は目を開けた。身体に重力が感じられなかったので、一瞬死後の世界にいるかと思ったが、天井が目に入り、ベッドの上であることが分かった。
こうして目を覚ますのは、一体何度目だろう。学生時代、あの忘れられない夜。ボガートがフィンスターに変化して、真実を知ったあの時。フィンスターに意識を乗っ取られて、戻って来た夜。誰かさんに失神呪文をかけられて、倒れた時。

手を動かしそっと頬に触れると、涙の痕があることが分かった。あれは夢だろうか。
何にせよ、胸の中に不思議なものが広がっているのは確かだった。夢でも、幻でも、みんなに出逢えた。私が歩んできた軌跡。それを、たしかめることができた。

ここは何処だろう。
上半身をゆっくりと起こす。見慣れた景色。ホグワーツでの、自分の部屋だった。

 

119. It is not that everything changes.
変わらないもの

 

その時、扉が開かれる。扉の外にはリーマスが立っていた。彼は、起き上がったの姿を見、目を丸くし、ベッドの傍に駆け寄る。
そして、出し抜けに     ばちん。左頬を、平手打ちされた。
が呆気に取られながらリーマスを見つめていると、彼の瞳に涙が溜まっていることに気がついた。

「大馬鹿者だよ、君は!」

リーマスは静かに叫ぶ。はようやく頬に痛みを感じてきて、顔を俯かせた。そんなに心配させてしまっていたのか。そうなるだろうとは解ってはいたけれど、胸が痛かった。

「ごめん……」

が小さく言うと、リーマスは軽く息を吐いた。そして、先ほどの頬を打った右手を握り締め、気持ちを落ち着かせるように沈黙していた。しかし、しばらくの後、近くにあったスツールを引っ張ってきて、そこに座った。

「もう目を覚まさないかと思ったんだ。どうしてあんな無茶を」
「リーマスだって、自分を犠牲にしようとしていたでしょう」
「いや、それもあるが、そのことではない。どうして闇の陣営につくと、そんなに無謀なことをしたんだ」
「闇の陣営……セブルス……セブルスとダンブルドアは?どうしてるの?」
「質問しているのは私の方だよ、

は顔を上げ、リーマスを見た。リーマスの目には厳しさが浮かんでいた。
フィンスターを演じることを決意した時、このシーンは想像していた。きっとリーマスに怒られるだろうな、と。その時は『結果オーライじゃない』、なんて軽い言葉を投げかけようと思っていた。リーマスも、笑って許してくれると思った。でも、ちがう。彼は本当に怒っている。ほんとうに私のことを考えていてくれた。

「確かに……少し無茶だったとは、思う」
「少し?」
「でも、ね。私には『とっておき』があったから」

は微かに笑みを浮かべる。リーマスは眉をひそめた。

「『命の水』    それを飲んでいたの。だから、死なない自信はあったのよ。死ぬ覚悟でやっていたわけじゃない。だって、約束したでしょう?」

『君も、死ぬな』。リーマスはそう言った。だから、守ったんだよ。
リーマスは唖然とを見つめた。

「命の水?しかし、賢者の石は、もう」
「ダンブルドアとニコラス・フラメルが壊してしまった。私も、そう思ってた。でもね。私がダンブルドアの任務でいなかったことがあるでしょう?その時に、ニコラス・フラメルの生家に行ったの。石はもうなかったけど、命の水は残っていて。そこで、貰ってきたのよ。フェリックス・フェリシスと一緒に」
「はあ……なるほどねえ」

リーマスは腕を組む。

「そうだとしても、だ。君が死喰い人についたことで、魔法省は救われたようだが、心配したんだよ、ものすごく。私だけではない。マクゴナガルも、」
「あらら……知ってたの?」
「セブルスが話してくれた。『誰か』が、魔法省を襲撃しようとする死喰い人の行動を垂れ込んで、魔法省は事前に動くことができた。だから、犠牲者は最小限だった、と」

さすがセブルス。気づいていたのか。見つからぬよう注意を払ったつもりだったのに。

「本当はヴォルデモートの秘密も探りたかったんだけどね……セブルスの真相も確かめたかったし」

リーマスは、僅かに目を伏せた。

「ピーターのことも救いたかったんだね」

ははっとする。

「ハリーたちから聞いたよ」
「でも    結局……助けられなかった」
「そんなことはないと思う」

リーマスは首を振る。

「確かに彼は……死んでしまった。だが、闇の中を生きていたピーターは、最後は光の中に出られたんだ。ずっと暗闇を生きていくよりも幸せだったと、私は思う。そう思いたい」

