墓石に刻まれた名は、ジェームズ・ポッター、リリー・ポッター、そして、ピーター・ペティグリュー。
3人は、誰からともなく、静かに手を合わせた。
夏の到来を告げる温かな風が吹き抜ける。
「シリウス・ブラックの名前もここに並ぶんじゃないかって思ってた」
「笑えないな、それ」
は冗談めかして言ってみせる。リーマスも笑うが、シリウスは顔をしかめた。
「私も腰を抜かしたよ。亡霊が現れたんじゃないか、って」
「リーマス、お前な」
「私も。幻かと思った」
「成仏できなかったのかとも思ったよ」
「ああ、悪かった!悪かったよ!」
シリウスが観念したように声を上げたので、とリーマスは顔を見合わせ、くすりと笑いあった。
「まったく、性格曲がったんじゃないか、お前たち」
「いいや。変わっていないよ。ねえ、」
「うん、ぜんぜん」
ああそうか、とシリウスはぞんざいな口調で言う。
そう。変わっていないよ、私たちは。
「3人でここに来られる日が来るなんて」
はぽつりと呟く。リーマスも「本当だね」と噛み締めた。
何年だろう。ジェームズとリリーが亡くなってから。十年、……いや、数えるのはやめにしよう。長かった。けれど、3人でここに立つことができた。そして、また来年も、そうすることができる。
墓の前に供えた花が揺れた。ヒマワリとユリとコスモス。高いところに昇った陽が、それらの花を美しく照らしていた。見上げると、目が覚めるような真っ青の空。白い鳥の群れが、大空を駆け抜ける。そのコントラスト。そして太陽の光の温かさを、全身に感じた。
ああ。世界はこんなにも美しい。
「リーマス」
「なんだい?」
呼びかければ答えてくれる友が、隣にいる。
「シリウス」
「ん?」
愛おしいあなたが、傍に。
「ジェームズ、リリー、ピーター」
彼らは遠い地にいる。でも、胸の中には彼らの存在がしっかりと刻まれている。
「ありがとうー!」
は口に手を当て、大声で言った。両隣のふたりは、呆気に取られる。
「ねえ、ハリーたちも誘って、いつかエジプトにピクニックでも行かない?」
「エジプト?また突拍子もない場所だな」
シリウスが答える。
「いいじゃない?砂漠の真ん中、っていうのも」
そうでしょう、ジェームズ?
はくすりと笑う。リーマスは「おもしろそうだ」と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さて
「そっか。うん、またね」
「ああ、また」
リーマスはとシリウスに背を向け、数歩足を踏み出すが、やがて思い返したように振り返った。
「私の方からも、
「なあ、。これからどうするんだ?」
シリウスは、風に揺れる花々を見ながら尋ねた。
これから。今度こそ、彼との『これから』がある。
「ホグワーツに戻ろうとも思ったんだけど、少し休みを貰うことにしたの。行きたいところがあって」
「行きたいところ?」
「そう。フランス」
「フランス?」
アミスのところへ。彼女に言いたいことが、沢山できた。
「そうだ。ねえ、シリウスも一緒に行かない?」
「フランスに?何があるんだ?」
内緒、と笑うと、シリウスは片眉を上げるが、まあいいかと答えた。
「屋敷も、少しの間なら放っておいても大丈夫だろう」
一度引き継いだのだから、ブラック家の資産はハリーのものでいいとシリウスは言ったが、ハリーは否、と言って聞かなかった。シリウスは生きているのだから、シリウスのものだ、と。
ハリーは、ロンとハーマイオニーと共に、隠れ穴で過ごすことになったらしい。その方が勉強もしやすいし、ビルやジョージ、フレッドのいなくなったあの家は広いし、アーサーもモリーも歓迎した。
はシリウスは良いのだろうか、と思っていた。彼はハリーと共に暮らすことを望んでいなかったっけ。そう聞いたことがあったが、「親離れしたんだよ」とシリウスは答えた。子離れ、の間違いではないだろうか。
「その後は?」
「どうしましょう。ホグワーツに戻って、またリーマスと一緒に働くのもいいな」
「リーマス、か」
シリウスは片方の口端を不自然に吊り上げる。
「妬きます?」
「妬くか」
相手がリーマスなら勝ち目はない、とシリウスは笑みを浮かべた。
「シリウスも教師になったら?」
「俺が?冗談じゃない」
「うん、やめておいた方がいいと思う」
「お前な」
は脹れてみせるシリウスにくすくすと笑う。
温かい、少し熱気を含んだ風が、ふたりの間を駆け抜けた。
シリウスは、その風のように穏やかな口調で言った。
「一緒に暮らさないか」
は耳を疑った。風の音かと思った。
一緒に暮らす。シリウスと、私が。
いっしょに。
「ホグワーツに戻りたいなら、そうするといい。だが、選択肢の一つには入れておいてくれ」
シリウスはそう言い、少し間を置いてから、に背を向ける。
シリウスと共に暮らす。あまりに突然で、幸福すぎる選択肢。
どんな日々になるだろう。きっと、嬉しいけれど、ちょっぴり刺激のある、そんな時間になりそう。
「シリウス!」
はその名を呼ぶ。シリウスは振り返った。
は彼に、そっと飛びついた。シリウスは僅かによろめくが、しっかりとを抱きとめる。
「私、……シリウスの傍にいたい」
ハリーに遠慮をしたり、老いない身体を気にしたりすることは、もう止めた。
そんなことをしても、結局私の結論は、いつもひとつなのだから。
「そうか」
シリウスは吐き出すように耳元で呟いた。
「
シリウスの息が耳にかかる。
は腕に込める力を強め、答えた。
「
シリウスは、の肩越しに、一つの墓石を見やった。
あのユリのように、大らかで華やかな笑顔の似合う彼女。
『そうねえ。随分悲しませたみたいだけど?でも、許してあげる』
そんな声が聞こえたような気がして、シリウスは苦笑した。
「シリウスは?幸せ?」
やがて、も尋ねる。
「……ああ」
「そっか」
人の至福とは、心の底から愛せる人がいること。
私はシリウスが好き。それだけで私は幸せだけれど、シリウスも幸福を感じていてくれるなら、なおのこと私の心は満たされる。
「シリウスに、ずっと言いたかったことがあるの」
大好き。その言葉は、何度言っても足りないけれど。
「私、本当に、シリウスに出逢えて良かった」
それならば、何度も言うまでだ。
「ありがとう、シリウス。大好き
太陽が光かがやくこと。空が青いこと。風が吹き抜けること。海が波打つこと。星が瞬くこと。
それくらい、たしかなこと。
「ああ
はシリウスの口を自らの唇で塞いだ。
言わないで。
あなたの代わりに、私が言う。何回も何回も、あなたのこころをうめつくすくらいに。
みんなと逢えて良かった。
シリウスを好きになって良かった。
歩んできた軌跡。この手につかんだ奇跡。
そのすべてに、感謝を。
そして、今歩む道を、一歩ずつ踏み締めてゆこう。
ときには振り返るかもしれない。自信をなくしてしまうかもしれない。
でも、そうやって、悩んで悩んで、私はここにいる。
この広い、空の下。
ちっぽけな存在だけど
だから、いまがある。
120. The world to me
... fin
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08/1/20