リーマス・ルーピン。ルーピン先生。彼の学生時代。穏やかな話し方も、声も、変わらないままなんだなあ、と思った。顔は見えなかったけれど、……。でも、なぜ、ここに?
滅多に生徒が訪れないということで、ダンブルドアはこの部屋を用意してくれたはずなのに。ピアノの音がうるさかったのだろうか。これからは気をつけなければ。
でも。ルーピンと話をできたというだけで、良かった、と思う自分もいた。
学生時代の彼。触れられないと思っていた彼の思い出に、触れることができたから。
「まあいろいろあったけど、完成、だね」
ジェームズは得意気に地図を広げ、言った。
「西塔は、部屋がずらずら〜ってあるだけで、つまんない場所だったね。ね、ムーニー?」
「え?ああ、うん」
昨日、いや、今日の晩。あの部屋で、ピアノを弾く女性に会ったことは、誰にも告げていなかった。彼女自身、他言無用だと言っていたし、何か大きな事情があるのだと感じられたから。だから、あの部屋の近辺のことは、リーマスが一人で調べた、とジェームズには告げ、ジェームズもそれを信じてくれた。
「まだ機能的には不完全だからなあ。昨日はひやひやしたし」
「あれはあの猫が悪い」
「猫を見るとむかむかするんだね、君は」
「そんなんじゃねえよ」
笑い合うジェームズとピーターに、シリウスはむくれた。リーマスも笑みを浮かべるが、頭では違うことを考えていた。
何者だろう、彼女は。幽霊
ただ。ただもう一度、あのピアノを聴きたいな、と思った。
いつからか、満月の夜がただの苦痛の夜ではなくなった。親友たちが、苦しみを楽しさに変えてくれた。
けれど。こうして、朝日が昇りはじめる時、ひとり城へと戻る道を辿る時は、無性に『孤独』を感じた。彼らの心遣いは嬉しい。けれど、所詮、この苦しみは自分ひとりのものなのだ、と。
どうして、僕だけが。
そう、何度思ったことか。どうして僕だけがこんな苦しみを味わわなければならないんだ。
狼人間だと知った時の、親戚の目つき。両親はそれでもリーマスを愛してくれたが、親戚はどこか腫れものに触るような目で、彼を見た。その時、もう友達はできないかもしれない、と思った。真実を知ったら、きっと僕を避ける。けれど、真実を隠したまま過ごしても、よそよそしい関係になってしまうだろう。
しかし、幸い、友人に恵まれた。真実を知った時も、変わらずに接してくれた。彼らと、ここへ入れてくれたダンブルドアに、心の底から感謝した。
でも。この痛みは、一生、消えることはない。
今日は、身体がだるかった。人狼化する時、随分身体を傷つけてしまったからかもしれない。
城への道のりが、やけに遠く感じられた。朝日が、やけに眩しかった。
ね、む、い、……
そう感じた次の瞬間、意識は消えた。
昼寝の時間が多いので、朝は早く目が覚めてしまった。けれど、こうして朝日を身体に浴びることは良いことだと、何かの本で読んだことがある。は、カーテンを開け、窓から光を受け、それを全身で吸い込んだ。気持ちがいい。良い朝だ。
ふと、見慣れたホグワーツの庭に、ぽつんと黒い点があるのを発見した。何だろう。目を凝らして、はっとした。誰かが倒れている。誰だろう。ローブを着ていることから、生徒なのではないかと思ったけれど。
どうしよう。どうしよう、誰かに知らせた方がいいのだろうか?誰に?ポンフリー?ダンブルドア?マクゴナガル?
考える前に行動しろ、と咄嗟に思った。そうして、辺りを見回し、立てかけてあった箒を手にし、窓を開け、飛び立った。気がついた時には、空の上だった。
その人物に近づいていくにつれ、の鼓動も速くなっていった。間違いない。あれは、ルーピンだ。ぐったりと動かない彼に、不安が過ぎる。
彼の傍に降り立ち、うつ伏せに倒れている彼の背を揺すった。
「ルーピン先生!」
先生というのも変じゃないかと思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。幸い、彼の口からは「うーん」という呻き声が漏れてきて、ほっと胸を撫で下ろした。その彼の顔には、切り傷のような傷がいくつも刻まれている。どうしたのだろう、一体、……。
そう考えた時、閃いた。そうだ。昨日は満月で、ルーピンは大丈夫だろうかと心配していたところだった。きっと、人狼化の影響で、……。でも、どうしてこんな場所に。
とりあえず、医務室に連れて行かなければ。いや、駄目だ。まだポンフリーに私の存在を知られていないから、できれば彼女との関わりは避けたい。そもそもポンフリーがこの時代に医務室のいたのかどうか分からないけれど、……。
ともかく、一度自分の部屋に彼を連れて行って、ダンブルドアを呼ぶのが得策だろう、と考えた。
人を背負って箒に乗ったことはない。けれど、ふらふらになりながらも、なんとか彼を抱え、もとの道を飛んで帰った。
ベッドの上にルーピンを下ろし、はふうと息を吐いた。疲れた。慣れないことをしたものだから、腕が痛い。
ベッドの上のルーピンは、すやすやと寝息を立てながら眠っていた。とりあえず、重傷というわけではなさそうだった。教師になった彼を見ていたものだから、こうして学生時代の彼を改めて眺めてみると、奇妙な心地がした。でも、優しそうな顔は変わってないな、……。
は、ひとまず水が飲みたいと、ポットに手をかけた時だった。うう、と呻き声が聞こえ、振り返ると、ルーピンが目を開けるところだった。しまった、どうしようと慌てたが、咄嗟にローブのフードに手をかけ、顔を覆うようにそれを被った。
「あれ、……?」
ルーピンは声を発し、天井を見つめ、それから上半身を起こした。部屋を眺め、に視線を向ける。
「ここは、もしかして」
「外に倒れていたものだから……待ってて。ダンブルドアを呼んで来ます」
「待って下さい。あの、一人で帰れますから、大丈夫です」
「でも、傷は?」
「いつものことだから」
は、彼に直接顔を向けないよう苦心しながら、彼と会話をした。さすがに、ルーピンも、そんなを不思議に思っているようだった。
「あの、この前、ピアノを弾いていましたよね。その部屋ですよね」
「……ええ」
「ありがとうございました。ごめんなさい、ご迷惑をおかけして」
「迷惑だなんて、そんな」
「できれば、僕の方も、誰にも言わないでおいて頂けると嬉しいです」
「ええ。でも、ダンブルドアは、事情をご存知でしょう?」
言ってしまってから、はっとした。ルーピンが訝しげにこちらを見ていた。どうして知っているんだ、と。
「知って……いるんですか?僕のこと。僕の『事情』」
「ええと……」
「それでも、ここへ運んでくれたんですね」
「当たり前でしょう。心配だったから」
ルーピンの寂しそうな瞳に、そう答えてしまっていた。『狼人間なんだから、避けられて当たり前』。彼の目は、そう語っていた。
「ルーピンせ……さん。私は、半巨人だからってハグリッドを嫌いにはならないし、狼人間だからって、あなたを嫌いになることはありません。そんな風に考える人は心の狭い人だと、思います、……よ」
熱っぽくなってしまったし、ハグリッドがこの時代にも森番をしていたのか分からなかったから、今の言葉を発しながら、は後悔した。何言ってるの、私。
それでもルーピンはくすくす笑って、ありがとう、と言った。
「不思議な人ですね」
「……ごめんなさい」
ルーピンは首を振り、一言だけ、尋ねた。
「また、ピアノを聴きたいんです。よかったら
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07.10.21