は目を上げた。リーマスは優しい瞳を浮かべ、その中に自分が映る。

「ピーターの墓は、ゴドリックの谷に作るつもりだ」

ゴドリックの谷。みっつのお墓。ジェームズ、リリー、ピーター。
いつか    遺体はないけれど、彼のお墓もそこにたてたいな。
そして、リーマスとふたりで、花を添えたい。

「魔法省はピーターの遺体を詳しく調べたがったが、ダンブルドアが頑として許さなかった」

ダンブルドア。良かった、彼はやっぱり生きていてくれたのか。夢ではなかったんだ。すべてのことが。

「ピーターは、……今、冷静になって思い返すことだが、闇を脱することを、どこかでは考えていたのかもしれない。頭の隅でも。僅かでも。誰かが彼に手を差し伸べるべきだったんだ。そのきっかけを、君が与えた。前に君のことを『甘い』と言ったこと、許してくれ」

『ありがとう…………ごめんよ……ありがとう』。
ピーターは幻の中で、そう言ってくれた。それが真実だと、信じよう。

「ううん……いいのよ」
「だが、君にはもう一度くらい謝ってもらいたいねえ。君の呪文で、私はしばらく動けなかったんだ」

リーマスは目を吊り上げてみせる。その様子があまりにも彼に似合わなかったので、は噴き出した。

「ごめん、リーマス」
「心がこもってないなあ」

リーマスも笑う。

「ねえ……みんな、無事なの?マッド・アイやマクゴナガル先生は」
「ああ。傷を負った者もいるが、命に別状はない。一番重傷だったのは君だよ、
「私は元気よ」

明るく言ってみせると、リーマスはまったく、と口を歪めた。

「君が倒れた後すぐに、マッド・アイとセブルスが駆けつけてくれて、ルシウスを捕えた。他の死喰い人たちも、捕まったよ」

ははっとした。表情を曇らせる。

「……ベラトリックスは」

ああ、とリーマスも同じように声のトーンを落とし、答える。

「遺体は運んだよ。だが、あの場面では仕方なかった。そうでないと、私が死んでいた」
「そう……だけど」

確かに、そうだ。だが、どこか煮えきらなかった。『殺してしまった』。

「でも、私……ベラトリックスが憎かった。復讐に、なっちゃった」


リーマスは、そっと言う。

「こう言っては何だが……死喰い人は全員、裁判を受けることになる。ベラトリックスほどの幹部なら、アズカバンへ終身刑か、死刑だったろう。だから」

そうか。いつまでもくよくよしてはいられない。彼女をこの手にかけたことは、一生忘れない。そうしよう。

「そう、ね。    他のみんなは?ハリーは?」
「英雄扱いさ。新聞記者やファンに追われているよ」

リーマスは明るく言い、も微笑んだ。

「ダンブルドアも、事後処理に大忙しだ。他のメンバーも。みんな駆けずり回っているよ」

そう、か。みんな無事なのか。良かった、……。

    ねえ、リーマス。本当に終わったのよね?」
「……ああ」
「もう平和なのよね。闇はないのよね。実感がないの。ダンブルドアも生きていてくれた。セブルスも、裏切ってなんかいなかった」

リーマスは苦笑する。けれども、とても嬉しそうな目をしていた。

「私も実感がないよ。ダンブルドアのことは、心底驚いた」
「ね、リーマスはこれからどうするの?」
「どうする、って?」
「ホグワーツ、再開されるんでしょう?ダンブルドアがまた校長でしょう?教師に戻ったら?」
「うーん……どうしようかなあ。しばらく考えてみるよ。    ああ、そうだ。もう少し落ち着いたら、卒業式がおこなわれるそうだよ」

卒業式。そうか。ハリーは卒業か。長いようで短かったなあ。

「これからのことは、これから考えるんだ。時間は山ほどあるんだから」
「そうね」
「ともかく、君は休んでいるんだよ。いいね?」

リーマスに強く言われ、は苦笑しつつ、頷いた。

 

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08/1/20