#07. REAL WORK

 

 ロンドンから北に走り、深い森林を抜けた先に、小さな湖があった。その湖畔に佇むのが、カルロス・クロフォード伯爵の居住する屋敷。三階建てのかなり広い屋敷で、月明かりに照らされた姿は古めかしさと風格が漂っている。
 ほう、とどこかでふくろうが鳴いた。
 しかし、聞こえてくるのはその声と、風で木の葉が揺れる音のみ。

「静かすぎる」

 男は懐の刀に手をかけながら、隣の男に低く小さく呟いた。

「ルパン、おぬし、本当に予告状を出したのだろうな?」

 問いかけられた当人は、思い切り顔をしかめる。

「五エ門   俺は間違っても予告状を出し忘れるなんてヘマはしねえよ」
「そうか」

 着物を着た男   五エ門は短く答えて、クロフォードの屋敷に視線を戻した。
 二人は森の陰からじっと屋敷の様子を窺っていた。
 だが、五エ門の言うとおり、静かすぎる。
 警備の姿はなく、中に配備されている騒がしさも感じない。普段通りならば、ルパンの潜入を警戒した警官隊が見回りしているのが常だが、屋敷の外には人影が一切なかった。

「罠、か?」

 五エ門はルパンの顔をちらりと横目で見る。ルパンはにやりと笑った。

「さあ。それなら面白れぇ   なあ?そろそろ出て来いよ」

 ルパンが背後の暗闇に向かって投げかける。五エ門も振り返り、目を凝らした。
 ややあって現れたのはひとりの女。闇に紛れるような黒いスーツを着ている。ボディラインにぴたりと沿ったそのライダースーツは、胸元が広く開いており、彼女のスタイルの良さを嫌というほど強調していた。

「ハァイ、ルパン」
「やっぱりおまえか、不二子。おまえも伯爵の絵を狙ってんのか?」

 不二子は艶やかな笑みを浮かべながら、「そうよ」と頷く。

「伯爵の側でずうっと機会を伺ってたんだけど、なかなか尻尾を出してくれなくってね。そこへルパン、あなたからの予告状が届いたわけ。私も協力してあげようと思って」

 ルパンは片眉を上げて笑う。

「協力?どうせ分け前は不二子がごっそり持って行くんだろ?」
「そうねえ。8:2でいいわ」
「俺が8でおまえが2?」
「当然、その逆よ。屋敷内の案内、必要でしょう?」
「別にいらねえよ」
「あら。伯爵はねえ、強いボディガードをたくさん雇ってるのよ。真っ黒な匂いがぷんぷんするような男たちをね。あなたたち二人で切り抜けられるかしら」
「当たり前だろー」
「そうかしら?伯爵はよほど自信があるのか、警察を呼んでいないのよ」

 不二子の言葉に、五エ門が眉をひそめる。

「なに?ということは銭形もいないのか」
「そうよ」
「野郎、俺たちを舐めてやがるのか   それとも警察を呼びたくないのか」

 ルパンは低く吐き捨てる。

「だが不二子、伯爵の絵を手に入れてどうするつもりなんだ?偽物だろ、所詮」
「とぼけないで、ルパン。その偽物の中に世界を揺るがす本物が隠れている   その噂を聞きつけて、あなたもここにいるんでしょ?」
「まあな。けどなあ、その絵を鑑定できる人間がいないんじゃ、どれが本物かはわからないだろ?」

 意味深に笑いかけるルパンに、不二子は肩をすくめる。

「そうなのよ。世界一の鑑定士、マルセス・ヴァージル   彼に取り入ろうとしてるんだけど、ガードが固くって」
「ヴァージル、ね。でもやつは伯爵と仲良しなんだろ?」
「さすがにちゃんと調べてるのね。そうなのよ。だから伯爵を裏切って、私についてくれないかと思ってたんだけど。手応えがぜんぜんないの」
「そうか、残念だったな。俺のほうにはちゃあんと眼があるんだぜ」
「ええっ?」
「6:4にするんならおまえにも手伝わせてやるよ。当然、俺が6だ」

 不二子は目を伏せて唇を噛んでいてが、やがて「いいわ」とルパンを見る。

「他にアテもないしね。今回ばかりはあなたに乗るわ」

 あとでどうにか言いがかりをつけて分け前は頂くけれどね、と不二子は内心で呟く。

「じゃあはじめるとするか。あと15分で次元がヘリでこっちに向かう手はずになってる」

 五エ門と不二子は頷く。屋敷に向かって三つの陰が動いた。