「あとは……フリットウィックの事務所がある西塔と、レイヴンクロー塔だけだな」

ずれた眼鏡を直しながら黒髪の少年が言うと、小柄な少年はうん、と頷いた。

「今日?今日、やる?」
「そうだなあ。パッドフット、どう思う?」
「ああ、俺はいつでも」
「ムーニーは?」
「僕もいつでもいいよ」
「よし!じゃあ、僕とムーニーが西塔、パッドフットとワームテールがレイヴィンクロー塔で、どう?」

3人が頷くと、ジェームズ・ポッターは、机の上に広げてあった地図を丸め、ポケットにしまった。

「君たちには、透明マントを貸そう。しくじるなよ」
「誰に言ってるんだよ」

パッドフット    シリウス・ブラックは、にやりと笑った。

 

「とは言ったものの……未完成の地図だけじゃ、ちょっと頼りなかったかなあ」

僅かな灯りを頼りに、ジェームズとリーマス・ルーピンは、夜のホグワーツの廊下を進んで行った。
ホグワーツの隅から隅までを網羅した地図。ホグワーツを極めた証。最終学年、何かできることはないかと話し合った結果が、その『地図』の完成だった。ホグズミードまでの道のりも、庭も、すべて書き込んだ。残りは、この西塔とレイヴンクロー塔のみ。

「たしかに。ここってさ、あまり生徒が近寄らない端っこだから、未知数だよね」

リーマスは、前を行くジェームズの持つ地図を覗き込み、近くに教師がいないことを確かめた。もっとも、この辺りはまだ書き記していない場所も多く、その機能は確かなものとは言えなかったけれど。

「あっ」

地図を眺めていたジェームズが、声を上げる。どうしたのとリーマスが問いかけると、大変だと答えた。

「レイヴンクロー塔に、フィルチが見回りに行ってる。おかしいな、あいつの動きは調べたはずなのに」
「フィルチも、僕らを捕まえるのに躍起になってるからねえ。いろいろ考えたんだよ」
「なに呑気なことを言ってるんだい」
「でも、パッドフットたち、透明マント、持ってるだろう?」
「フィルチには鼻の利く猫がいるからなあ……念のため、知らせてみるよ。両面鏡、持って来れば良かった。ムーニーはここで待ってて」

ジェームズが地図をリーマスに渡そうとしたので、リーマスは首を横に振った。

「プロングズが持って行っていいよ。僕は、その辺の教室に隠れてるから」
「うん、分かった」

ジェームズの背に、気をつけて、と声をかけると、彼はもちろん、と手を振って返した。

 

適当な部屋を見つけて、ここにしようとドアノブに手をかけた時だった。微かに、音が聞こえた。ピアノの音色、……?こんな夜中に。
ホグワーツ七不思議。夜に聞こえてくるピアノの音。そんな怪奇現象があっても不思議ではないなとリーマスは思ったが、なぜか、そのピアノの音色には怖さがなかった。
お化けが弾いているものではなさそうだ。何だろう。こんな夜中に、一体誰が?フリットウィックだろうか。彼は、音楽が好きだというし。でも、あの小柄な身体がピアノを奏でる姿は、想像ができなかった。
疑問が頭を駆け巡って、それを確かめたいという気持ちがとうとう勝り、リーマスは足をその音の方向へ向けていた。徐々に、ピアノの音がはっきりと聞こえてくるようになってゆく。
淡々としているようで、繊細な音階。シンプルなようで、和音の響きが美しい曲。どこかで聴いたことのある曲、……。この夜の雰囲気にあった、静かな曲だった。
    この部屋からだ。
リーマスはそっと、少しだけ、その部屋の戸を開けた。
目を凝らして中を見つめると、誰かがピアノを奏でている様子が目に入った。ろうそくの明かり。それに照らされた人物は、女性?年齢は、ここからでは分からない。同じくらいにも見えるし、年上にも見える。
彼女の腕が、ピアノの旋律に合わせて動いていく。昔、親戚の叔母さんがピアノを弾いてくれたのを見たことがあったが、その時は幼かったので、あまり憶えていない。
けれど、この響きは    不思議と、胸にずっしりとくるものがあった。つい、ぼんやりと聴き入ってしまっていた。
気がつくと、曲が終わっていた。女性は、ふうとため息を吐いて、椅子から離れる。その拍子に、こちらを向いた。彼女はこちらに気がつき、びくりと身を震わせた。リーマスはしまった、と思った。

「誰?」

どう答えて良いものか、立ち尽くす。

「あの……ごめんなさい……ピアノの音が、聞こえてきて」

女性ははっとしたように肩を弾ませたが、少しの間沈黙を続けた後、言った。

「ごめんなさい、うるさかった?」
「いいえ。きれいな音だったので、つい」
「ありがとう」
「あの……今のは、何ていう曲ですか?」
「あれは、ジムノペディ。サティという人の曲」
「ジムノペディ……」
「あの……ここの、生徒さん?」

リーマスはその問いに眉をひそめた。そういう言い方をするということは、彼女はホグワーツの生徒ではないということだろうか。

「はい」
「……名前は?」
「ルーピンです。リーマス・ルーピン」

奇妙な間があった。彼女の顔は、リーマスの場所からは薄暗くて見えなかったが、彼女の位置からもこちらが見えていないのだと思う。彼女は、リーマスに背を向けた。

「できれば、    ここのことは、私のことは、内緒にしていてほしいの」
「ずっとここにいるんですか?」
「まあ……最近は」
「最近?」
「ごめんなさい。事情は説明できないんです。ただ、できる限り、ここの人たちとの接触は断ちたいから」
「ダンブルドアは」
「ダンブルドアは知っています。マクゴナガル先生も」

彼女の背が、もうここを立ち去れ、と告げていた。リーマスはそれ以上の質問を諦めることにした。

「分かりました。どうもすみませんでした、邪魔をして」
「いいえ、……」

リーマスはそっと戸を閉め、その場を去った。もうピアノの音は聞こえてこなかった。けれども、不思議と、彼女の奏でる旋律が、耳から離れなかった。

 

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07.10.20
♪『ジムノペディ 第1番 サティ』