく。そうだ、この屋敷には書斎があった。何か面白い本    もとい、今後役に立つ本ががあるかもしれない。
そう思い立って、書斎に足を運んだ。以前は本が散らばっていたが、今はきちんと棚に収められている。表紙を覗いてみるも、どれも同じようなものばかりだった。純血、純血、純血。

「何をしてるんだ?」

驚いて、声がした方を振り向くと、入り口にシリウスが立っていた。

「……読書のための本探し」
「そういう本はないと思う    前に言わなかったか?」
「べつにいいのよ。この際、何でも」

シリウスはため息を吐くように、軽く息を吐いた。

「退屈だろう?」
「少しね」
「チェスでもしないか」

シリウスの言葉に、目を大きくさせる。
『リーマスがいるときは、チェスをしたり』。先日のモリーの言葉が蘇る。それを聞いて以来、久しぶりにチェスがしたいななんて思ったけれども、まさかここでシリウスから誘われるとは思わなかった。

「少なくとも、ここにある本を読むよりは有意義に過ごせると思うが」
「……うん」

断わる理由は、ない。

 

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08/1/18